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倉山満と物語に関するcastleのブックマーク (1)

  • 新着情報 | 憲政史研究者・倉山満の砦 -

    投稿日:2010-12-15 旧暦の12月14日は赤穂浪士の討ち入りの日です。 赤穂浪士の討ち入りとはどういう事件かというと。。。 江戸時代、徳川綱吉という人がいました。 征夷大将軍という、今の総理大臣に当たる人です。 毎年お正月には、天皇陛下の御使いである勅使をお迎えするという儀式があります。 その接待役が浅野内匠頭(あさのたくみのかみ)という大名でした。 今で言えば、従業員二百人くらいの会社の社長兼赤穂市選出国会議員です。 その時の儀式は、綱吉にとって身分の低かった母親に位を授けてもらおうというこれでもかという下心があったので、それはそれはいつもにもまして大事な儀式でした。 ところが、接待役の浅野内匠頭が何を血迷ったか、接待役を指導する係の吉良上野介という人に斬りかかりました。 この吉良という61歳の御老人、不意を突かれたので無抵抗でした。 原因は当のところはまったくわかっていません

    castle
    castle 2010/12/15
    「徂徠先生の反論「彼らは武士の鑑である。だから切腹の名誉を与えるべきである!」相手の持ちだした根拠を逆用した反論を「たーんあらうんど」と言います。ディベートの基本技です。毛沢東の得意技でもありました」
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