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内田樹に関するnaglfarのブックマーク (8)

  • 内田樹 on Twitter: "続いてホ・ヨンソンの詩集『海女たち』(姜信子・趙倫子訳)の書評800字。韓国のことも詩のことも海女のことも知らない僕にどうして書評依頼が来たのでしょう。しかたがないので適当なことを書いてしまったけど怒らないでくださいね。🙇‍♂️コメントと書評と帯文の依頼がほんとに多いなあ・・"

    続いてホ・ヨンソンの詩集『海女たち』(姜信子・趙倫子訳)の書評800字。韓国のことも詩のことも海女のことも知らない僕にどうして書評依頼が来たのでしょう。しかたがないので適当なことを書いてしまったけど怒らないでくださいね。🙇‍♂️コメントと書評と帯文の依頼がほんとに多いなあ・・

    内田樹 on Twitter: "続いてホ・ヨンソンの詩集『海女たち』(姜信子・趙倫子訳)の書評800字。韓国のことも詩のことも海女のことも知らない僕にどうして書評依頼が来たのでしょう。しかたがないので適当なことを書いてしまったけど怒らないでくださいね。🙇‍♂️コメントと書評と帯文の依頼がほんとに多いなあ・・"
    naglfar
    naglfar 2020/06/08
    「しかたがないので適当なことを書いてしまった」という tweet のリプライに、字数と金額の話をつなげるとは……。
  • 内田樹氏によるホ・ヨンソン詩集『海女たち』の書評に異議を表明します - ASANOT BLOG / アサノタカオの日誌

    2020年5月2日の西日新聞に、内田樹氏によるホ・ヨンソン詩集『海女たち』(姜信子・趙倫子訳)の書評が掲載されました。その内容に異議を表明します。以下は出版元にて書の編集を担当した立場にある、しかしながらあくまで一個人としての見解です。 個人や組織を非難・批判する内容ではありません。また、コロナ禍の大変な時期に書評掲載にご尽力いただいたすべての皆様への感謝の気持ちを片時も忘れたことはありません。今日の言論やメディアのあり方に対する問題提起として、投稿します。 . 内田樹氏による、韓国済州島の詩人であるホ・ヨンソンの詩集『海女たち』の書評は、率直に言って一語たりとも読むべきところのない内容で、この情報を共有すべきかどうか悩みました。私がなぜ、ここまで強い言葉遣いで語りはじめるのか、自身の考えを少し丁寧に述べさせていただきます。書の内容に関してはこちらを参照してください。 そもそも、80

    内田樹氏によるホ・ヨンソン詩集『海女たち』の書評に異議を表明します - ASANOT BLOG / アサノタカオの日誌
    naglfar
    naglfar 2020/06/08
    激怒している。
  • 暴言と知性について - 内田樹の研究室

    復興相が知事たちに対する「暴言」で、就任後わずかで大臣を辞任することになった。 この発言をめぐる報道やネット上の発言を徴して、すこし思うことがあるので、それについて書きたいと思う。 松大臣が知事に対して言ったことは、そのコンテンツだけをみるなら、ご人も言い募っていたように「問題はなかった」もののように思われる。 Youtube で見ると、彼は復興事業は地方自治体の自助努力が必要であり、それを怠ってはならないということを述べ、しかるのちに「来客を迎えるときの一般的儀礼」について述べた。 仮に日語を解さない人々がテロップに訳文だけ出た画面を見たら、「どうして、この発言で、大臣が辞任しなければならないのか、よくわからない」という印象を抱いたであろう。 傲慢さが尋常でなかったから、その点には気づいたかもしれないが、「態度が大きい」ということは別に政治家が公務を辞職しなければならないような

  • 呪詛と祝福 - 内田樹の研究室

    あまりに忙しく、日記を更新する暇がない。 とりあえず備忘のためにあったことだけ記しておく。 22日(水)午前中、下川先生のお稽古。二ヶ月ぶり。『山姥』の謡と立ち回り、仕舞。立ち回りを忘れた。『安宅』の謡。これはまあまあ。 昼から芦屋の市民ホールで芦屋川カレッジ。お題は「村上春樹にご用心」。芦屋と村上春樹のかかわりについて説き起こし、村上春樹は他の作家と「どこ」が違うか、について論じる。 私見によれば、村上春樹が他の作家と違うところは3点。 (1)走る (2)翻訳をする (3)変な(『うさぎおいし〜フランス人』とか『またたびあびたタマ』とか)を書く この3点には実は共通点がある。 それは「与えられたリソースをやりくりし、あらかじめ与えられたルールの中で何とかする」ということである。 もちろんすぐれた作家は誰も程度の差はあれ同じことをしているわけだが、村上春樹ほど「限界の内側で仕事をする」こ

    naglfar
    naglfar 2012/08/13
    呪いと祝い、コミュニティの内側と外側、他者、時間。
  • デインジャーとリスク(しつこい) - 内田樹の研究室

    ある雑誌にまたまた「デインジャーとリスク」について書いた。 もうその話はいいよという読者も多いと思うけれど再録。 国際関係論では「危険」を「リスク」と「デインジャー」に使い分ける。 リスクというのは「マネージ」したり、「コントロール」したり、「ヘッジ」したりできる危険のことである。デインジャーというのは、そういう手立てがまったく効かない種類の危険のことである。 サッカーの試合で、残り時間5分で1点のビハインドというのはリスクである。サッカースタジアムにゴジラが来襲してきて、人々を踏みつぶし始めるというのはデインジャーである。 デインジャーとはまさかそんなことが起こるとは誰も予測しなかったために、そのためのマニュアルもガイドラインもない事態のことである。 私たちの社会は戦後67年間例外的な平和と繁栄のうちに安んじていた。そのために、リスク対応はできるが、デインジャーに対応するとはどういうこと

    naglfar
    naglfar 2012/07/18
    risk と danger の違い。
  • ネット上の発言の劣化について - 内田樹の研究室

    個人的印象だが、ネット上での匿名発言の劣化がさらに進んでいるように見える。 攻撃的なコメントが一層断定的になり、かつ非論理的になり、口調が暴力的になってきている。 これについては、前に「情報の階層化」という論点を提示したことがある。 ちょっと長い話になる。 かつてマスメディアが言論の場を実効支配していた時代があった。 讀賣新聞1400万部、朝日新聞800万部、「紅白歌合戦」の視聴率が80%だった時代の話である。 その頃の日人は子どもも大人も、男も女も、知識人も労働者も、「だいたい同じような情報」を共有することができた。 政治的意見にしても、全国紙の社説のどれかに「自分といちばん近いもの」を探し出して、とりあえずそれに同調することができた。 「国論を二分する」というような劇的な国民的亀裂は60年安保から後は見ることができない。 国民のほとんどはは、朝日から産経まで、どれかの新聞の社説を「口

  • 不安というセンサー - 内田樹の研究室

    ひさしぶりのオフ。 何日ぶりだろう・・・カレンダーを見たら、1月27日以来のオフでした。 極楽スキーとか温泉麻雀とか杖道会合宿とか、そういう「楽しい」系のイベントはオフに数えないのか、というトガリ眼のご指摘もあろうかと思うが、「オフ」というのは「予定がない」という状態のことであって、イベントのときの私はとっても忙しいのである。 だから、オフの日にしか「これまでやる時間がなくて積み残してきた仕事」を処理することがかなわない。 そして、そのような仕事の量はすでに1日や2日のオフでどうこうなるような限界をはるかに超えているのである。 10週間ほど「オフ」の日をいただければ、おそらく「不良在庫化」しているバックオーダーもことごとく処理され、担当編集者の顔に笑顔が戻ることになるとは思うが、10週間のオフを私が享受できるのは、おそらく臨終の床について後のことであろう。 私のカレンダーの「To do リ

  • 井上雄彦最後のマンガ展 - 内田樹の研究室

    天保山のサントリーミュージアムに井上雄彦「最後のマンガ展・重版・大阪編」を見に行く。 三回目。今日が最終日。 上野、熊、天保山と回って、次の仙台で終わり。 家から車で天保山までは20分。海岸線に沿って阪神高速を走るとすぐ。大学より近い。 でも駐車場はいっぱい(当然ですね)。はるか突堤の先の方のパーキングスペースにかろうじて停める。駐車している車のナンバーを見ると名古屋や岐阜や岡山からも来ている。 絵を見る環境を整えるために、1日あたりの入館者を2600人に制限しているので、14時に着いたときはもう日のチケットはソールドアウト(当然ですね)。 小学館の川口さん(『街場のマンガ論』の担当編集者で、高校の先輩クスミさんの姪御さん。もちろんヘビー・リーダーである)と講談社の加藤さんがごいっしょ。 チケットは手配済みだったので、無事入館して、展示を拝見。 それから別室にて井上雄彦さんとお会いする

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