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ブックマーク / note.com/mostsouthguitar (3)

  • 宮下公園は憩いの場だった 震災瓦礫は3ヶ月で片付いたと語り出す人々|加藤文宏

    加藤文宏 10年前は遠い昔か MIYASHITA PARKに改修される前の宮下公園は人々の憩いの場であったとか、東日大震災の瓦礫は3ヶ月できれいに片付いたと語る人々が現れた。屋上庭園化前の宮下公園再整備が2011年、震災も同年だが、10余年前は記憶が別物になるほど遠い昔だろうか。 宮下公園の実態再整備前にホームレスと反対派が残したゴミなどを撤去する作業/朝日新聞・報道写真より まず旧宮下公園およびMIYASHITA PARKの立地を確認しておこう。 旧公園と現MIYASHITA PARKにかかわる一帯を仮に「宮下公園エリア」と呼ぶことにする。宮下公園エリアは渋谷駅から直線距離で約500m、スクランブル交差点から約300m離れた場所にあり、センター街側とは趣が異なるものの繁華街の中にある公園だ。 1953年に初代公園が開園。1963年に嵩上げされた人工地盤の公園に作り直され、2003年にフ

    宮下公園は憩いの場だった 震災瓦礫は3ヶ月で片付いたと語り出す人々|加藤文宏
    Midas
    Midas 2024/04/28
    これに限らず「旧宮下公園から汚ならしいホームレスがいなくなって若者や子どもづれが安心して過ごせるようになって良かったよかった(何が悪いの?」言ってるひと最近じつに増えた
  • 謝罪写真で神奈川新聞はColaboの意向を汲んだ作為的な報道をしたのか|加藤文宏

    加藤文宏 違和感から疑念へ  私は商業写真を撮影してきたほか、インタビューとポートレートを重視した雑誌を創刊させて現場でディレクションを行なってきた。撮影の実務から離れた時期もあったが、それなりに場数を踏んできている。 神奈川新聞に掲載された、NHKの責任者が女性支援団体Colaboに謝罪したとする写真を見たとき、平身低頭する人の姿を戦果のごとく紹介する姿勢に不審の念が生じただけでなく、構図と撮影状況の不自然さを感じた。 この違和感を発端として、どのような状況で、どのように撮影されたか考察したのが「Colaboへの平身低頭写真が ハラスメントへの取り組みを 昭和に逆戻りさせた」であり、「Colaboと弁護士への平身低頭 人権正義運動が向かった人権の墓場」だ。 これらを執筆した段階では、謝罪写真が撮影された「ロケーション(空間)」がわからなかった。Colaboの事務所が入居しているビルを取材

    謝罪写真で神奈川新聞はColaboの意向を汲んだ作為的な報道をしたのか|加藤文宏
    Midas
    Midas 2023/12/21
    正確には(計画の段階では)Colabo側を大きく見せ(権威づけ)NHK側を小さく(取るに足らない)見せるため通常は使わない超広角を持ちだし画角をふった(だが右の人をトリミングせざるを得なくなり不自然さが目立つ結果になった
  • 西山太吉と西山事件に下された半世紀前の辛辣な結論|加藤文宏

    加藤文宏 なぜいま西山太吉なのか 沖縄返還を巡って日米間で取り交わされた「密約」をめぐる西山事件の主、元毎日新聞記者の西山太吉が2月24日に心不全のため死去した。91歳だった。西山の死が報道されると、ジャーナリストの江川紹子は 当時のプロセスには様々な論評はあるが、人生をかけて密約の存在を伝えた。おつかれさまでした Twitter 10:05pm · 25 Feb 2023NHK訃報を紹介した。 江川が言う「当時のプロセス」とは何か。取材プロセスであろう。 1971年、佐藤内閣は沖縄返還に際して地権者に対する土地の原状回復費400万ドルをアメリカ合衆国が支払うと発表していたが、実際には日国政府が肩代わりする密約を結んでいた。返還交渉を取材していた西山太吉は、肩代わりを約束する秘密電文の存在を外務省の女性職員Hから聞き、彼女に求めて電文のコピーを入手した。 「密約」の存在をほのめかすに

    西山太吉と西山事件に下された半世紀前の辛辣な結論|加藤文宏
    Midas
    Midas 2023/03/01
    これメディアいつもの『あてこみ(あらかじめ決まってる「そうあるべき」ストーリーラインにのせて記事を書く』やってるだけで「もともと事実には興味なかった」がバレただけ(よくも悪くもこれがジャーナリズムだった
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