タグ

神話と技術に関するcastleのブックマーク (16)

  • カルロス・フエンテス『我らが大地 (テラ・ノストラ)』: その5 読了!! - 山形浩生の「経済のトリセツ」

    Terra Nostra (English Edition) 作者:Fuentes, CarlosFarrar, Straus and GirouxAmazon やったー、昨日から100ページほど残していた部分完読! 読み終わったぜー! 最後の部分は、エル・セニョールの死……なんだが、そこになぜか、現代に生まれ変わったインディオの老婆としての旧女王(狂女)と、だれだかわからない人物との現代メキシコシティにおけるからみが入る。そのだれかが、南米の歴史をすべてその場で反芻し、無限の可能性があった新世界がキリスト教に支配され、アメリカ主義や共産主義に支配されるまでを体験したあと、アメリカの走狗としてメキシコを支配する兄を殺すところで場面はまた死にかけのエル・セニョールに戻る。 もはや財政的に破綻し、臣民たちに施しを求めるほどに貧窮しつつ、まだエル・エスコリアルにこもるエル・セニョール。最後に

    カルロス・フエンテス『我らが大地 (テラ・ノストラ)』: その5 読了!! - 山形浩生の「経済のトリセツ」
    castle
    castle 2014/03/02
    「テーマ:直線的な時間/進歩史観/固定的秩序と変化の拒否/二項対立/米国資本主義やソ連共産主義はダメで、南米原住民とかの神話的な円環的時間/変化と多様性/三の豊穣といったものがいいんだ、というもの」
  • http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya1199.html

    castle
    castle 2010/12/03
    「観念と観念がくっつきあう「古代人の知」の法則」「金枝をめぐって、王は「交替される宿命」を負わされていた」「古代の王がその共同体にもたらす最大の衝撃は何だったかといえば、それは「王の死」であったろう」
  • 超映画批評『パーシー・ジャクソンとオリンポスの神々』85点(100点満点中)

    『パーシー・ジャクソンとオリンポスの神々』85点(100点満点中) Percy Jackson & the Olympians: The Lightning Thief 2010年2月26日(金)よりTOHOシネマズ スカラ座ほか全国ロードショー 2010年/アメリカ/カラー/121分/配給:20世紀フォックス映画 監督:クリス・コロンバス(『ハリー・ポッターと賢者の石』) 原作:「パーシー・ジャクソンとオリンポスの神々:盗まれた雷撃」リック・リオーダン著(ほるぷ出版刊) 出演:ローガン・ラーマン、ユマ・サーマン、ピアース・ブロスナン、ショーン・ビーンほか 自虐ネタと格的スペクタクル ギリシャ神話をネタに思い切り遊んだ『パーシー・ジャクソンとオリンポスの神々』は、ほとんど確信的な「突っ込みどころ満載」映画といえる。 ぱっとしない高校生パーシー(ローガン・ラーマン)は、学校では勉強ができず

    castle
    castle 2010/02/28
    「人間描写に余分な時間を割かず、しかし手抜きもしないのはこの手のテンポ重視の映画では重要」「全米縦断のロードムービー的面白さも兼ね備えており、その終点(悪どもが落ちる冥界)が存在する地名で笑わせる」
  • アジア的生産様式 - Wikipedia

    アジア的生産様式(アジアてきせいさんようしき、ドイツ語: Asiatische Produktionsweise)とは、マルクス主義における社会の発展段階の1つで、原始共同体と奴隷制の間に存在しうる、古代アジアに見られた史上最初の階級社会および生産形態のこと。 概要[編集] カール・マルクスは1859年に著した『経済学批判』の序文で、資主義に先行する階級社会として、奴隷制や封建制に並べて「アジア的生産様式」を挙げた。しかしながら、「アジア的生産様式」についてはこの序文にも、論文文にも説明がなかった。このため、「アジア的生産様式」が何を意味するのかについて歴史学会、経済学会において様々な論争がおこなわれた。 アジア社会に特有な歴史段階であり、唯物史観(発展段階説)とは異なる進歩が止まった独特な社会構成であるとする解釈、「原始共産制社会」の別名であるとする解釈、アジア的封建制であるとする解

    アジア的生産様式 - Wikipedia
    castle
    castle 2010/02/09
    「マルクスは、アジア的生産様式は、古代的・封建的生産様式とは異なって、アジア的土地所有においては共同体の所有はあっても個人の所有はなく、個人は共同体成員としてそれを保有しているにすぎない、としている」
  • SEが声を大きくして国民に伝えるべきたった一つのこと。 - 304 Not Modified

    それは、コンピュータは必ず壊れるということ。 先日拝聴した香取貴信氏の講演で聞いたことから、ずっと頭に残っている言葉がある。それは、「ディズニーランドのアトラクションが機械の故障で動かなくなってしまった場合、アメリカ人はリアクション大きく悔しがるが案外あっさり諦めてくれる。しかし、日人は決して納得してくれない」といった感じのこと。 これを聞いたとき、私はとっても頷いた。アメリカ人についてはどうか知らないが、日人にいたっては-少なくとも私の思う限りでは-まだコンピュータ完ぺき主義が残っていると思う。コンピュータはちゃんと動いて当たり前なんて思っている人を、まだまだ見かける。 こう思ってしまうのもきっと、かつて「安全と水はただで手に入る」と言われた国だからなんだと思う。マスコミの情報を鵜呑みにしがちな面もそうで、“そこに在るものは正しい”って思っちゃうんだと思う。でも、そんなことは絶対にな

    SEが声を大きくして国民に伝えるべきたった一つのこと。 - 304 Not Modified
    castle
    castle 2009/12/11
    「それは、コンピュータは必ず壊れるということ」「“そこに在るものは正しい”って思っちゃうんだと思う。でも、そんなことは絶対にない」「人が作ったものに半永久的に完璧なものなんて存在しないのです」
  • 東浩紀・伊藤剛・竹熊健太郎らによるヱヴァ鼎談 簡易レポ - ピアノ・ファイア

    先日、25日夜に朝日カルチャーセンターで行われた、鼎談講座「ヱヴァ」をめぐって − あれから14年の手元のメモと記憶によった簡易レポートです。 講座内容 テレビ放送から14年、今夏「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破」が公開されました。今、ヱヴァをめぐって何か起きているのか。14年の間に起きた変化とは。「大人になる」こととは何か。作をきっかけに出会った3人が語ります。 実際の内容を振り返ると、この「大人になることとは何か」「作り手が、受け手が、大人になることで何が変わったのか」というのが一番重要なテーマのはずで、(伊藤剛さんはなるべくそっちに振ろうとしていましたが)でもちっともそういう話にならなかったのはモッタイナカッタですね。 「私達はこんな大人になりました」っていうのは自分側からあまり語りたくないようなことなんでしょうか。 個人的には、トミノが大人に(まるく)なり……、そして庵野さんも大人

    東浩紀・伊藤剛・竹熊健太郎らによるヱヴァ鼎談 簡易レポ - ピアノ・ファイア
    castle
    castle 2009/12/05
    「東:宮崎は「無意識」の映像快楽、庵野は「ドラッグ」の映像快楽。無意識の映像は意味を探ることができるが、ドラッグ映像は意味を探る事に意味が無い」「ただのコピーとは違うわ、人の意志が込められているもの」
  • 平坂読@変人のサラダボウル④12月20日発売 on Twitter: "「神話や歴史上の英雄を喚びだしてバトルロイヤル」という話は超やりたい。設定だけfateをパクってしまいたい。"

    「神話や歴史上の英雄を喚びだしてバトルロイヤル」という話は超やりたい。設定だけfateをパクってしまいたい。

    平坂読@変人のサラダボウル④12月20日発売 on Twitter: "「神話や歴史上の英雄を喚びだしてバトルロイヤル」という話は超やりたい。設定だけfateをパクってしまいたい。"
    castle
    castle 2009/12/04
    「「神話や歴史上の英雄を喚びだしてバトルロイヤル」という話は超やりたい」「いろんな作家が「俺の考えたFate」をやればいいと思うんだ。そしたらfateというジャンルができて誰もパクりとか言わなくなる」
  • 現代思想の断層 - 池田信夫 blog

    ニーチェは「来るべき200年はニヒリズムの時代になるだろう」という言葉を遺し、狂気の中で20世紀の始まる前年に世を去ったが、彼の予言はますますリアリティを増しつつある。よく誤解されるように彼は「神を殺す」ニヒリズムを主張したのではなく、「神が自然死する」ことによって西洋世界が深い混迷に陥ることを予言し、それを克服する思想を構築しようとして果たせなかったのである。 書はこのニーチェの予言を軸として、ウェーバー、フロイト、ベンヤミン、アドルノの4人の思想をスケッチしたものだ。ウェーバーとニーチェという組み合わせは奇異に感じる人がいるかもしれないが、ウェーバーは姜尚中氏の描くような「市場原理主義」をなげく凡庸な合理的知識人ではなく、ニーチェの影響を強く受け、キリスト教のニヒリズム的な側面が近代社会の合理的支配を自壊させると考えていた。 中心は著者の専門でもあるアドルノ論である。ヒトラーによ

    castle
    castle 2009/09/28
    「啓蒙は手段的合理性によって壮大な物質的富をもたらしたが、それはすべての目的や意味を否定するニヒリズムとなり、人々の精神的なよりどころを否定した」「古きよき神話的世界を人工的に復元することはできない」
  • パロール・ドネ - 池田信夫 blog

    くだらない雑用で頭が窒息状態になったときは、書のような人類の数千年の営みに思いをはせるを読むのが精神衛生にいいかもしれない。書は20世紀最大の知的巨人の30年以上にわたる講義の内容を要約したもので、その膨大な業績を一望するには便利だが、それを400ページ足らずの訳に圧縮することは不可能なので、彼の著書を読んでいない人には難解かもしれない。 全体として描かれているのは、冷たい社会の人々が謎に満ちた世界を理解し、社会の存在する意味を見出す努力の跡である。圧倒的に巨大な自然の闇の中で微小な存在でしかない人間が、そのささやかな秩序を守るためにつむいできた神話や親族構造が、詳細に分析される。それを通じて見えてくるのは、荒々しく不確実な自然の中で、人間の築いた文化がいかに無力で壊れやすいものかということだ。 しかし人類は、いつからかこういう静的な秩序を守るのをやめ、自然を征服して不確実性を

    castle
    castle 2009/06/29
    「人類は、いつからかこういう静的な秩序(神話や親族構造)を守るのをやめ、自然を征服して不確実性をなくすテクノロジーを開発するようになった」「彼らも結局は、生きる目的を見出せないまま、自然に帰る」
  • [書評]あなたの人生の物語(テッド・チャン): 極東ブログ

    「あなたの人生の物語」(参照)は、中国系二世の米国人SF作家テッド・チャンの短編集で、ネイチャー誌に掲載されたショートショートを含め、8編の作品が収録されている。どれも米国のSFコンテストの賞を得ている佳作ぞろいである。 寡作の作家らしく、実質書以外の著作はないようだ。もしかして日で編集された選集ではないかと疑い、英書探すと「Stories of Your Life and Others(Ted Chiang)」(参照)があり、邦訳はそれに準じたのものようだ。 私は書を、その評価もテッド・チャンという作家についても何も知らないで読んだ。勧められたわけでもなかった。とある書店でたまたま偶然に出合った。魅惑的な書名に惹かれたわけでもなかった。その経験はうまく言い難い。読後は、ネットでよく言われる「お前は俺か」という感慨を持った。私と似たようなへんてこな思索課題に取り憑かれ、似たように展開

    castle
    castle 2009/06/04
    「小説という想像力の形式を使って、人間を超える知性を記号論的に追求している」「倫理というものが持つ本質を、数学の危機の比喩で了解する事で、まさに私たちの日常における愛というものの矛盾を言い当てている」
  • なぜ資本主義は神を殺害したのか 贈与関係から金融交換へ その2 - 奴隷こそが慈悲を施さなければならない

    偶然性と予測可能性 いつも世界は偶然に満ちている。それは「時間が流れる」ということと同じ意味である。時間は流れ、次に何が起こるか決して予測することはできない。それが「偶然性」である。そして人はいつも偶然性という自然環境の気まぐれに生存をゆだねてきた。 偶然性を生き延びるために発達させたのが、助け合いと技術である。助け合うことで一人ではできないことを成し遂げる。そして技術によって身体以上の力を発揮する。これらは質的には、偶然性に対して、予測可能性を高める行為である。助け合いと道具(技術)による知恵と力によって、偶然との間に予測可能性の防御壁を構築する。 たとえば自然の天候、気温がどのように急に変化しようと、住居を持つことで安定した生存状態が保証される。農耕を行うことで安定した料確保が保証される。道をつくることで躓くことなく目的地へ高速に移動することが保証される。 神と贈与関係と技術 人々

    なぜ資本主義は神を殺害したのか 贈与関係から金融交換へ その2 - 奴隷こそが慈悲を施さなければならない
    castle
    castle 2009/02/04
    「偶然性(自然)を生き延びるために発達させたのが、助け合いと技術」「神からの贈与(自然の恵み)を分配する形で、助け合い(贈与関係)は掟をもって秩序を形成する」「(資本主義は)社会に「時間を与える」」
  • http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0566.html

    castle
    castle 2008/09/17
    「歴史文化において負の領域、負の見方」「歴史の進化幻想に鉄槌を下ろした」「最も重要なものは「最良の稀少性」」「3つの力:神話、家、権力者」「20世紀の力/稀少性の否定:テクノロジー、メディア、大衆心理」
  • 「歓待」の精神史 - 池田信夫 blog

    当ブログを「読書ガイド」として使う方もいらっしゃるようなので断っておくと、ここで取り上げるは、私の個人的な興味で選んでいるので、必ずしも万人向きではない。左側の「おすすめの」にリストアップしたは、買って損はないと思うが、記事で取り上げるは、専門的なや読みにくいもある。 書も一般向けとはいいがたいが、扱っているテーマは重要である。歓待というのは英語ではhospitality、やまとことばでは「もてなし」だろうか。これはレヴィナスやデリダを読んだ人にはおなじみだろうが、一般にはわかりにくい。その対義語である排除という言葉と対にして考えたほうがわかりやすいかもしれない。 近代社会は「排除の論理」で成り立つ社会である。その根原理である財産権は、物を排他的に支配し、他人を排除する権利だ。古代の共同体も、よそものを排除するシステムだったが、折口信夫の「まれびと」信仰のように、他から

    castle
    castle 2008/03/11
    「(歓待と)対義語である排除」「近代社会は「排除の論理」で成り立つ社会。その根本原理である財産権は、物を排他的に支配し、他人を排除する権利」「他者を歓待して情報を共有する原理を考える必要があるのでは」
  • キモオタの虚像が流通する背景に関して----粗悪なリアリティに抗する事の現代的困難さ - シロクマの屑籠

    「アッコにおまかせ」の初音ミク特集があまりにもひどくて大騒ぎに - GIGAZINE 10月14日TBS「アッコにおまかせ!」で初音ミク紹介 : 【2ch】ニュー速クオリティ 陳腐なオタクのステロタイプをばらまいたTBS、受け取った視聴者 TBSの「アッコにおまかせ」における初音ミクの恣意的な放送内容をみて、ふざけんなと思った人は、当に沢山いるんじゃないかと思う。あの番組で提示されたステロタイプは、マスメディアで引用される勘違いオタク虚像の典型的なものであり、台詞もネタも人物も、全ては「オタク文化圏にいない人からみてわかりやすいオタク像」を強調する為に選ばれたものでしかなかったわけだ。あの放送において重要視されていたのは、初音ミクブームでもなければ、オタクの実像についてでもなく、ましてやDTM愛好家の創意工夫についてでもない。ひとえに「オタク文化圏の外側の、オタクという単語にネガティブイ

    キモオタの虚像が流通する背景に関して----粗悪なリアリティに抗する事の現代的困難さ - シロクマの屑籠
    castle
    castle 2007/10/17
    「みんな自分の知らない集団や文化圏にはレッテルを貼るのが大好き」「DQNウヨサヨ団塊やおい」「偏見を膨らませるのに十分なリアリティがあれば幾らでも虚像やステロタイプに飛びついてしまう程度に、私達は愚か」
  • Fate解析

    §0 はじめに 『Fate/hollow ataraxia』発売が10月28日に決定したらしい。 掲示板の方にも少し書いたが、これの発売に前後して、途中で止まってしまっている『Fate/dragon's dream』を再開させ、ホロウの余熱で暖まっている間中に完結させる予定である。 そこで、再開に向けて少し助走するという意味合いを込めて、ここに『Fate/stay night』の解析文を掲載してみることにする。 この解析文に載せる内容は、そのまま『Fate/dragon's dream』(以下FateDD)の前提である。FateDDはこの解析を基にして組み立てられた。 したがって、この文章を読むと、完結編掲載前にFateDDがどういう終わり方をするのか見抜かれてしまう可能性がある。 が、正直ここまできたら見抜かれたところでどうということもないであろうと考え、久々に思考の流れを文

    castle
    castle 2007/08/02
    「Fateは初めから、一般論的な竜殺しの解釈に基づいて『竜殺し』の物語として製作されている」「ギルとは財宝の破壊的側面であり、牙をむき出しにした『現実』そのもの」「Fateの背後にあるのは北欧神話」
  • 嫌になった - 愛・蔵太の気になるメモ(homines id quod volunt credunt)

    なんかこう、毎度のように他人のテキストを引用しているのが嫌になってきたので、自分のテキスト技術の向上をはかってみたいと思ったんだけれども、うまい方法が思いつかない。もう、何も考えずにベタテキストで書いても、それほど変な文章にはならない自信はあるのですね。路上で車を転がすのと同じようなレベルで。でも「銀色の月が墨色の夜空に小さく浮かんでいた」とか、少し文学的表現をしようと思うと、S字クランクのように苦労する。ここまで、当に何も考えずに書いてみた。今後の目標は、自分のテキストに興味を持ってくれるお客さんを作ることなんですかね、「自分が紹介するテキスト」に興味を持ってくれる人、じゃなくて。ネット論、ブログ論とか、ネット関係に関する話はしないことにしているので、そうすると自分が体験したことになるのか…自分の体験を語るのも、そんなたいした体験しているわけではないし。なにか、こんなの書いてくれません

    嫌になった - 愛・蔵太の気になるメモ(homines id quod volunt credunt)
    castle
    castle 2007/07/20
    「何も考えずにベタテキストで書いても、それほど変な文章にはならない自信はある。でも「銀色の月が墨色の夜空に小さく浮かんでいた」とか、少し文学的表現をしようと思うと、S字クランクのように苦労する」
  • 1