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社会と新自由主義に関するlotus3000のブックマーク (3)

  • この非合理的なるもの/感情の政治学(吉田徹) - 見もの・読みもの日記

    ○吉田徹『感情の政治学』(講談社選書メチエ) 講談社 2014.7 政治学は社会科学の一分野である。「科学」というからには、どんな問題でも、十分に合理的に考え、捉えることができれば、適切な「解」を見出すことができるという確信が前提になっている。しかし、現実はさほど単純ではない。ということで、例にあがっているのが(嬉しいことにw)『スタートレック』シリーズ。理知的で合理的なスポック博士の指摘が、必ずしも正しい結果をもたらすとは限らない。さまざまな情報が飛び交い、主張や意見の行き違いが生じ、妬みや恨みも生まれる中で、限られた時間内で乗組員の感情を機敏に把握し、説得や懐柔という手段を通じて、船内の調和を図っていくのは、むしろ直感に優れた直情型のカーク船長の得意とするところ。それこそが政治である、って、たいへん分かりやすい比喩だ。 「私たちは、一人一人が合理的に正しく考え、行動すれば世の中は良いも

    この非合理的なるもの/感情の政治学(吉田徹) - 見もの・読みもの日記
    lotus3000
    lotus3000 2014/11/06
    「他人の自由が増えることは、自分の自由が減ることを意味しない」あと文化によって政治の問題を政治として見えにくくしてしまうという問題点も影にありそう。それが余計に加速しているのでは。
  • 日本人の苦悩は反グローバリズム/反新自由主義だけでは癒されない - 風観羽 情報空間を羽のように舞い本質を観る

    ■言いたい放題 リーマンショック以降、世論はグローバリズム/行き過ぎた資主義批判一色となり、特に日では新自由主義の旗頭としての『小泉・竹中改革』がやり玉に上がって、言論空間は百家争鳴状態になっている。グローバリズムに押さえつけられた反動もあるだろうから、当然とも言えないことはないが、気になるのは、そのグローバリズムや新自由主義に対する従前からの格的で正当な批判が前面に出て来ているというよりは、悪玉の『小泉・竹中改革』を一方において、言いたい放題になっていることだ。何やら感情にまかせたメチャクチャな議論まで、反『小泉・竹中改革』を唱えることで正当化された気分になるかのようだ。冷静な議論も何もあったものではない。その典型は大変残念なことだが現政権の政治家にも見られる。世のグローバリズムや小泉竹中改革批判のセンチメントを自らのルサンチマンのはけ口や権力闘争を有利に進めるための具とされてしま

  • 国民のマジョリティーは新自由主義でも社民主義でもない - Munchener Brucke

    新自由主義か社民主義かという議論は、正直空振りにあることが多い。なんやかんや、日で常に支持されているベタな考えは「税金の無駄遣いをやめて、その分で社会保障を充実」という思想だからだ。これは55年体制時代から、現在まで何ら変わっていないということをこの頃痛感する。 55年体制というのは、公共事業型「大きな政府」の自民党と、社会福祉型「大きな政府」の社会党という対立構造であった。社会党は既に大きな政府である現状で更に大きな政府にするための「増税」を謳うことはなく、基的に「税金の使い道を変える」ことを主張し、政府の増税策に対しては常に反対する立場を取ってきた。これについては共産党の同様の立場であった。 80年代末に、保守政治家の中から「税金の無駄遣いを止める」というような税金の使い道を変える議論が盛んに為されるようになった。その中で起きたのが自民党の分裂と新生党、新党さきがけ、日新党の誕生

    国民のマジョリティーは新自由主義でも社民主義でもない - Munchener Brucke
    lotus3000
    lotus3000 2009/12/03
    結局国家以外の再配分機構の貧弱さをどうにかせんとまずい。しかし差別も起こりそうだ。
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