0.はじめに バフチンがポリフォニー論で展開している〈声〉の複数性――「1つの言葉に2つの声」――ということを、発話や語りということを離れて、〈声〉と同様に主体の固有性や単独性・直接性を示すものとされる「固有名」や「身体」に適用して、個の固有性と考えられているにもかかわらず、そこに「反復」や「模倣」によって他者の声が浸透しているというバフチンの議論の射程を広げて、固有性・一回性・単独性の反復や模倣による複数性の現われということを考えてみたいというのが、私の発表の趣旨である。まず、そのことを、災因論の事例によって考えてみよう。 1.災因論の物語と個の単独性 柄谷行人氏は、代替不可能な〈個〉の「単独性 singularity 」と、一般性による類のなかの比較可能な違いである「特殊性 particularity 」とを区別している。「特殊性」と区別された「単独性」とは、属性や個性に還元できない「