喪失に向かう人と成熟を超える人 この世には、読んでどんなに愉快でもつまらない本と、どうにも不愉快だが実におもしろい本がある。読むべきなのは当然後者で、本書はその典型。 『江藤淳と大江健三郎――戦後日本の政治と文学』(小谷野敦 著 筑摩書房) 不愉快なのに、華がある。昭和の或る時期に文字どおり肩を組み、併走し、やがて対立していった大物2人の軌跡を交互に、詳細に描いて、おもしろ過ぎる。読みだしたらとまらない。 特に江藤の部分は、同じ著者の『現代文学論争』(筑摩選書)における役割以上に、陰影が濃い。つまり、著者の毒がよく効いている。 一方(本人に取材を敢行した)大江は健在の大作家で、長年小説を愛読した著者の嗜好もあって、江藤ほど容赦ない叙述ではない。評価すべき作品に絶賛も惜しまない。 とはいえ、駄作は駄作と言明する厳正さは見事で、その政治的立場に対しても手きびしい。酒癖の悪さ、或る種の女性観への