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五輪に関するko77のブックマーク (11)

  • 東京五輪2020・ロードレースの向こうに映し出された日本の景色

    自転車競技のロードレースの放送で再認識させてくれた日の美しい景色や,ツール・ド・フランスで活躍した有名選手達が日開催のレースでガチに疾走する様子などに感動する呟きをまとめてみました. 選手名とかルールとかは一旦置いておいて,ロードレースの空撮の魅力などが伝わったら嬉しいです.今なら見逃し配信も見られますぜ!長時間録画なので空き時間に流し見するだけでもぜひ 「男子個人ロードレース 決勝」https://sports.nhk.or.jp/olympic/highlights/content/5ad76af9-a02e-423f-8b9e-b2b80b651985/ 「女子個人ロードレース 決勝」https://sports.nhk.or.jp/olympic/highlights/content/ff13d17f-68e9-4748-9781-8a24a8a1c83a/

    東京五輪2020・ロードレースの向こうに映し出された日本の景色
    ko77
    ko77 2021/07/26
    ツール・ド・フランスでおなじみの小麦畑なめのプロトンを日本だと緑の青々とした田んぼからのプロトンを見れて絵作りは本場と同じと確信した。
  • 元特攻隊員、95歳のサッカーライター賀川浩に「五輪と国家」を聞いた:朝日新聞GLOBE+

    「スポーツは勝敗がつく。負けは悔しいから、また努力する。戦争と違い、捕虜になるわけでもない」と語るサッカーライターの賀川浩=稲垣康介撮影 賀川にとって最初の五輪の記憶は1936年ベルリン五輪だ。 「僕らのような戦中派にとってはね、子どものころからスポーツと言えば五輪。ベルリンは2・26事件が起きた年でね。あの日は僕の住む神戸も珍しく雪が降ったからよく覚えてます。世相はガサガサしていたけれど、五輪は日選手団が活躍して夢をもらいました」 1936年ベルリン五輪の開会式で、一斉に右手を上げて敬礼する観衆。ナチス・ドイツにとってベルリン五輪は国威発揚の大イベントだった=朝日新聞社撮影 戦争の足音が強まり、革製品のボールは配給制になった。「戦争に行って死ぬ気だった。どうせ行くなら飛行機にしようと試験を受けたら、視力が良く、運動神経もそこそこで合格した」。特攻隊として朝鮮半島に渡り、出撃前の1945

    元特攻隊員、95歳のサッカーライター賀川浩に「五輪と国家」を聞いた:朝日新聞GLOBE+
    ko77
    ko77 2020/04/07
  • 東京五輪サッカーOA枠活用、DF重視が金メダルへの道! - Ippo-san’s diary

    (2020年1月31日掲載:2021年2月22日リライト) はじめに コロナ禍で東京五輪開催が危ぶまれているが、予定通り開催となれば残り5カ月。オーバーエイジ(OA)選手を予想するのは結構難しい。何故なら、実績・人気・補強ポイントなど、選ぶ視点が様々あるからだ。 そこで良いヒントを求めて過去6回のオリンピック男子サッカー出場国の成績を調査。この調査で焦点を当てたのは「優勝チームや日チームのグループ・リーグ(GL)成績とOA選手」。す その結果、「オリンピックサッカー金メダル獲得にはDF陣の活躍が必須」とデータが証明している。これを踏まえてOA候補を選出。それでは森保監督よりも一足早く発表しましょう。 直近6大会の分析結果のまとめ 大会別分析 過去6大会の五輪日本代表オーバーエイジ選手 東京五輪OA候補は国内組から 国内組からDF2名とボランチ1名 直近6大会の分析結果のまとめ 24チーム

    東京五輪サッカーOA枠活用、DF重視が金メダルへの道! - Ippo-san’s diary
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    ko77 2020/02/01
    ロンドンの成功を踏まえてリオのOAを国内組DFを選んだもののオウンゴールでやらかしたりとやっぱり海外組だとJFAは思っているのでは
  • 「今はビジネスがスポーツに勝ってしまっている」――オシムが語る2つの東京五輪 - Yahoo!ニュース

    「1964年の東京は素晴らしかった」――元サッカー日本代表監督のイビツァ・オシム(78)は、前回の東京五輪にユーゴスラビア代表として参加した。ヨーロッパの選手にとって日は「文化衝突を怖れていた」というほど遠い国だった。終戦から19年、東西冷戦下の五輪はどのようなものだったのか。2度目の東京五輪を来年に控えて、当時の思い出と未来に向けての提言を聞いた。(ジャーナリスト・木村元彦/Yahoo!ニュース 特集編集部) 言葉は少しも分からなかったが、気持ちは伝わってきた。代々木の選手村で各国代表のために無料で貸してくれた自転車の乗り心地は最高で、毎日乗りまわしていた。ある日、気がつけば千葉県まで来ていた。田園地帯で休んでいると、農家の女性がやってきて梨をくれた。身振り手振りで、ノドが渇いているでしょう?べなさい、と。その梨は、甘くて、柔らかくて、今までべたことのないおいしさだった。お土産にし

    「今はビジネスがスポーツに勝ってしまっている」――オシムが語る2つの東京五輪 - Yahoo!ニュース
  • 高須院長、五輪ナイジェリア代表支援の裏側 | DEAR Magazine

    ふとしたことから、高須院長のナイジェリア支援活動に関わることになってしまった単なるサッカーライター結城康平。BBCのアフリカ担当記者Oluwashina Okeleji(オケレジ)氏への連絡によって、歯車は大きく動き出した。 グループ参加者:「高須克弥」、「英国BBC記者」、「一般人」 そんな中、高須院長が新たにつぶやきを投下する。これが、僕とオケレジ記者を混乱の渦に叩き落すことになる。 蛇足だが、このとき僕はDEAR Magazine編集部の面々と居酒屋で、わさびの効いた山芋のしょうゆ漬けをつまみにビールを飲んでいた。酔いが一瞬で吹き飛んだ。 ナイジェリアの選手たちに僕の思いが伝わった🎵全て解決🙌ナイジェリアサッカー協会口座に月曜日にかっちゃん基金から20万ドル振り込むことに決定。まもなく記者会見があるはず🙌なう — 高須克弥 (@katsuyatakasu) 2016年8月13日

    高須院長、五輪ナイジェリア代表支援の裏側 | DEAR Magazine
  • NIKKEI STYLEは次のステージに

  • 結果不振選手批判はブラック企業の論理 - ソチ五輪2014

    為末大学 オリンピックを考える◆為末大(ためすえ・だい)1978年(昭和53年)5月3日、広島市生まれ。広島皆実高-法大。400m障害で世界選手権で2度(01年、05 年)銅メダル。五輪は00年シドニー、04年アテネ、08年北京と3大会連続出場。自己ベストの47秒89は、現在も日最高記録。12年6月の日選手権 で現役引退。現在は社会イベントを主宰する傍ら、講演活動、執筆業、テレビのコメンテーターなどマルチな才能を発揮。爲末大学の公式サイトは、http://tamesue.jp/ 毎回起こることだけれど、選手が結果を出せなかったとき、批判が出る。その批判の中には「選手の強化費は国費から出ているものだから、当然選手は結果を出すべきだ」というものがあるが、いったい、どの程度選手には強化費が使われているのだろうか。 強化費に関して計算の仕方にさまざまな考え方があるので、どの程度、正確なのか分か

    結果不振選手批判はブラック企業の論理 - ソチ五輪2014
  • レジェンドと呼ばれる男、葛西紀明。41歳、ソチへ悲願の金を取りに行く。(松原孝臣)

    41歳、スキージャンプという競技においては異色の存在と言える葛西紀明。多くの最年長記録を持つ男が、五輪での最年長金メダルを目指す。 今も忘れられない光景がある。2010年バンクーバー五輪のジャンプ団体の日のことだ。 日の最終ジャンパーを務めた選手がミックスゾーン(取材エリア)に姿を現すと、記者が押し寄せ、数十人の輪ができた。 その集団を形成したのは、大手通信社をはじめ、ドイツ、カナダなど各国の海外の記者たちであった。 優勝した選手に劣らない注目を集めたその人こそ、葛西紀明である。その光景に、海外における葛西への注目度が表れているようだった。 あれから4年。 葛西は1月7日、ソチ五輪の日本代表に選ばれた。 41歳でのオリンピックであり、実に7度目の選出である。冬季五輪では世界でも史上最多出場となる。初めて出場した'92年のアルベールビル五輪から数えて22年もの間、第一線にいるのだ。 世界の

    レジェンドと呼ばれる男、葛西紀明。41歳、ソチへ悲願の金を取りに行く。(松原孝臣)
  • 東京-浦和、史上初の5発全ヘッド/J1 - J1ニュース : nikkansports.com

    <J1:東京3-2浦和>◇第25節◇14日◇国立 20年東京五輪決定弾は、「国立男」だった! 東京FW平山相太(28)が終了間際にダイビングヘッドを決め、浦和戦9年ぶりの勝利を呼び込んだ。7年後の五輪開催決定後、初めての試合。しかも64年大会メーン会場での一戦だった。国見高時代から、元祖怪物としてゴールを量産し、慣れ親しんだピッチで通算23得点目をマーク。さらにJ史上初となる全5得点が「頭弾」というおまけも付き、改修前の国立で大きな存在感を放った。 慣れた国立を、平山が激走した。ゴールラインを割って、看板を飛び越え、陸上トラックを横切った。ゴール裏スタンドによじ登ると、歓喜に踊る観客に向けて、高々と腕を上げた。後半45分の決勝弾。2点リードを追いつかれて迎えたFKに、190センチの体をかがめ頭から飛び込んだ。「頭しか考えていなかった」。体をねじりながらのダイビングヘッドはゴール右に吸い込ま

    東京-浦和、史上初の5発全ヘッド/J1 - J1ニュース : nikkansports.com
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  • 日本、スペイン戦は奇跡でなく「必然の勝利」 - 日本経済新聞

    「奇跡と言っていいのでしょうか、それとも必然の勝利ですか」記者のこんな質問に、主将の吉田麻也(VVVフェンロ)は笑いながら応えた。「僕らからすれば『必然』と言いたいけれど、

    日本、スペイン戦は奇跡でなく「必然の勝利」 - 日本経済新聞
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