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ブックマーク / coleopteran.seesaa.net (18)

  • 「疑似科学批判」と「はてサ」を巡って(6/25のツイートから)

    coleo_log / 甲虫1 腹が立つので繰り返すが、僕の中では広瀬隆とリフレ派は同じ箱に入っている。政治的立場を超えて全員一致できる解決法を薦めること、そのくせ反対者を人殺し呼ばわりすること… at 06/25 10:27coleo_log / 甲虫1 これちょっと面白いな。僕は前から「はてサ」批判者のロジックだとリフレ派や疑似科学批判にも批判的になるはずだと思っていたが、実際にそれが表明されたのは初めて見た。 はてなブックマーク - 財)パタフィジック収集館ふくろう団地出張所 http://t.co/boaEkdw at 06/25 21:46coleo_log / 甲虫1 でも今は、はてブではリフレ派とか疑似科学批判の人ってそんなに目立たないからバトルとかにはならんのだろうな。このコメントだって直接の批判対象はリフレ派や疑似科学批判じゃないし。 @coleo_log at 06

    「疑似科学批判」と「はてサ」を巡って(6/25のツイートから)
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    lotus3000 2013/03/20
  • 革命家選別所

    二つの過激思想。どちらもある種の人たちにとってはお花畑か許しがたい悪だろうが、しかし。ホームレスホームレスのままで幸福である社会を!今すぐ全てのホームレスに家と職とを与えよ!――どちらが体制的/革命的なのか。どちらのほうが「現実的」か。そして私はどちらを選ぶのか。

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    lotus3000 2013/03/20
    うまい問題意識だ。
  • 新しい年とナショナリズム

    EU労働法政策雑記帳: 『POSSE』第2号はてなブックマーク - EU労働法政策雑記帳: 『POSSE』第2号 「>ナショナリズムが排外的な性格を強めていく危険性を押さえるためにも、ナショナリズムを活用しなくてはならない」(萱野稔人氏)という言葉を肯定的に紹介し、「同胞皆同じというナショナルな平等主義があるからこそ格差を何とかしなくちゃと思うわけで」とつづけるブログ記事と、それに反感を示すブクマコメント……。 これって、前に書いたこと(「革命家選別所」、「総転向。」)と関係する問題。 これまたややこしんだけど、たとえば東浩紀氏は萱野氏のこういう意見に違和感を示すわけでしょう? ところが東氏の南京事件に対する態度を批判する人が、萱野氏(およびそれに賛同するhamachan氏)に対しても批判を向ける。それってどうなの? つまり、「南京大虐殺は無かった」とか言っちゃう人がうろうろごろごろしてい

    新しい年とナショナリズム
  • 「与党精神」の私的な用法について

    「甲虫ブログ: ひとりごと」へのブックマークコメント。 horai551 サブカル保守 あからさまに喧嘩を売られてしまった。どうしよう… 2009/05/24 はてなブックマーク - horai551 のブックマークいや、そういうつもりじゃないです。 というか、浅羽ナントカさん(の用語なんですよね、「与党精神」って)のは読んだこともないし。 前から書こうと思ってたんですけど、僕は呉智英先生の石子順批判って、ぜんぜん良くないと思っているんですよ。 呉氏は石子氏をペテン師とか言うわけじゃないですか。でも、ああいう道徳的規準で作品を評価しちゃう人ってのは、絶対にいなくならない。石子氏一人を排除したって無駄なんです。 あそこで呉氏がしなければならなかったのは、1)芸術を道徳で判断してはならないと説得力のある説明をすること 2)石子氏の背景にある“民青的”思想を思想として批判すること の二つだった

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    lotus3000 2012/08/03
    呉智英の欠点を一番わかりやくすく書いているコメント欄。
  • 中流で何が悪い――社会・教育・自由

    追記: コメント欄にあるとおり、以下の文中の「座談会参加者が語るような“多様な生き方があっていいじゃないか”という意味の言葉」なるものは、僕の誤読の産物であり、実在しません。 曖昧な根拠で批判的なことを書いてしまったことをお詫びいたします。 「そのうち」の件。 あまり遅くなるとややこしいので、あえて読み返さないまま書いてみます。 「ひきこもり」のリアルを知るために ―井出草平著『ひきこもりの社会学』刊行記念座談会 - 荻上式BLOGこれの何が問題かって、けっきょく、「不登校論」と「ひきこもり論」の対立の意味がわかってない、あるいは無視しているってことに尽きるんだろうと思う。 「不登校論」は自由を重視する“俺らのことは放っといてくれよ派”。 それに対して「ひきこもり論」は“でもなんらかの手当ては必要だよ派”。 これはさいきん話題のリベラル対ソーシャルっていうのと似た対立。 座談会参加者が語

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  • オタクの原風景

    あすかさん マスコミ(TV局)取材でケツ出し 【ヤラセ?】- アキバBlog(秋葉原ブログ) http://www.akibablog.net/archives/2008/04/ketu-080421.htmlはてなブックマーク - asahi.com:メードらのコスプレ激減…アキバの路上パトロール開始 - 社会 http://b.hatena.ne.jp/entry/http://www.asahi.com/national/update/0427/TKY200804270142.htmlきょう昼のワイドショーでこの関連のことをやっていて、なんともいえない気分になったので、ちょっと書いてみる。 これはまさに「組織が豊かで、人は貧しい」というのを地で行く光景だと思った(ただしこちらは金銭的な問題だけではないが)。 ブクマでもその点を強調している人がいるが、「警察や行政」がなぜあたりまえ

    オタクの原風景
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    lotus3000 2011/08/17
    西郷どんの戦がたりないという言葉を思い出す。
  • でも、社会に「外」はない

    社会「起業」は社会を救わないでしょう。たぶん。 - すなふきんの雑感日記 http://d.hatena.ne.jp/sunafukin99/20080504/1209899787またしてもこことここ関係。 もうわかった、と思って見てなかったら「児童拳銃 - rna のブックマーク」でブクマされていて、なにごとかと思えば、コメント欄でブログ主氏(すなふきん氏)と「一読者」氏の議論が続いていたのだった。 僕としては、「一読者」氏に僕の言いたいことを代わりに言ってもらった(僕が能力不足のせいで言えないことも含めて)という感じで、それでおしまいなのだが……。 すなふきん氏は学者や専門家ではないので、自分の主観や感情を立場や学問的精確さにとらわれずに率直に出せるのだと思う。それがあれなんだと思う。 一つ前の記事でもちょっと触れたけど、ネット上のリフレ派を経済学ではなく「論壇」的に見ると、《宝島系》

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    lotus3000 2011/08/17
  • なぜ左翼は存在自体が害悪なのか

    このあいだ紹介した、すなふきん氏の謎のたとえ話(椅子取りゲームとしての生活保護申請 - すなふきんの雑感日記)へのブクマコメント。:2008年05月13日 rna 福祉, 経済 そんな餓死寸前の人だけが生活保護受けてるわけじゃないから当面は薄く広く支給すればいい話。被保護人員も予算も毎年増えてるからそこまで極端なゼロサムじゃない。そうなる前にリフレやらなきゃって事なら賛成だが はてなブックマーク - 児童拳銃 - rna のブックマーク / 2008年05月13日 http://b.hatena.ne.jp/rna/20080513#bookmark-8562278この「餓死寸前の人」云々というのがポイントだと気づいた。リフレ派の謎の論理についての、である。 このたとえ話(というか、支援活動に対する一連の批判)が不思議なのは、「怒り」がベースになっていることだ。愚か者(無駄を無駄とわからな

    なぜ左翼は存在自体が害悪なのか
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    lotus3000 2011/08/17
    右翼の左翼に対する批判の起源となるイメージ。
  • このひとも「ふつう」のひと?

    承前。 前回「 外山氏のこれは自己批判(自己嫌悪)なんですね」と書いたら、rnaさんからこういうブクマコメントが。rna 全体は自己批判だけどその部分は論理的必然みたいに書いてるよーな。なにをもって彼が「右翼的」「左翼的」と言ってるのかわからんけど。 2009/04/21 児童拳銃 - rna のブックマーク - 2009年4月21日 うーむ。ちょっとまとめてみます。 あそこ(「昼寝をすれば夜中に眠れないのはどういうわけだ|我々少数派」)に至る外山氏のブログの記事は次のとおり。政府断乎支持!!左翼の××君との対話続・左翼の××君との対話新・左翼の××君との対話まず、外山氏が以下のように書く。「朝鮮系日人」「沖縄系日人」「アイヌ系日人」……といろいろいて、もちろん多数派の「日系日人」もいて、その「~系」の部分ではなく後半の「日人」の部分に着目して「日人の団結」を構想するのが

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    lotus3000 2011/08/17
  • 「社会参加」の位置づけ

    『魔法少女まどか☆マギカ』、一通り視たんですが、うーん、まああの結末=結論に納得できん人はいるだろうなあ、とは思いましたね。 作中世界での魔法少女が≪男に貢ぐキャバ嬢≫みたいなものだ、というのはかなりあからさまに描かれてるけど、ならその魔法少女たちに≪後悔しなくていいんだよ≫と呼びかけるヒロインは何をしていることになるのか。 さらに、その多くが男性である視聴者と制作者がそれを肯定するというのは何を意味するのか――というような問題意識はありうるのではないかと。 あのような結末を≪予言≫し、それを肯定する記事を書いたのがhokusyu氏(約束された救済――『魔法少女まどか☆マギカ』奪還論 - 過ぎ去ろうとしない過去)。 僕が思い出したのは、hokusyu氏はベーシックインカム(BI)に否定的だったよなあ、ということ。 ≪魔法少女になる≫、ということは、≪巨大ロボットに乗って戦う≫ということと同

    「社会参加」の位置づけ
  • 壁の卵、卵の壁。

    「非政治的なものの政治性」という言い回しは、最近僕が見る範囲では批判的に使われていることが多いような気がする。 それはたとえば「自称中立」とかと同じで、もともとイデオロギー(観念)であるにもかかわらず現在の体制にによって現実化されているためにあたかも自然であるかのように思われてしまっているものを、いや、実はそうではないのだ、と指し示すときに用いられる言葉のひとつとなっているのだ。 でもある時期まで、これはまったく逆だったと思う。「非政治的なもの」のもつ「政治性」は、いわゆる「政治」が、現実に存在する対立を覆い隠す役割を果たしてしまっているときに、あえてそれに背を向けてディテールに固執することによって抑圧された構造を暴き出す、といった身ぶりを肯定的に語るときに見出されるものだったのである。 このような転換がなぜ必要だったかを知っているか、というか、そもそもそのような転換が存在したということを

    壁の卵、卵の壁。
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    lotus3000 2011/08/17
  • 「生活左翼」みたいなものがあったんじゃないかと思いますが。

    いつから「フェミニスト」は「準備と覚悟」なんて説くようになったんだろうか? - *minx* [macska dot org in exile] うーむ、むかし『広告批評』という雑誌がありましてね――みたいなこと言わなきゃならんのですかね? たとえば『広告批評』でずっとコラム書いてた橋治が言ってることってもっぱら、この記事で取り上げられてる上野千鶴子が言ってる(らしい)ような、仕事中心で家族をかえりみないような男は孤独死しちまうぞ(ザマアミロ)、みたいな話だけなんであって。(浅田彰もどっちかといえばこっち系で、だから僕の浅田氏に対する評価は微妙なものにならざるをえない)。 これって、消費(女・子供)の側から生産(男)を批判する、というもので、景気が良いときにしか機能しない。 バブルがもう少し続けばよかった、そうしたら「日的なもの」がもっと徹底的に破壊されていたであろうから、と言った人が

    「生活左翼」みたいなものがあったんじゃないかと思いますが。
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    lotus3000 2011/08/17
    ”消費(女・子供)の側から生産(男)を批判する、というもので、景気が良いときにしか機能しない。”80年代言説の限界。
  • 理想と実在

    丸山政男『ソヴェートの市民生活』 - 紙屋研究所 50年代当時の人が理想と考えたソ連社会が、こんにち一部で理想とされてる新自由主義的(?)な社会とほとんど変わらないものだった、という話。 貧しいけれどあまり働かなくともすむ社会と豊かだけれど強制的に働かされる社会との選択だったら前者を取りたい人はけっこう居そうだと思う。冷戦末期になっても社会主義国を肯定しようとした――そこまでいかなくとも、それをこの世の地獄として否定し去ることをしなかった――人は、そういう人たちだったような気がする。でも現実の社会主義国がそういうものではないというのは、それなりの見識があればわかるはずのことではなかったろうか。 しかし、今はそういった、冷戦末期の≪社会主義者≫の≪間違い≫を、社会主義に否定的な人が信じてしまっており、しかもその人たちの理想は終戦直後のソ連崇拝と内容的に変わらないものなのである。 これは歴史

    理想と実在
  • 生の肯定

    生存や安全の権利について語ると、それを必要なコストを無視した議論だとして「留保のない生の肯定」と呼んで揶揄する人がいた。 ところで、福島原発の事故をうけて原発に対する批判の声が強まるなか、原子力産業(電力会社)や原発周辺自治体の関係者でもないのに「原発を止めると弱者から死んでいく」などと騒いでいる人たちが目立つ(その人たちの一部は「自分は原発には反対だ」と言っている)。 僕はむしろ、この人たちの思想こそ「留保のない生の肯定」と呼ばれるにふさわしいものなんじゃないかと思う。それは「生」に特定の意味を持たせることを拒絶するものだ。 金がなくて死ぬのはしょうがないが「正しさ」に殺されるのは嫌だ、ということなんだろう。 これは揶揄とかではなく、この人たちにとって、おそらくこの3-40年ほどのあいだに人類が得た最大のものがこの「生の肯定」なんだろうな、というのはわかる。 しかし、その「生の肯定」の及

    生の肯定
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    lotus3000 2011/08/17
    それを拡張するためにはそれこそ無限のエネルギーが必要なんじゃないの? とか言いたくなる。
  • 「優先」はヤバいと思う…

    悪いがこれはないのでは。 rna 「人類が築き上げてきた文明の度合いとその豊かさの程度は、最も弱い立場にある人たちをどのように遇してきたかによって判断される」その通り。僅かな発ガンリスク低減より途上国の子供の命を救う方を優先すべき。 2011/05/18 はてなブックマーク - 児童拳銃 - rna のブックマーク まさに悪い意味での留保のない生の肯定。 このあいだ「「生の無条件の肯定」は「生が肯定されさえすれば条件をつけるな」にしばしば転化してしまうので危険なのである」と書いたことのひとつの実例。 というかですね、「優先すべき」と書くことは、rnaさんがあえて「寄付」という方法をとること――つまり、一般的に正しいかどうかは知らないが≪自分は≫こうしたいと思い、それを実行すること――の意味を薄れさせてしまうことになるのでは。 左翼的正義とある種の自由主義は、混ぜると両方の意味が薄れることが

    「優先」はヤバいと思う…
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    lotus3000 2011/08/17
    この指摘は重要。
  • 「闘わないことが闘い」

    前回の記事(甲虫ブログ: 壁の卵、卵の壁。)のブクマコメントで、horai551さんという方から外山恒一の昔の文章を教えていただいた。 その中で外山氏はこう言っている。:彼ら30代論客たちの青年期は、云わば「闘わないこと」が「闘い」であり得た特殊な、稀有な時代だった。 (「論じる気がありません」(Internet Archive)。:ここで言われている「30代論客」というのは、いわゆる新人類世代の「宮台真司とその周辺」の文化人たちのことだ。この「30代論客」たちが、たまたま彼らの置かれた特殊な状況を「一般化・普遍化する誤り」によって、より若い世代の政治的「闘争」を抑圧していることを外山氏は批判するのである。 つまりこれは“非政治政治性”を肯定的に捉えることで“真の政治性”を獲得したとみずから信じる者が、政治的なものが政治的な形態を取らざるを得ないというそもそもあたりまえのありかたを非難攻

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    lotus3000 2011/08/09
  • 「総括」とか

    むかし岸田秀とか笠井潔とかを読んだだけなんでそういう方面からの言い方に過ぎないんだけど(そういえば大塚英志のはBOOKOFFで買ったけど読んでないな)、連合赤軍事件を思想的に問題化するときに中心になるのは「総括」というものだろう。 客観的に今すぐは革命を起こせる状況にないときに、自分や同志が革命の主体としてふさわしい者になることを革命の等価物とみなしてしまうこと。 そしてそのように自分たちが独占した「革命」を絶対視し、それについていけない/反対する者の抹殺を、抹殺される当人にとっても《救済》だと考えてしまうこと……。 連合赤軍事件が左翼に対する幻滅をもたらしたのだという。まあ自称/他称の「左翼」が嫌悪/嘲笑されるようになったという点ではそうかもしれない。しかしこのような呪術的思考そのものは必ずしも真剣に批判されたわけではないと思う。そしてそれは冷戦体制の崩壊と共に社会の全面を覆い尽くすこ

    「総括」とか
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    lotus3000 2010/07/21
    新左翼の負の遺産にゆいて。多分浅羽通明のアナーキズムに対する問題とつながる。
  • 「筒井康隆」と「世間」

    そうか。太宰治が筒井康隆に対して「それ全部あんたの中の悪意を虚構内の人物にアウトソーシングしてるだけじゃねーか」とぶち切れる展開はアリだな。 Twitter / Yuu Arimura以下のような流れで出てきた発言。 Twitter / Yuu Arimura: 朝ズバで駒野の母親をつるし上げた、ということらしいが ...Twitter / Yuu Arimura: .@kaolu4s @lastline さようか。 ...Twitter / Yuu Arimura: .@anchiro じゃあぼくがRTした発言はまさに ...Twitter / Yuu Arimura: 筒井康隆なら「人間なんてみんな一皮剥けば、心の底では ...Twitter / Yuu Arimura: .@tanamach @takashit 先ほど該当 ...「該当URL」→Tiny Message Yuu A

    「筒井康隆」と「世間」
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    lotus3000 2010/07/21
    サブカルと保守主義の関連について一つの意見。多分理念共同体への相対化を行ってきたがゆえに筒井は批評的に機能できたのだろう。 問題は副作用がでかくなったことか。
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