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ブックマーク / call-of-history.com (24)

  • 『【ビジュアル版】世界の歴史 大年表(創元社)』定延由紀 他訳 | Call of History ー歴史の呼び声ー

    出版元の創元社様よりご恵投いただきました。ありがとうございます。 その惹句の通り宇宙の誕生から現代まで、134のテーマに分けられてそれぞれの歴史が年表形式でまとめられた、大判で非常にボリュームある図鑑である。非常にキャッチーな図版と凝ったレイアウトがページをめくるたびに目に入ってきて当に楽しい。 創元社の特集ページで詳しく見ることが出来る。 第1章「先史時代」紀元前3000年以前 先史時代/宇宙の物語/地球の生物/恐竜の時代/恐竜の絶滅/人類の起源/農業/金属の加工/町と都市/車輪の物語/文字 第2章「古代の世界」紀元前3000~紀元後500年 古代の世界/メソポタミア/遊びとゲーム/古代エジプト/古代の大型建造物/ギザの大スフィンクス/物語の物語/宝飾品(ジュエリー)/スポーツの物語/古代ギリシア/数学/民主主義の物語/ケルト人の台頭/アケメネス朝ペルシア帝国/イッソスの戦い/哲学の物

    『【ビジュアル版】世界の歴史 大年表(創元社)』定延由紀 他訳 | Call of History ー歴史の呼び声ー
  • 聖女マルタ伝説~聖書と聖人信仰のまとめ | Call of History ー歴史の呼び声ー

    マルタは新約聖書に登場し、イエスの友人ラザロとマリアの姉妹で、エルサレム近郊の町ベタニアに住む。アラム語でマルタ” מַרְתָּא Martâ”(注1)は「婦人」「女主人」を意味する(注2)。後にキリスト教の守護聖人として各地で信仰を集める。祝日は東方教会6月4日、西方教会7月29日。 新約聖書「ルカによる福音書」「ヨハネによる福音書」に登場する。以下新共同訳聖書より引用およびまとめ。 「ルカによる福音書」のマルタイエス一行はエルサレムへ向かう途上、親しくしていたマルタとマリアの姉妹の家に立ち寄り、彼女たちから歓待を受ける。 『一行が歩いて行くうち、イエスはある村にお入りになった。すると、マルタという女が、イエスを家に迎え入れた。彼女にはマリアという姉妹がいた。マリアは主の足もとに座って、その話に聞き入っていた。マルタは、いろいろのもてなしのためせわしく立ち働いていたが、そばに近寄って言

    聖女マルタ伝説~聖書と聖人信仰のまとめ | Call of History ー歴史の呼び声ー
  • 「中世ヨーロッパの農村世界 (世界史リブレット 24) 」堀越宏一 著 | Call of History ー歴史の呼び声ー

    山川出版社の世界史リブレットシリーズで前回紹介した「中世ヨーロッパの都市世界」とあわせて読みたいのが、都市に対して中世ヨーロッパの農村について概観した書「中世ヨーロッパの農村世界」である。 中世ヨーロッパの農村と言われてまず想像するのは封建制、すなわち騎士を傘下においた封建領主たちが村落共同体を支配し「荘園」で農民たちを「農奴」として奴隷的に酷使して、その不満は時に農民反乱として爆発するというイメージではないだろうか。農村は確かに中世ヨーロッパ社会を構成する基盤となっていたが、中世ヨーロッパの農村研究も随分と変わって前述のような、「自由な都市」の対照としてのイメージではなくなってきた。 『近年の中世農村史研究は、このような古典的な理論やイメージにいくつかの根的な変更を加えると同時に、新しい中世農村像を描くための豊かな材料をもたらしてくれている。』(2頁) 近年の研究成果が他の世界史リブ

    「中世ヨーロッパの農村世界 (世界史リブレット 24) 」堀越宏一 著 | Call of History ー歴史の呼び声ー
  • ジル・ド・レの生涯――百年戦争後期のある中小領主家の興亡 | Call of History ー歴史の呼び声ー

    ジル・ド・レ――フランス王国元帥、ジャンヌ・ダルクの戦友にして数々の軍功を重ねた百年戦争の英雄、フランス王よりも富裕とまでいわれたフランス屈指の大貴族・・・しかして、その栄光の陰で快楽の赴くままに百数十名にも上る子供たちの大量殺戮を行ったとして異端審問裁判により処刑された男。恐怖の民話「青髭」のモデルとも云われる、眩し過ぎる光と深すぎる闇を併せ持った彼の生涯をたどってみよう。 ジル・ド・レについて語られるとき、快楽殺人者、悪魔崇拝、瀆神といった描かれ方が多いが、記事では少し趣向を変えて百年戦争(1337-1453)の中に彼を位置付けて、中世末期フランスのとある中小領主家の盛衰という視点で見てみようと思う。 レ男爵家はブルターニュ公に臣従してロワール川河口付近一帯に領土を持った有力領主であったが、十四世紀末、賢女(ラ・サージュ)との異名を持つ女当主ジャンヌ・ド・レ” Jeanne de R

    ジル・ド・レの生涯――百年戦争後期のある中小領主家の興亡 | Call of History ー歴史の呼び声ー
    ja_bra_af_cu
    ja_bra_af_cu 2019/10/09
    "根拠も事実関係もあやふやな「大量殺戮」[...]白でも黒でもない「中世ヨーロッパの異端審問裁判で有罪とされたという事実」を受け入れるところから、ジル・ド・レは再考されなければならないだろう"
  • ブルガリアでローマ帝国時代のディオニュソス神の密儀教団に関する大理石板が発見 | Call of History ー歴史の呼び声ー

    ブルガリア共和国中部に位置する同国第二の都市プロヴディフ(Plovdiv)にある主教座教会のバシリカ(教会堂)から、ディオニュソス神を崇める密儀教団のメンバー44人が刻まれた古代ローマ時代の大理石で造られた石板が発見された。 Archaeology: Third-century inscription with names of Dionysus cult found in Bulgaria’s Plovdiv Archaeologists working at the Episcopal Basilica site in Bulgaria’s second city Plovdiv have found a large stone slab, estimated to date from the third century,...

    ブルガリアでローマ帝国時代のディオニュソス神の密儀教団に関する大理石板が発見 | Call of History ー歴史の呼び声ー
  • サラミス海戦時の艦隊集結地付近の水中から古代の建物や神像が発見

    紀元前480年のサラミス海戦時、ギリシア艦隊が集結していたサラミス島のキノソウラ( Kynosoura )半島とアンペラキア( Ampelakia )湾の海域で2018年6月から7月にかけて行われた水中調査の結果、水中にサラミス海戦の時期まで遡ることができる遺跡が発見されたと、2019年6月、ギリシア共和国文化スポーツ省(Ministry of Culture and Sports)が発表した。非常に大きな発見としてNewsweek他各紙が報じている。 浅瀬に建てられていたその構造物は、長さ約50フィート(約15.24メートル)、南北軸上に北と西に伸びて構築されており、都市の港に直接隣接した最も低い場所にあるアゴラの縁にあった主要な公共建造物の1つだった可能性が高いという。古典時代からヘレニズム時代に建てられ3世紀のローマ時代後期まで使われていたと考えられている。現地の現在の桟橋はこの水中

    サラミス海戦時の艦隊集結地付近の水中から古代の建物や神像が発見
  • 中世ヨーロッパの封建儀礼「臣従礼(オマージュ)」とは何か

    中世ヨーロッパでは封建的主従関係を結ぶ際に「臣従礼(オマージュ” hommage, homage ”)」という儀礼が行われた。 『臣従礼とは中世西欧において封建的な主君と家臣の関係を正式に設定し、このことを可視的に公示する儀礼である。それは主君と家臣の間の封建的契約関係を設定する儀式とも考えられる。』(城戸毅,328頁) フランス中部をはじめヨーロッパの大部分で行われたが、イタリアなどには存在せず、南フランスでも主従関係の中心ではなかった。(ジェラール,36頁)。古ゲルマンのコメンダチオ(托身)という習俗に由来する。(ロイン,485頁) 臣従礼の手順以下、城戸 毅著『百年戦争―中世末期の英仏関係 (刀水歴史全書)』(刀水書房,2010年,327-328頁)よりまとめ 托身儀礼家臣となることを望む者は無帽で武器を身につけずに、主君と仰ぐ者の前に進む。 家臣「私はあなたの家臣となることを望みま

    中世ヨーロッパの封建儀礼「臣従礼(オマージュ)」とは何か
  • 「聖杯」の原型ケルト神話の「再生の大釜」についてまとめ

    ケルト神話において「大釜」は神聖なものであった。大釜の中に入れられることで死者は再生し、豊穣、富、知などが与えられる。アイルランド・ウェールズ地方を中心として様々な伝承で語られ、後にアーサー王物語が生まれる過程でキリスト教的側面を与えられて「聖杯」へと受け継がれていく。 デンマーク・ユトランド半島のゴネストロップ(グンデストルップ)で1891年に発見された直径69センチメートル、重さ約9キログラムの大きな銀製の容器で、泥炭地に埋まっていた。紀元前二~一世紀頃、発見地であるデンマーク以外で作られたものと考えられている。同様の大釜は他にもデンマークのリンケビーからの泥炭地からも前一世紀頃のガリアのものとみられる青銅製の大釜の破片が発見されている。 「ゴネストロップ(グンデストルップ)の大釜」で特徴的なのは同時代最大の銀製品であることとあわせて、精密かつ美麗な装飾である。有角の神や戦闘ラッパなど

    「聖杯」の原型ケルト神話の「再生の大釜」についてまとめ
  • 古代ギリシア×百合の爽やかな傑作『うたえ!エーリンナ』(佐藤二葉作) | Call of History ー歴史の呼び声ー

    サッポー(ギリシア語 “ Σαπφώ “, 英語 “ Sappho ”)は紀元前七世紀~六世紀にかけてエーゲ海のレスボス島で活躍した、古代ギリシアを代表する女性詩人です。教科書や古代ギリシア関連の書籍では英語発音に基づくサッフォーの名で紹介されることが多いです。生前から詩人として高名で、レスボス島で若い女性たちを集めて作詞や舞踏を教えたとも言われています。 作『うたえ!エーリンナ』はそのサッポーの「学園」に入門を許された詩人を夢見る少女エーリンナを主人公にした、少女たちの愛と友情と音楽の日々を描くとても良質な歴史漫画となっています。 大胆な告白は主人公の特権!天真爛漫で前向き、自分の気持ちは臆面もなくはっきり主張するエーリンナに翻弄される、良き結婚を夢見る一見ツンツンした少女バウキスの関係が実に尊い・・・まずはエーリンナの率直さの前にバウキスがみるみる落ちていって、中盤以降にもなるとエー

    古代ギリシア×百合の爽やかな傑作『うたえ!エーリンナ』(佐藤二葉作) | Call of History ー歴史の呼び声ー
  • 古ゲルマン人部族社会の「民会(ディング)」についてまとめ

    民会とは民会の参加条件は部族に属する武装能力を有する自由身分であることで、年一回か二回の定期集会と、必要に応じて随時開催される臨時集会からなる。主な議題は開戦・和平の決定、重大な裁判、若者への武器の授与、郷や村など個々の地域で裁判権を行使するプリンケプスと呼ばれる者たちおよび軍事指導者の選出などであった。会議の参加者は全員武装して集まり、賛意を示すときにはフラメア(手槍)を互いに打ち鳴らしたという。 『11 会議(民会) 小事には首長たちが、大事には部民全体が審議に掌わる。しかしその決定権が人民にあるような問題も、あらかじめ首長たちの手許において精査されるという仕組みである。図らざる、そして突発の事件が起こらないかぎり、彼らは一定の時期、すなわち新月、あるいは満月の時を期して集会する。これが事を起こすに、最も多幸なるはじめの時と、彼らは信じているからである。しかし彼らはわれわれのように昼の

    古ゲルマン人部族社会の「民会(ディング)」についてまとめ
    ja_bra_af_cu
    ja_bra_af_cu 2019/02/28
    研究社の『英語語源辞典』によると英単語 moot の語源がこれ(のアングロ・サクソン版?)らしい
  • ロビン・フッド伝説の誕生と普及の歴史まとめ

    中世のロビン・フッドロビン・フッドはまず中世のバラッドで唄われることで民衆の間に広まった。バラッドは中世ヨーロッパに広くみられた、吟遊詩人などを介して口伝えで広がる「物語唄」である。特に中世バラッドで人気を博したのが十五世紀前後に成立したとみられる『ロビン・フッドの武勲(” A Gest of Robyn Hode ”)』であった。 上野美子氏の名訳が実に当時の中世バラッドの雰囲気を感じられてよいので冒頭部分を紹介したい。 いざ聴き召され紳士方 自由生まれの殿方よ、 語りいだすはかのヨーマンの ロビン・フッドの物語。 ロビンこの世にありしとき 誇りも高きアウトロー、 いまだこの世に見あたらぬ、 礼節ふかきアウトロー。 LYTHE and listin, gentilmen, That be of frebore blode; I shall you tel of a gode yeman,

    ロビン・フッド伝説の誕生と普及の歴史まとめ
    ja_bra_af_cu
    ja_bra_af_cu 2019/02/25
    アウトローって制度化されてたのか
  • ジャンヌ・ダルク書簡まとめ~書状でみるジャンヌ・ダルク

    ジャンヌ・ダルクの書簡は直筆署名付きの三通の書簡と口述した手紙の原六通、その他写で文面のみ残っているものが多数ある。十九世紀に歴史学者ジュール・キシュラ(1814~82)によってジャンヌ・ダルクの裁判記録、年代記、書簡、会計簿等史料がまとめられ、ジャンヌ・ダルク研究が大きく進展した。 この記事ではレジーヌ・ペルヌー、マリ=ヴェロニック・クラン著(福直之訳)『ジャンヌ・ダルク』(東京書籍,1992年,原著1986年)の「ジャンヌ・ダルクの書簡」に掲載されている福直之訳の11通の書簡の文面を一部改変して引用、紹介する。古文・漢文にも造詣が深い福先生ゆえ、いくつかの訳文は格調高く文語体で翻訳されているが、漢文調の箇所「認之(これをしたたむ)」「無之候(これなくそうろう)」などは「これを認む」「これ無く候」と書き下し文に開いた。またイギリスはイングランドへ、ブルゴーニュ候・ベッドフォード

    ジャンヌ・ダルク書簡まとめ~書状でみるジャンヌ・ダルク
  • 「流罪の日本史 (ちくま新書)」渡邊 大門 著

    洋の東西を問わず、様々な国や地域で刑罰の一つとして追放刑があった。日歴史においても流罪と呼ばれて、保元の乱で敗れ怨霊となった崇徳院、流刑先で一生を終えるかに見えた源頼朝、関ケ原合戦で敗れ八丈島に流され長すぎる後半生を生きた宇喜多秀家・・・などなど様々なドラマを生み出してきた。 書によれば流罪は「大宝律」「養老律」によって死罪に次ぐ重い刑として定められ、その罪の重さに応じて「近流」「中流」「遠流」に分かれていたという。また流されるだけでなく労役を負わされていたこと、家族も縁座として連帯責任を負って配所にともに行く家族刑としての側面も持っていたことなどが古代の流罪の特徴であった。 鎌倉時代になると「御成敗式目」に悪口、殺人や暴力、文書の偽造、不貞行為、窃盗などの刑罰として流罪が定められているほか、承久の乱での後鳥羽院などをはじめとする政治犯や、法然・親鸞・日蓮ら鎌倉新仏教の僧侶たちも流罪

    「流罪の日本史 (ちくま新書)」渡邊 大門 著
  • ジャンヌ・ダルクの愛剣「フィエルボワの剣」を求めて

    ジャンヌ・ダルクは戦場にあっても剣を振るうことを好まなかったことはよく知られているが、だからといって丸腰ではなく、ちゃんと剣を下げていた。しかも、その剣には不思議な、ある種の神がかり的なエピソードがある。 シノン城でシャルル7世との面会を果たし、オルレアン行を認められたジャンヌは装備を整えていく。そこで彼女は不思議なことを言い出した。サント・カトリーヌ・ド・フィエルボワという町にある教会の祭壇の後ろの地面に剣が埋まっていると声がした、と。そこで人を遣って調べさせたところ、十字が五つ刻まれた錆ついた剣が発見された。この五つの十字架はキリストの聖痕に対応するデザインである。ジャンヌのもとに送られ錆を落とし整えられると、これを下げてジャンヌは戦場を駆け巡ることになる。のちに「フィエルボワの剣」と呼ばれるジャンヌ・ダルクの愛剣である。ちなみに発見されたサント・カトリーヌ・ド・フィエルボワ教会は現在

    ジャンヌ・ダルクの愛剣「フィエルボワの剣」を求めて
  • Call of History 歴史の呼び声

    サー・アイザック・ニュートン(1642-1727)によって1687年に刊行された近代科学史の画期的な著作「自然哲学の数学的原理(通称プリンシピア)」の未発見の初版が、カリフォルニア工科大学の歴史学者による世界的な大規模調査の結果、新たに約...

    Call of History 歴史の呼び声
    ja_bra_af_cu
    ja_bra_af_cu 2018/07/04
    Kousyoublog の人が立ち上げた歴史(学)への招き,誘いのサイト
  • 「お前らジャンヌ・ダルクと一緒にいてムラムラしないの?」と聞いてみた結果

    「尊い・・・」ってなる、という記録が実際残されている。 記録を残しているのはゴベール・ティボーという準騎士で1429年三月二十二日、神学者のピエール・ド・ヴェルサイユの共としてジャンヌ・ダルクと面会したことがある人物である。彼はのちに兵士たちに率直に尋ねてみたのだそうだ。「お前らジャンヌ・ラ・ピュセルと一緒にいてムラムラしないの?」と。そしてそのやり取りを以下の通り書き残した。 「軍隊においては、彼女はいつも兵士たちと行動を共にしていた。ジャンヌと親しかった者の多くから直接聞いたことだが、彼女に対して彼らが肉欲を感じることは金輪際なかったという。それはどういうことかというと、彼らが彼女に欲情を抱くことはままあったにせよ、どうしてもそれ以上の挙に出ることはできなかったので、彼らは彼女を欲望の対象にすることは不可能だと信じこむようになっていた。仲間同士で、肉欲を満たし、快楽を刺激するような話を

    「お前らジャンヌ・ダルクと一緒にいてムラムラしないの?」と聞いてみた結果
  • 幕府代表とペリー艦隊の飲みニケーション全5回まとめ

    先日の記事「「居酒屋の誕生: 江戸の呑みだおれ文化」飯野 亮一 著」にいくつか、ペリー艦隊来航時の日人代表も泥酔していたことを思い出した、といった趣旨のコメントがついていて、そうそうあの酔っぱらいエピソードも面白いんだよね、ということで幕府代表団とペリー艦隊との飲みニケーションエピソードを「ペリー艦隊日遠征記(上)(下)」から紹介しよう。酒を飲むことでのコミュニケーションが相互理解と親睦、異文化交流に大いに役立ち、日米和親条約締結に大きな影響を及ぼしたのだ。両者の酒宴はあわせて五回あった。 1853年7月12日1853年7月8日、ペリー艦隊は浦賀沖に姿をあらわし、米フィルモア大統領から将軍に宛てた親書の受け取りを求めた。これに対し日側は、かねてから黒船来航の情報を元に準備していた通り浦賀での受け取りを拒否、長崎への移動を求めるが、ペリーはこれを拒否して、現在地浦賀での授受を求めた。そ

    幕府代表とペリー艦隊の飲みニケーション全5回まとめ
  • 「ヴァイキングの経済学―略奪・贈与・交易」熊野聰 著

    ヴァイキングという言葉から連想される一般的なイメージは、欧州沿岸を容赦なく略奪してまわる北方の荒ぶる海賊たちだろう。角の生えた冑(かぶと)をかぶりロングシップ上で戦斧を振り回す赤ら顔の巨漢たち、おそらくは北方の社会からもあぶれた、ならず者の集まりか・・・というのは通俗的なイメージで、実際には彼らはその大多数が普段は広大な農園を持つ領主層とその従士たちであり、略奪だけではなく交易にも積極的で、夏の一時期だけ略奪と交易を行う遠征に出て、それ以外は農地を耕し、土地の支配者として振る舞う人々であった。 ヴァイキングはスカンディナヴィアの貴族・豪族による組織的な活動であって、無法者たちの好き勝手な暴虐ではない。書は、そんなヴァイキングの略奪と交易、その行為を支えるヴァイキング社会の慣習と名誉、贈与の習慣を紹介した一冊である。 ヴァイキングとは何か、九世紀初頭から十一世紀半ばにかけての二世紀半、バル

    「ヴァイキングの経済学―略奪・贈与・交易」熊野聰 著
    ja_bra_af_cu
    ja_bra_af_cu 2015/05/11
    "交換の一手段としての略奪"
  • アニメ「艦隊これくしょん -艦これ-」感想

    アニメ「艦隊これくしょん -艦これ-」最終話まで観ました。艦娘たちが動いて喋っているだけでも嬉しいので次々出てくる娘たちの一挙手一投足にニヤニヤしつつも、各話の展開にちぐはぐな印象は拭えず、楽しい気持ちと苦笑との間を忙しく行き来しながらの視聴になりました。 吹雪さんと睦月夕立のメイン三人を始めみんな可愛くて上々ね、って感じでしたが特に陸奥、利根、川内、夕張、瑞鶴、金剛と第六駆逐隊あたりは非常に良かった。むっちゃん最高に美味しいポジションだし、利根ねーさんまじ利根ねーさんで三話最後の色々思いやる複雑な表情は最高だし、川内さんもただの夜戦バカではなく頼れる先輩で惚れ惚れしたし、夕張も貧乏クジ引いたけどなんだかんだ魅力的に描かれているし、瑞鶴は七話の翔鶴姉とのやりとりでの加賀さんへのデレが珠玉、かわいすぎる、また金剛ちゃんはこんなに母性溢れるキャラに描かれていてああ素晴らしい。あ、大淀さんは出撃

    アニメ「艦隊これくしょん -艦これ-」感想
    ja_bra_af_cu
    ja_bra_af_cu 2015/03/28
    ループものだと勘の良い人が「これループものでは?」って言い出すけど艦これは見た範囲では誰も言ってなかったな
  • 「シャーマニズム(「知の再発見」双書)」C・ステパノフ&T・サルコンヌ著

    シャーマニズムがよくわからない。いくつかの宗教学の入門書の知識と、例えば琉球・南西諸島のユタ、東北のイタコ、卑弥呼などに代表されるような古代の巫女、アメリカ・インディアン、アフリカの呪術師、アボリジニ、ブードゥーなどを想起した一般的なイメージを持っている程度なので、最近(2014年)出たばかりのコンパクトなシャルル・ステパノフ&ティエリー・サルコンヌ著「シャーマニズム(「知の再発見」双書)」というを読んでみたが、よりわからなくなった。 シャーマニズムとはなにか。「平凡社 世界宗教大事典(1991年)」にはこうある。 『通常、トランスのような異常心理状態において超自然的存在(神霊、精霊、死霊など)と直接に接触・交流し、この間に予言、託宣、卜占、治病、祭儀などを行う人物(シャーマン)を中心とする呪術・宗教的形態である。』(P851) もう少し端的な説明として、脇平也著「講談社学術文庫 宗教

    「シャーマニズム(「知の再発見」双書)」C・ステパノフ&T・サルコンヌ著
    ja_bra_af_cu
    ja_bra_af_cu 2015/03/08
    フォークタームからテクニカルタームを派生させて生み出すから、人々の実践を指す名前と分析のための概念との区別がよくわからなくなりがちなんよね