「経済状況は悪化し先行きへの不確実性が高まっている」 “アジア最後のフロンティア”とも呼ばれたミャンマーの現状について、世界銀行はこう分析しています。 3年前に軍が起こしたクーデターで、東南アジアの新興市場として期待されたミャンマーの経済は低迷。進出した企業も期待を裏切られた形となりました。それでも事業を継続する日系企業が少なからずいます。 なぜビジネスを続けるのか。その理由を現地で探りました。 (アジア総局記者 加藤ニール)
ミャンマーで徴兵制を実施する計画に多くの若者が反発するなか、軍が首都ネピドーで新たな兵士の招集を始めたと国営放送が伝えました。一方、独立系の地元メディアは、軍が各地で強制的に若者を徴兵する動きも出ていると非難しています。 ミャンマーでは3年前のクーデター後、実権を握る軍が先月、民主派勢力などとの戦闘による兵員不足を補うため、18歳以上の国民を対象に徴兵制を実施すると発表しました。 軍は当初、4月中旬から始めるとしていましたが、国営放送は29日、首都ネピドーに入隊を希望する184人の若者が招集され、手続きが行われたなどと伝えました。 徴兵制が始まったという正式な発表はありませんが、軍の報道官は27日に行われた軍事パレードの際に、徴兵制の第一陣は志願者から選ぶなどと説明していました。 一方、独立系の地元メディアは、最大都市ヤンゴンなどで軍が各家庭を訪れ、対象となる若者を強制的に徴兵する動きが出
ミャンマー東部で軍と少数民族の武装勢力との戦闘が続く中、少数民族側は軍の将官を含む2300人を超える兵士が投降したことを明らかにしました。 少数民族による一斉攻撃が始まって以降、最も多いまとまった数の投降とみられていて、軍の士気の低下と統制の乱れをうかがわせています。 ミャンマーでは去年10月下旬に、3つの少数民族の武装勢力が東部シャン州で一斉に軍への攻撃を開始し、攻勢を強めています。 少数民族側は5日、コーカン族の武装勢力がシャン州の中国との国境近くの地域を掌握し、この地域最大のミャンマー軍の司令部の兵士が投降したことを明らかにしました。 投降した兵士は合わせて2389人で、このうち、准将6人が含まれているということです。また、兵士の家族1600人余りも投降したとしています。 地元メディアは、少数民族側が撮影したとみられる、投降した軍の兵士たちの様子を伝えています。 これについてミャンマ
(CNN) ミャンマーのアヘン生産量がアフガニスタンを抜き、世界トップになったことが、国連薬物犯罪事務所(UNODC)の新たな報告で分かった。 UNODCが発表した報告によると、ミャンマーの今年の生産量は1080トン。これに対してアフガンでは、イスラム主義勢力タリバンの暫定政権が昨年4月にアヘンの原料であるケシの栽培を禁止し、生産量が95%減少した。 一方ミャンマーでは、アヘン生産量が3年連続で増加し、今年は前年比36%増だった。同国の「アヘン経済」は10億~25億ドル(約1460億~約3640億円)の規模となり、国内総生産の2~4%を占めている。 同国は数十年前から麻薬生産国として知られてきた。2021年のクーデター後はさらに、国内で続く経済停滞や政情不安を背景にアヘン生産が急増している。昨年末には内戦の激化やインフレ、生活苦の影響で栽培農家が増えた。 今後特に北東部シャン州など、紛争が
Published 2023/11/21 21:56 (JST) Updated 2023/11/21 22:13 (JST) 【北京共同】中国公安省は21日、中国人を標的にした特殊詐欺に関わった疑いがあるとして、これまでに隣国ミャンマーで拘束された計3万1千人の容疑者が中国に移送されたと発表した。 中国では海外を拠点としたグループによるインターネットや電話を利用した詐欺被害が深刻化している。公安省は今年9月からミャンマー側と協力し、国境を接する同国北部で取り締まりを強化していた。 王小洪公安相は10月末、ミャンマーの首都ネピドーで軍政トップのミンアウンフライン総司令官と会談し、両国の司法機関の連携強化について協議した。
ミャンマー・シャン州を巡回するタアン民族解放軍(TNLA)のメンバー(2023年3月9日撮影)。(c)AFP 【11月2日 AFP】ミャンマー軍事政権は1日、北部シャン(Shan)州での三つの少数民族武装勢力との戦闘で、中国国境の要衝の町の支配権を失ったと明らかにした。 シャン州では先月27日から戦闘が激化していた。同州は、中国の巨大経済圏構想「一帯一路(Belt and Road)」の一環で、10億ドル(約1500億円)規模の鉄道事業が計画されている。 タアン民族解放軍(TNLA)、アラカン軍(AA)、ミャンマー民族民主同盟軍(MNDAA)の3勢力は、国軍の複数の拠点のほか、最大の貿易相手国である中国につながる主要道路を占拠したとしている。 軍事政権のゾーミントゥン(Zaw Min Tun)報道官は1日、中国・雲南(Yunnan)省と国境を接するチンシュエホー(Chinshwehaw)に
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【12月30日 AFP】ミャンマーの裁判所は30日、民主化指導者アウンサンスーチー(Aung San Suu Kyi)氏(77)に対し、5件の汚職の罪で禁錮7年の有罪判決を言い渡した。スーチー氏はこれまでに複数の罪で有罪判決を受けており、刑期は計33年となった。情報筋によると、これでスーチー氏に対する裁判は全て終了したという。 同情報筋は、国民民主連盟(NLD)政権で大統領を務めたウィンミン(Win Myint)氏についても、同様の罪で禁錮7年の有罪判決が下されたとしている。スーチー氏とウィンミン氏は上訴する意向だという。 1年半におよぶ一連の裁判で、スーチー氏の様子が伝えられたのは国営メディアが写真を公開した1度きりだった。メディアは裁判の傍聴を禁じられており、スーチー氏の弁護人もメディアと話すことを禁止されている。(c)AFP
国軍のクーデターに抗議するウィンチョーさん(右から2人目)と妻(左)=東京都渋谷区の国連大学前で2021年9月撮影、ウィンチョーさん提供 27日に営まれる安倍晋三元首相の国葬へミャンマーを外務省が招待したことについて「市民を弾圧する国軍側を来賓として招くことは国葬開催の理念に反する」と東京都の在日ミャンマー人が抗議している。くしくも27日は、2007年に反政府デモを取材中に射殺された映像ジャーナリスト、長井健司さん(当時50歳)の15回目の命日。東京都在住のミャンマー人男性に、長井さんへの思い、国葬招待が持つ問題点について聞いた。
クーデターで実権を握ったミャンマー軍のトップは、国内に複数ある少数民族武装勢力のリーダーたちに対して停戦や和平の交渉への参加を呼びかけました。 ミャンマー国内で広がる民主派の抵抗勢力と少数民族の武装勢力が共闘する動きを食い止めたいというねらいがあるとみられます。 ミャンマーの国営テレビは、現地時間の22日午後から軍のトップ、ミン・アウン・フライン司令官のおよそ2分半の演説を繰り返し放送しました。 ミャンマー国内には、広範な自治を求めて軍との戦闘を長年続けてきた少数民族の武装勢力がおよそ20あります。 演説の中で司令官は「武装勢力のリーダーたちを交渉の場に招待する。私がみずからすべての代表と会う」と述べ、停戦や和平の交渉への参加を強く呼びかけました。 来月9日を期限に各勢力の代表を募りその後、会議の日程を調整するとしています。 司令官はさらに「すべての少数民族とともに平和と発展の利益を共有す
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ミャンマー軍によるイスラム教徒の少数派、ロヒンギャの人たちに対する迫害について、アメリカのブリンケン国務長官は、民族などの集団に破壊する意図を持って危害を加える「ジェノサイド」だと認定し、ミャンマー軍指導部の責任を追及する考えを強調しました。 ミャンマー西部のラカイン州では2016年以降、ミャンマー軍が大規模な軍事作戦を行い、ロヒンギャの人たちが襲撃されるなどしました。 アメリカのブリンケン国務長官は21日、首都ワシントンで演説し、ミャンマー軍による攻撃で2016年には10万人近くが隣国のバングラデシュに避難を余儀なくされたほか、2017年には9000人以上が殺害され、74万人以上が住まいを追われたと指摘したうえで「これはジェノサイドであり、人道に対する罪だ」と述べ、バイデン政権がジェノサイドと人道に対する罪にあたると認定したことを明らかにしました。 その理由について「攻撃は広範囲に組織的
ミャンマーで去年のクーデター以降、軍と民主派の抵抗勢力との間で激しい戦闘が続く中、軍のトップ、ミン・アウン・フライン司令官が演説を行い、民主派の抵抗勢力を支援する少数民族の武装勢力に対し、支援をやめるよう求めたうえで、軍との和平交渉に参加するよう呼びかけました。 ミャンマーでは、去年の軍によるクーデター以降、民主派の抵抗勢力の一部が少数民族の武装勢力から武器や訓練などの支援を受け、軍と激しい戦闘を行っています。 こうした中、ミャンマーでは12日「建国の父」とされるアウン・サン将軍が、75年前の1947年、少数民族に自治権を約束し、団結してイギリスから独立することを決めた記念日に合わせて、首都ネピドーで式典が開かれ、一部の少数民族の武装勢力も出席しました。 式典で演説した軍のトップ、ミン・アウン・フライン司令官は去年のクーデターの正当性を改めて主張したうえで「テロリストやその支持者は、現実を
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ミャンマー東部を拠点とする民主派の武装組織は、子どもや女性を含む市民35人が軍に殺害されたと非難する声明を発表しました。 一方の軍は、武装組織との戦闘があったなどと異なる説明をしています。 ミャンマー東部のカヤー州では、クーデターで実権を握った軍に抵抗する民主派の市民の一部が武器を取り、地元の少数民族の武装勢力の支援を受けながら軍との激しい戦闘を続けています。 民主派の武装組織は、組織とは関係のない、子どもや女性を含む市民35人がカヤー州のモソ村の近くで死亡しているのが見つかったとする声明を出しました。 武装組織は、死亡した35人は24日に戦火を逃れて避難する途中に軍に殺害され、車とともに焼かれたとして「人道に対する罪だ」などと強く非難しています。 一方、軍は国営メディアを通じて、モソ村の近くで車に乗った武装組織のメンバーが停止を求める兵士に銃撃を加えてきたことから戦闘になったなどと、異な
ミャンマーの地元メディアはクーデターを起こした軍に拘束され複数の罪に問われているアウン・サン・スー・チー氏が17日、首都ネピドーで開かれた裁判に囚人服を着て出廷したと伝えました。 スー・チー氏の権威をおとしめようとする軍のねらいがあるものとみられます。 ミャンマーの有力メディア「イラワディ」が裁判の関係者の話として伝えたところによりますと、スー・チー氏は17日、首都ネピドーで開かれた汚職の罪に関する裁判に白いシャツと茶色の巻きスカートという現地では囚人服とされる姿で出廷しました。 服は刑務当局が準備したものだということです。 ただスー・チー氏は落ち着いてきぜんとした態度で裁判に臨んでいたとしています。 スー・チー氏は12月6日社会不安を引き起こした罪などで禁錮4年の判決を受け、その後軍が設置した最高意思決定機関「国家統治評議会」の議長名で刑期を半分に減らされるとともに刑務所には移送されず現
ミャンマーでクーデターを実行した軍に拘束されている、アウン・サン・スー・チー氏は6日、社会不安を引き起こしたとする罪などで禁錮4年の有罪判決を受けました。複数の罪に問われているスー・チー氏の裁判で判断が示されたのはこれが初めてで、今後も厳しい判決が続くことが予想されます。 スー・チー氏は、軍がクーデターを実行したことし2月1日に拘束されたあと、これまでに少なくとも12件の罪で訴追され、首都のネピドーに特別に設けられた法廷で審理が続いています。 裁判の関係者によりますと、このうち、 ▽クーデターの発生から6日後と12日後にスー・チー氏の率いる政党が出した声明を通じて社会不安を引き起こしたとする罪と、 ▽去年行われた総選挙の運動期間中の集会で新型コロナ対策の規定に違反したとする罪について、 6日、合わせて禁錮4年の有罪判決が言い渡されました。 スー・チー氏の罪を問う一連の裁判で判決が出たのはこ
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