ドロシア・ラングは、彼女の人生の後半を、英国人哲学者フランシス・ベーコンの格言を視界の端にちらちらと意識しながら送ってきた。その格言とはこうだ。「間違いや錯覚、置き換えや偽装なしに物事をありのままに捉え、その意味を深く考えること、そのこと自体が、発明で得られる成果以上に高尚なことなのだ」。彼女は1933年にこの言葉が印刷された紙を暗室の扉にピンで留めた。その紙は1965年に彼女が70歳で死去するまでそこに貼られたままだった。彼女が亡くなったのは、ニューヨーク近代美術館(MoMA)で彼女の最初の回顧展が開催される3カ月前。さらにその死は、写真という媒体の歴史上、最も象徴的な一枚を彼女が撮影した日から数えて、30年後だった。 ラングが1936年に撮影した写真《Migrant Mother(出稼ぎ労働者の母)》は、フローレンス・オーウェンズ・トンプソンという人物のポートレートだ。この被写体の素性