国際政治学者・三浦瑠麗氏の「スリーパーセル」発言で、工作員やスパイの存在や活動に注目が集まっている。いい機会なので、今回は戦中の「防諜」キャンペーンを振り返ってみたい。 防諜は「敵の諜報活動を防ぐ」という意味だが、当時のそれは「スパイに警戒せよ」や「秘密を漏らすな」にはじまり、次第により広い内容を指し示すようになった。 結論からいえば、戦中の防諜は、最終的に「真の日本人ならば不平不満をいわないはずだ。それともお前はスパイか?」と脅しつけ、国民に無限の服従を求めるマジックワードとなりはてたのである。 防諜キャンペーンは穏やかにはじまった なぜ、防諜はそんなことばに変化してしまったのだろうか。 歴史は、1937年7月の日中戦争の勃発にさかのぼる。これを受けて、翌月「軍機保護法」が全面改正され(10月施行)、防諜が盛んに唱えられるようになった。 それまでの防諜は、おもに官憲が行うものだった。だが
トランプ新大統領が就任して、2週間弱が経過した。 この10日間ほどのうちに、これまでの米国の常識からは考えられなかった大統領令が矢継ぎ早に発令され、そのうちのいくつかは、米国のみならず世界中に混乱を引き起こしている。 その大統領令のひとつに異議を唱えた政権首脳の一人が、いきなり更迭された。 中東・アフリカ7カ国からの渡航を制限するトランプ氏の大統領令について、従う必要はないとの考えを司法省に伝えていたサリー・イェーツ司法長官代理が解任されたのだ。 報道によれば、イェーツ氏は、オバマ前政権下で司法副長官を務め、トランプ政権になっても政権側の意向で長官代行を務めていた。彼女は、1月30日に今回の大統領令が合法であるとの確信が持てないとし、司法省は擁護しないとの見解を明らかにした。で、自身の見解を明らかにしたその1時間後に解任された。 なんと電撃的な人事であろうか。 まるでテレビ用演劇プロレスの
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