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新宿ロフトプラスワンにて、秋葉原通り魔事件についてのパネルディスカッションがあるというので、事件の現場に居合わせた者として、先月に同じロフトの阿佐ヶ谷でやはり行われたトークライブにも行きましたし、今回も何とか時間をやりくりして行ってみました。 今回のイベントの主旨と参加者は、ロフトのサイトから書き写すとこんな感じです。「秋葉原通り魔事件──絶望する社会に希望はあるか」 秋葉原通り魔事件は単なる半狂人による特殊な犯行ではない。宮崎勤幼女殺人事件、オウム事件、酒鬼薔薇事件と続くこの20年の社会の闇の部分──若者達の不満や怒りを見据えないと、事件の真相は見えてこない。『現実でも一人。ネットでも一人』という絶望的な状況で人は脱社会化するしかないのか? 【出演】宮台真司(社会学者)、東浩紀(哲学者/批評家)、切通理作(評論家)、雨宮処凛(作家)、月乃光司(こわれ者の祭典)、タダフジカ(ギタリスト)、
現在日本社会を格差社会と位置付ける学者たちがいる。格差社会は、二極化社会とも呼ばれたりする。(正社員/派遣社員)、(勝ち組/負け組)という二極化された区別コードによって創発された社会観である。 しかし、別の区別で観察すると、格差社会論は無意味化する。例えば、(日本/外国)という区別で観察すると、日本よりも格差が大きい社会はいくらでもあり、日本は格差社会とは言えなくなる。また、前近代の身分制社会と比較すると、現代のほうが格差がない社会である。では、格差社会は、どの社会との区別によって格差社会足りうるのだろうか?おそらく、高度経済成長期の一億総中流社会と呼ばれていたころの日本社会との区別において格差社会と呼ばれるにすぎない。格差社会論も絶対的なものでなく、観察地点によって異なる相対的な社会観なのである。格差社会論は、一つの社会解釈の枠組=社会観であり、社会的事実そのものではない。自己の観察点に
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