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社会と思想に関するcubed-lのブックマーク (7)

  • これはいいバカリベのサンプルですね - hokusyu’s blog

    http://d.hatena.ne.jp/fromdusktildawn/20080803/p1 1「例外状態」の「常態化」 これまでの歴史的経緯や、世界的なトレンドを考えると、 経営を理解してない労働者は、 どんどん居場所がなくなり、年収も下がって いくと思います。 逆に、経営*1を理解している労働者は、ますます活躍の場が広がるし、 たとえ運悪く挫折しても、何度でも復活するチャンスが得やすくなっていくと思います。 そして、後述するように、これは全世界的なトレンドであって、 この流れを一時的に阻害するぐらいはできても、 歴史の歯車を逆転させるようなことは、もはやできないと思います。 彼が「歴史的経緯」という言葉を使っているのが面白い。 2篤い信仰心 企業は、経済的な富を生み出すことを目的とした唯一の社会的機関です。 経済的な富を生み出すことこそが、企業の社会的使命です。 一の草しか生え

    これはいいバカリベのサンプルですね - hokusyu’s blog
  • VIPOIR : ダウン症は死ねばいいと思うよ

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    cubed-l
    cubed-l 2006/07/09
    線の引き方次第で自分も排除されかねない思想だね
  • 日本的なるものとしての「嫌オウム流」 - umeten's blog

    finalventの日記より重要なポイントなので引用 finalvent 『marcel_proustさん、ども。とりあえず、先日ちと書いたのと、この先をどう言うかはとても難しいですね。ちょっとだけいうと、オウムの残党的組織を言論・思想によって解体できない市民社会側の思想が弱すぎるのだろうと思うのですよ。 いわゆる仏教とかフェミニズムとかの言説が思想として死んでいるということでもあるし、その死の意味それ自体が彼ら*1と我々の軋轢であって、佐々木さんがいうような前提たる異者とのコミュニケーション・ギャップではないんですよ。 異者と我々の問題が佐々木さんはよく考え詰められていませんというか、彼のポジションが安全すぎて痛みがない。』 (2006/05/23 13:49) 民族問題ですら、もはや単純ではありえないのに、 単純な民族問題であるかのように「嫌オウム流」を煽るしか能のない日仏教・マスコ

    日本的なるものとしての「嫌オウム流」 - umeten's blog
  • 「で、みちアキはどうするの?」 - なぜころフォロー

    例の記事についての反応は、「個人vs共同体」という対立軸で語れるらしい、ということがわかった。おー、なんだかそれは哲学の再発見? いや、すごく頭のいいひとたちが一生やり続けたようなことなんだから、そういうことを延々考えるのも楽しい作業なのに決まってるよ、と思う。 で、もちろんぼくは、個人寄り。というか、極セカイ系。ぼくの目指すところはきっとこんな。 「全ての人が独我論者である」ということへの気づき 一人一宗教 上記について、それぞれが勝手にやる なぜ「気づき」なのかというと、だって「すでにそうである」から、あとは気づくだけでよいと思うので。「一人一宗教」は、まぁ一人複数宗教でもいいんだけど、要するに、誰かに寄りかからず、誰かの仲介を入れず、やるなら直でやれ、ってあたり。「勝手にやる」は、「みんながそうあらねばならぬ」じゃ結局共同体だから。 で、かなり共同体寄りのひとの反応です。 http:

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  • 絶叫機械+絶望中止 - 2006年02月27日

    要約:映画は娯楽であるべきだ。しかし、政治的テーマを扱った映画の場合は、そのテーマを含めた思想そのものが娯楽の対象である。よって、含まれる「政治的テーマ」もしくは「思想的テーマ」を楽しめないならば、それは映画を楽しんだことにはならない。映画を楽しむためには、政治的偏向を捨て去るべきである。 先日のエントリで話題にした『ホテル・ルワンダ』を見ても差別がやめられない方が、またもや考えるための材料を提供してくださった。 私自身は、映画鑑賞後に、町山氏の書いたパンフレットの文章を読んだことで「ホテル・ルワンダ」という素晴らしい作品の印象が、多少なりとも損なわれてしまいました。他の人はどうだか知りませんが、私はそうだった、というだけの話です。 (中略) それでも「ホテル・ルワンダ」という映画は、良い作品だったと思っています。 私は映画はエンタテイメントでしかない、と思っています。料金を支払い、支払っ

    絶叫機械+絶望中止 - 2006年02月27日
  • 「ふつうの人」と「2.0な人」の違い | 九十九式

    先日、はてなブックマークはおかしい!という意見がありました。はてなブックマークユーザーの行動は、ソーシャルブックマークの利用者として適切ではない、という論旨です。ここでははてなブックマークの是非自体については触れないんですが、その言及周りで『趣味WEB』徳保さんが 「自分」からみて「つまらない」ものが人気上位に登場すると、即座に「このランキングはおかしい」と断定する人が出てくる。そして「ランキングをおかしくしているのは**だ!」みたいな犯人探しが始まる。ReadMe! でも何でもそうなんですけど。(はてなブックマークはここがすばらしい!) と仰っています。この辺にちょっと反応するんですが、これって以外とふつうの反応なんですよね。例えばテレビで嫌いな芸能人が出てきた時だって、「何であんなやつに人気があるのかわからん!」と怒る人はよくいます。徳保さんのように達観できる人は、実はそれほど多くない

    cubed-l
    cubed-l 2005/12/31
    この文脈でWeb2.0を出す必然性は感じないな。意見そのものは理解できる
  • 専門家は個人の責任で情報発信するな - void GraphicWizardsLair( void ); //

    cubed-l
    cubed-l 2005/11/21
    spam避けという観点
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