担当している講義科目「技術史」について、毎週その準備状況を呟いていましたが、一学期の半分も過ぎ、このまま闇に葬るのは勿体ないのでまとめました。こんな形で大学教員が自分の講義をまとめて公開するのも面白いのではないかと思い、とりあえずやってみました。
担当している講義科目「技術史」について、毎週その準備状況を呟いていましたが、一学期の半分も過ぎ、このまま闇に葬るのは勿体ないのでまとめました。こんな形で大学教員が自分の講義をまとめて公開するのも面白いのではないかと思い、とりあえずやってみました。
猪瀬都知事の発言が原因で、オリンピックの東京招致に影が差している。 「イスラム国はけんかばかり」という侮蔑的表現が取り上げられることが多いようだが、その発言を弁解するときに「雑談のつもりだった」と言った、「イスラム圏初ってそんな意味あるのかなあ」という発言のほうが、筆者は気になる。なぜなら半世紀前に東京でオリンピックが行われたときの、最大のウリが「アジア初のオリンピック」だったからだ。 そこで思い出したのが、1964年の東京オリンピックの際のゴタゴタである。 問題が起きたのは、オリンピック開催まであと2年強となった1962年8月、インドネシアで開催されていたアジア競技大会でのこと。この大会に、イスラエルと台湾の参加がインドネシアによって拒否されたのである。インドネシアは、インドのネルー首相やエジプトのナセル大統領と並んで、1955年以降アジア、アフリカ諸国を席巻していた非同盟諸国運動の中核
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