「フォロー外から失礼する技術」こそ現代人が会得すべきものである。 その一言で世界を変えるために。 SNS時代に求められる能力 一億総SNS時代と呼ばれる現代、日本では数あるSNSの中でもTwitterが人気である。しかしその使い方は人それぞれだ。見知らぬ人と積極的に繋がる人もいれば、リアルの知り合いとしか関わろうとしない人もいる。そんな混沌とした環境の中で生まれたのが「フォロー外から失礼」という概念だ。 繋がりが無い相手にリプライを飛ばすことの何が失礼になるのかよくわからないが、8年以上も使われている*1ことから完全にマナーとして定着してしまったと言っていいだろう。そのためか、フォロー外から失礼することをためらう人は多い。だが、適切に行うことができれば、それは大きな力となる。 先月話題になった「映画『Hidden Figures』の邦題問題」を覚えているだろうか。 なぜマーキュリー計画の映
安倍首相・内閣の言動がはちゃめちゃだとするなら、「どんな風にはちゃめちゃなのか」というより「どうしてはちゃめちゃが成立するのか」の方に興味があるし、「首相は愚かだ」と嘆くよりは「愚かな事態をシステムはどのように許したのか」を知りたい。 今の時点でどう見えているか記録を残しておけば、10年後くらいに読み返して面白いかもしれないと思って。 はちゃめちゃが成立する構造 はちゃめちゃが安定して存在するには、「はちゃめちゃを許容する構造」と「はちゃめちゃを用意する構造」の両方が必要になる。 おふとん(=眠気を許容する構造)と眠い人(=眠気を用意する構造)の両方がそろって安定した睡眠が成立するみたいな感じ。おふとんだけあっても全く眠くなければ睡眠は発生しないし、眠い人がいてもおふとんが無ければぐっすり眠れず目が覚めてしまう。 それから眠くなかったのにおふとんに入ったら眠くなってしまうといった、「許容す
新しい流行りモノが出てくると、必ず否定する人が出てくるのは世の常。そんなことがあるたびに思い出すのが、ビートルズの来日公演で武道館を使うことになったとき、彼らを「西洋乞食」呼ばわりした小汀利得氏のこと。いまや武道館はミュージシャンの聖地ではないか。 今年はビートルズ来日50周年。
東京空襲のあった当時6歳だったご老人とお話したんだけれど 「あの時は小さかったから日本が何と戦ってるか理解できてなかった。皆敵が来た、敵が来たとしか言わなかったし、山の向こうは真っ赤に燃えてるから、とてつもなく恐ろしい怪物なのだと。まさか人間と戦ってたとは」 て部分が一番印象深い
最近、自由映画人連盟の人たちが映画界の戦争責任者を指摘し、その追放を主張しており、主唱者の中には私の名前もまじつているということを聞いた。それがいつどのような形で発表されたのか、くわしいことはまだ聞いていないが、それを見た人たちが私のところに来て、あれはほんとうに君の意見かときくようになつた。 そこでこの機会に、この問題に対する私のほんとうの意見を述べて立場を明らかにしておきたいと思うのであるが、実のところ、私にとつて、近ごろこの問題ほどわかりにくい問題はない。考えれば考えるほどわからなくなる。そこで、わからないというのはどうわからないのか、それを述べて意見のかわりにしたいと思う。 さて、多くの人が、今度の戦争でだまされていたという。みながみな口を揃えてだまされていたという。私の知つている範囲ではおれがだましたのだといつた人間はまだ一人もいない。ここらあたりから、もうぼつぼつわからなくなつ
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