ウクライナはロシアにとっては、いわば元カノ。その元カノにいつまでも自分のところに戻ってきてほしいと未練タラタラ。一方ウクライナはロシアのDVに嫌気がさして、EUという今カレを見つけました。プーチンとしては、元カノを一番よく知っているのは自分だし、元カノが本当に好きなのは自分のはずだから、EU諸国には俺の元カノに手を出すなと怒っているわけです。
4月テーゼが当時どういう意味を持っていたのかは、その直前に起こった 4月危機を理解していないと見えてきません。当時のロシア一般国民の 世論は、とにかく戦争を終わらせること、平和を望んでいました。ところが 臨時政府の外務大臣ミリュコーフは、こうした世論を配慮せずに、ミリュ コーフ覚書によって、同盟している連合国側にロシアが戦争を継続する ことを約束してしまいます。この覚書の内容が一般に明らかになったことで、 ペトログラードの労働者、兵士たちは臨時政府に対してデモを行い、ミリュ コーフとグチコフ陸海軍大臣は辞任を余儀なくされます。レーニンの4月 テーゼは、こうした厭戦気分と臨時政府への反発が最高潮に達したタイ ミングを狙って発表されました。 4月テーゼとは ・2月革命で成立した臨時政府は資本家の政府であり、これを支持しない。 ・帝国主義戦争である第一次世界大戦には絶対反対であり、「革命的 祖国
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