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生物に関するcastleのブックマーク (285)

  • 「敗者のがっかり」見て喜ぶ脳 : 医療ニュース : yomiDr./ヨミドクター(読売新聞)

    castle
    castle 2010/09/05
    「「敗者」の悔しい表情を見た「勝者」の脳の反応」「脳の前頭葉で通常より強い電気信号が現れ、自己愛の強い人ほど反応が大きかったという」「勝者が敗者の悔しい表情を見て喜ぶ感情は「反共感」と呼ばれている」
  • 痛み - Wikipedia

    この項目では、主に哲学・倫理学等で扱われる痛み・苦痛の感覚・感情について説明しています。 痛覚神経反応(医学的な観点)については「疼痛」をご覧ください。 「腐敗」を意味する同音異義語「傷み(いたみ)」については「腐敗」をご覧ください。 この記事には参考文献や外部リンクの一覧が含まれていますが、脚注によって参照されておらず、情報源が不明瞭です。脚注を導入して、記事の信頼性向上にご協力ください。(2023年8月) 記事では神学、哲学、文学等々で扱われている痛みあるいは苦痛 (いずれも pain)を扱う。 痛みについては、(医師などばかりでなく)哲学者や神学者などもしばしば論じてきた。近年では、人間の経験(や現象)というものが持つ基的な性質に関して哲学的な議論を行うときや、クオリアについて論じる時などに、しばしば言及されている。 痛みの歴史的概観[編集] 18世紀と19世紀において、ジェレミ

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    castle 2010/08/30
    「痛み・苦痛と快さ・快楽を客観的な現象とみなし、功利主義を定義(ベンサム)」「痛み・苦痛はそれ自体で倫理性を持ち、痛みの追求と強要は有用であるし快い(サド)」「内的世界と外的世界の決定的な違い」
  • 水深200メートルで捕獲した謎の深海生物

    日出漁しました。若干潮がゆれてましたが、依然速い状況で 一ぶりだけしか漁ができず、途中で操業を止めて帰港。 午前9時半過ぎには宮古港に帰ってきました。 水深200メートルで捕獲した謎の深海生物。 かご中に入ってきました。網に付着してたわけでもなく かご中の餌をべに入ったようです。 捕獲した時には、ヒダのような長いので歩いて移動しているのか? と思われました。 かなり珍しい深海生物。長いのがビンビンに固かったです。 そんなに柔らかくもなく固くて、くっ付くような感じじゃなかったです。 海水中したの板を歩いていました。 それにしても、すげーーー似ています。 親父は、ず〇ず。ず〇ずって笑ってました。 イケナイ物を連想してしまうなんて・・・・・・・ 触っても小さくなって、ツヅポマッテ中に入っていくわけでもなくそのまま。 ビンビンに固くてと、陸には木の形をした 〇んず が神社などに 祭られていて

    水深200メートルで捕獲した謎の深海生物
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    castle 2010/08/27
    「触っても小さくなって、ツヅポマッテ中に入っていくわけでもなくそのまま」「手をたたいて拝んで放流しました」
  • 松岡正剛の千夜千冊『サイバネティックス第二版』ノーバート・ウィーナー

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    castle 2010/08/14
    「社会を知るには「通信と通信装置の本質を複合的に見る」ということ」「人間の神経系と社会の管理システムをふくむもっと広いシステム観を提供していた」「フィードバック系の科学/システムを作動させる科学」
  • レクサス最上級車を見舞った「直進に戻らない」不具合 | JBpress (ジェイビープレス)

    前回は、トヨタ自動車の「バルブスプリング」に関するリコールが、一般に報道されている以上に重大な内容であり、トヨタの病状の改善はやはり難しく、むしろ深刻さを増していることを示すものであることをお伝えした(トヨタの「バルブスプリング」に何が起きたのか)。 もう1件、JBpressで「トヨタ再建への処方箋」を緊急連載している間に、「レクサスLS」の一部車種に関してリコールが出された。 「比較的低速で走りつつ、ステアリングホイール(ハンドル)をいっぱいまで回してガツンと当たるところまで切り込み、そこから一気に戻すと、ステアリングホイールを中立位置からずれた位置で保持しないと直進にならない」というものだ。 これについても一般のメディアは、その内容を把握した記事を送り出していない(いつものことだが)。私も「トヨタ再建への処方箋」の中でごく簡単に触れただけなので、ここで簡単に整理しておこう。 舵の反応を

    レクサス最上級車を見舞った「直進に戻らない」不具合 | JBpress (ジェイビープレス)
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    castle 2010/07/31
    「人間が自分の身体の延長としてクルマを操る中でこういう一定でない反応が繰り返されると、本来人間が持つ自然なリズムで感覚と身体の動作を結びつけ脳と筋肉に刷り込む事が難しくなる。結果、運転操作が雑になる」
  • 『借りぐらしのアリエッティ』を観てきました - 内田樹の研究室

    ジブリの『借りぐらしのアリエッティ』を観てきた。 ジブリの新作だけは、映画館で見ることにしている。 『BRUTUS』の宮崎駿特集にも書いたけれど、宮崎駿の映画的達成については語るべきことが多い。 それはたぶん宮崎駿という人が、あまり「テーマ」とか「メッセージ」とかいうことを深く考えず、「描いて気持ちがいい絵」、「観て気持ちがいい動き」に集中しているからだろうと思う。 身体的な「気持ちのよさ」をもたらす要素は多様であり、私たちはそれを完全にリストアップすることはできない(半分もできない)。 でも、ひとつは確実にわかっている。 それは「ヒューマンスケールからの逸脱」である。 日常的な生活身体を以てしては決して経験することのできない「速度」や「高度」や「風景」や「体感」に同調することである。 凡庸な作家は、日常的には禁圧されている暴力とエロスを描けば「気持ちが良くなる」と思っている。 けれども、

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    castle 2010/07/26
    「観て気持ちがいい動き」「ヒューマンスケールからの逸脱」「『借りぐらしのアリエッティ』も、非日常的な仕方で身体を使う主人公に同調することで映画的快感を経験するというスキームそのものは変わらない」
  • インフルエンザと結核の昔話: 極東ブログ

    インフルエンザは宇宙からの影響力? インフルエンザにもう少しこだわる。インフルエンザ(Influenza)という言葉は、18世紀にイタリア語から英語に入ってきた外来語だが、意味は英語の"influence"(影響)と同じ。現代人からすると、インフルエンザはウイルスの影響と考えたいところだが、当時はなぜか宇宙にある天体の影響と考えられていた。 インフルエンザ(Influenza)という言葉が英語に入ったのは1743年のこと。全欧を覆った流行性感冒が"influenza di catarro(咽喉・鼻粘膜炎症のインフルエンザ)"と呼ばれた。人間の病気が、天体によって起こるという考え方は現代からすると奇妙だが、当時は広く受け入れられていたようだ。 典型例には、1493年にスイスのアインジーデルンで生まれたパラケルスス(Paracelsus)の医学論がある。彼は各種の病気は、天体がもたらす毒が原因

    castle
    castle 2010/07/26
    「(結核死亡率激減の理由は)栄養の改善」「代国家が人々を労働者として国民として徴集(ゲシュテル)した時、自然(ピュシス)の力である結核も徴集され~近代医学と細菌学の進展は、実はその徴集の随伴的な事象」
  • 言語ゲームとは 一般の人気・最新記事を集めました - はてな

    ウィトゲンシュタインの概念。 「アウグスティヌス」的な在来の言語観を批判して提出された、あらかじめ設定されたルールを前提にするわけではないが、実際の会話の中で更新され生成されるルールセットからなるものとして、ゲームの類比でとらえられた言語観。言語の記号的、表象代理的側面ではなく、機能的側面をより基的なものと見る。 「すなわち、年長者たちが或るものの名を呼び、その音声に従って、身体を或るものの方へ動かしたとき、私は、そのものを私に示そうと思う際には、彼らはその発する音声によってそのものを呼ぶということを見て、覚えた。彼らがそのものを私に示そうとすることは、いわば万民共通の自然の言語によって明らかであった。そしてこの言語は、顔つき、目つき、その他四肢の動き、音声の響きからできていて、もの求め、手に入れ、斥け避けようとする心の動きを示すものである。このように、いろいろな言葉がさまざまな文句のう

    言語ゲームとは 一般の人気・最新記事を集めました - はてな
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    castle 2010/07/01
    「言語に含まれている語の一つ一つが何らかの対象を名指しており、文章はそのような名称の結合である~どの語も一つの意味を持つ、この意味と語との間に対応の関係がある、意味とは語が代表する対象のことである」
  • はてなブログ | 無料ブログを作成しよう

    オマーン旅行 2024 2024年のゴールデンウィーク前半はオマーンの首都マスカットに旅行に行ってきたのでその旅の記録を書く。 GWにが子どもを実家に連れて帰るとのことで、5日間の自由時間が手に入ったので、ここぞとばかりに海外旅行行きを決めた。 なぜオマーン 5日しかなく、複数国を…

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    castle 2010/07/01
    「醜く見えるとは、その対象を敵対者と感じているということ」「美しさとは、味方であるものから感じ取られる」「美醜も敵・味方という境界線の力学からもたらされる従属要素と割り切ると世の中が明瞭に見えてくる」
  • 動作が意識に先行する - レジデント初期研修用資料

    「動作には文脈があって、身体というものは、頭から、あるいは環境から入力された動作文脈に対して予測された次の動作を返す、 一種の推測変換エンジンである」と仮定する。 生まれたばかりの生き物は、恐らくは空っぽのデータベースしか持っていない。人間の子供は、だから手足をばたばたと動かして、 試行錯誤の結果として、はいはいとか、歩行といった動作を獲得していく。この獲得は、動作の拡張というよりも、むしろ 無駄な動作をそぎ落とすことによって行われる 様々な動作には、それに意味があったのかどうか、意識による重み付けが行われる。どこかにたぶん、状況ごとに推測されるべき、 「次の動作」のデータベースみたいなものがあって、意志だとか、外界からの環境刺激がそこに入力されると、 身体は、それまでの動作文脈から推測された、次に来るべき動作を返す。「推測」という工程を入れることで、動作が先、 意識はそれを追認するという

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    castle 2010/06/20
    「動作には文脈があって、身体というものは、頭から、或いは環境から入力された動作文脈に対して予測された次の動作を返す、推測変換エンジン」「動作の結果は、今度は意識によってそのふさわしさが後付で評価され」
  • サムスン電子のエース部署が日本では「左遷」部署?  日本メーカーを抜き去った「メモリー王国」の秘密 | JBpress (ジェイビープレス)

    経済新聞の記事(2010年5月15日付)によれば、台湾TSMCのモリス・チャンCEOは、「20年後に生き残っている垂直統合型半導体企業(IDM:Integrated Device Manufacturer)は米インテルと韓国サムスン電子だけ」と予測した。 筆者は、モリス・チャンの予測に安易にうなずきたくない。しかし、DRAMで日半導体を抜き去ったサムスン電子の背中が、現在においても年々遠ざかっていることは疑いようもない事実である。なぜ、サムスン電子はここまで強大になったのか? サムスン電子が「メモリー王国」となった競争力の質は サムスン電子の競争力の源泉には、李健熙(イ・ゴンヒ)会長の強力な経営手腕がある。1987年にサムスン・グループの会長に就任した李氏は、「と子供以外はすべて変えろ」をスローガンに新経営方針を提唱した(『サムスン高速成長の軌跡──李健煕10年改革』 キム・ソン

    サムスン電子のエース部署が日本では「左遷」部署?  日本メーカーを抜き去った「メモリー王国」の秘密 | JBpress (ジェイビープレス)
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    castle 2010/06/17
    「生き残るのは、種の中で、最も強い者ではない。最も知力の優れた者でもない。生き残るのは、最も『変化』に適応する者である(種→企業)」「マーケティングの本質とは、変化を捉える事であり、自身が変化する事」
  • 合理的個人という物語 - 『人間らしさとはなにか?』

    ★★★★★(評者)池田信夫 人間らしさとはなにか?―人間のユニークさを明かす科学の最前線 著者:マイケル・S. ガザニガ 販売元:インターシフト 発売日:2010-02 クチコミを見る 著者は脳神経科学の第一人者であり、特に分離脳の研究者として知られる。彼の行なった次の有名な実験は、脳科学の入門書によく出てくる: 分離脳の患者の視野をまん中で仕切って右と左が別々に見えるようにし、右目(左脳)にはニワトリの足先を見せ、左目(右脳)には雪景色を見せた。そのあと患者に見えたものと関係のある絵を選ぶようにいうと、右手(左脳)でニワトリ、左手(右脳)でシャベルを選んだ。そこで患者に「なぜニワトリを見てシャベルを選んだのか?」と質問すると、「ああ単純なことです。ニワトリ小屋を掃除するにはシャベルが必要だから」と答えた。(書p.415) この患者の言語中枢は左脳にあるので、右脳(左目)が雪景色を見たこ

    合理的個人という物語 - 『人間らしさとはなにか?』
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    castle 2010/06/13
    「合理性とは進化から作り出された物語であり、辻褄が合うというだけなら宗教も科学も同じく合理的。近代社会では工学的に応用可能な実証科学の合理性が特権的な地位をもったが脳科学は素朴な合理主義を否定してる」
  • http://twitter.com/raf00/status/10119283574

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    castle 2010/05/31
    「ぼくらどうも、お金だけじゃなくて気持ちまで節約して生きようとしてる」
  • Ni/ぐれぷに on Twitter: "実際には自由なんか存在しなくて、あるのは必要な拘束と不要な拘束なだけであって。ついったーでは自分には不要だけど環境上必要な拘束がとても少なくて。それで、うっかり自由すぎてしまう。必要な拘束はきちんと自分で管理しなきゃいけない"

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    castle 2010/05/31
    「実際には自由なんか存在しなくて、あるのは必要な拘束と不要な拘束。twitterは自分には不要だけど環境上必要な拘束が少なくて。それでうっかり自由すぎてしまう。必要な拘束はきちんと自分で管理しなきゃいけない」
  • Be Here Now 赤松口蹄疫 自民党の要望やってます(キリッ

    castle
    castle 2010/05/29
    「へー自民党が出した要望書の内容をすべてやってるんですか。~あれ?やっと対策チームができたみたいですよ?」「政府は17日夕、首相官邸で、鳩山由紀夫首相を本部長とする「口蹄疫対策本部」の初会合を開いた」
  • 「自民党が要望した口蹄疫対策は既に実施済み。」 5月6日山田正彦農林水産副大臣会見より&ネットでの批判について - sincerely my thought

    谷垣総裁が民主党の口蹄疫対策を批判し、ネットで一部騒ぎになっておりますが、その中には真偽が定かでないものや、デマと思われる情報も飛び交っています。そんな中、5月6日に山田正彦農林水産副大臣が会見を開きました。以下、口蹄疫に関する発言を引用します。 記者 口蹄疫なのですけれども、殺処分の頭数が3万頭、牛と豚を併せて、超えて、かなり、地域は限定されているのですが、頭数の方がかなり増えてきておりまして、追加的な、何か処置をとられることをお考えになっているかということとですね、あと自民党が要望を出しておりますけれども、これについての受け止め、2点、まずお願いします。 副大臣 今、それこそ、かなり徹底して防疫対策をとっておりますので、今のところ、この最初の川南町の20キロ(メートル)と、えびの(市)の20キロ(メートル)、この範囲内にとどまっていますので、この範囲内で、さらに徹底して、消毒を面でやっ

    「自民党が要望した口蹄疫対策は既に実施済み。」 5月6日山田正彦農林水産副大臣会見より&ネットでの批判について - sincerely my thought
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    castle 2010/05/29
    「副大臣:特に、豚肉あたりが大変だと言われておりますけれども、豚肉については、調整保管、かなりの部分、今までやってきておりますし、肉の供給については、全く、心配いらないと思っております」
  • 3ToheiLog: 文化としての覗き見と、ヒステリー経済

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    castle 2010/04/18
    「メタ晒し文化から逃亡して、全てを隠蔽してくれるディズニーランド共同体(疑似宗教とか北朝鮮的なものとか)も、たくさん構築されるようになるんだろうなあ」「次の時代のビジネスは、多分 《宗教》 ですよ!」
  • 松岡正剛の千夜千冊 : 夢野久作 『ドグラ・マグラ』

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    castle 2010/04/03
    「正木の主張は一言でいえば「脳は何も考えてはいない」という恐るべきもので、むしろ何かを考えているのは細胞のレベルだというものになっている。脳は電話交換所にすぎない、むしろ人体は各部分で考えている」
  • 雑感 - finalventの日記

    愛というのは、よくわからんものだと思う。 よく、議論をするとき、定義を明確にしろ、おまえはどういう定義で言っているのかと詰問する人がいるが、学問ではなく、人間が考える大切なことは生活経験の直感に支えられているのであって、定義はできない。愛を定義してから、愛を議論するというのはただの愚か者だろう。 愛について、エロスとアガペーといった、いわゆるターミノロジー的な話もあるが、きわめて率直に言えば、戯れ言だろう。 人は、愛を暗黙的に知っている。それが起点になる。では、どのように知るかというと、単純に魅惑・魅了の意識だろう。これが自我の臨界を暗示するので、いろいろとやっかいなことになるし、それもまた暗黙の所与だろう。人は、うっすらと、愛のなかで死ねると理解しているし、愛のなかでしか死ねないと知っている。 愛が難しいのは、それがどうも必然的に失敗するような、なにか存在論的な仕組みを持っていることだ。

    雑感 - finalventの日記
    castle
    castle 2010/04/03
    「(愛は)どうも必然的に失敗するような、なにか存在論的な仕組みを持っている」「この問題の解法は、当為としての愛の側にある。この糞な世界をあなたの意志で愛しなさいというところにしかどうも解はないようだ」
  • 雑感 - finalventの日記

    たぶん真理は宗教の中にはない 倫理的な意味ではあるかもしれないが。 以前というかもう随分昔になるが、大森荘蔵のエッセイを読んでいて仏教への批判というか、ごく普通に仏教の考え方を疑問視しているのがあって、ああ、仏教が必ずしも真理ではないのだろうなと思ったことがある。いやそれだけいうと稚拙だが、こういうスキームではいつも仏教とはなんぞや、仏教における真理とはという問いかけに転換する(おまえの仏教理解は全然違う正しい仏教はなんたら議論)が、それはそもそも間違いだろうなという含みである。哲学は、数学なんかと同じで、実は、けっこう真偽が問えるものも多く、意外と宗教的な真理も包括して偽を下せるのではないかと思った。私は宗教には別段真理などないんじゃないかと思っている。 まあ、いわゆる仏教、とするしかないが、縁起説と無我説がある。前者は時間と因果と意識をどう含めるかで実際には多様な議論があるが、無我説が

    雑感 - finalventの日記
    castle
    castle 2010/04/03
    「人間の苦が存在と運動と記憶の錯誤から生まれると道元は説く。~無我の体験性に依存して、哲学ではなく宗教に変わる」「記憶が生成される過程を無と観じる」「悟りが記憶になることは仏教がもっとも戒めるところ」