泉州 望郷のワタリガニ 冬の満月はオレンジ色を帯びていた。まもなく夜が明ける。 漆黒の海を、裸電球をぶら下げた漁船が一隻、また一隻と泉州の沖へ走り出す。うなるエンジン、頰をさす風。高速道路の照明が船上から遠くに見えた。 運がよければ出会えるかもしれない。幼いころ、よく食べたあのカニに。 大阪府岸和田市の港から沖合5キロの漁場についた。音揃政啓(おんぞろまさひろ)さん(53)ら3人の漁師が水深19メートルの海底へ網を下ろし、船を進める。かぎ爪状の鉄の漁具で底を掘り起こし、砂や泥土に隠れている魚を網に入れていく。 30分で引き揚げだ。膨らんだ網が海面から姿を現すと、カモメたちが追いかけてきた。 船尾のテーブルに網を広げた。シタビラメ、蝦蛄(しゃこ)が跳びはねる。漁師たちの声が飛んだ。 「カニはどうだ?」 魚介の山をかきわける。深緑色のトゲがピクリと動いた。 「ガザミ、入ったぞ」 探していたワタ