来年も作りたい!ふきのとう料理を満喫した 2024年春の記録 春は自炊が楽しい季節 1年の中で最も自炊が楽しい季節は春だと思う。スーパーの棚にやわらかな色合いの野菜が並ぶと自然とこころが弾む。 中でもときめくのは山菜だ。早いと2月下旬ごろから並び始めるそれは、タラの芽、ふきのとうと続き、桜の頃にはうるい、ウド、こ…
来年も作りたい!ふきのとう料理を満喫した 2024年春の記録 春は自炊が楽しい季節 1年の中で最も自炊が楽しい季節は春だと思う。スーパーの棚にやわらかな色合いの野菜が並ぶと自然とこころが弾む。 中でもときめくのは山菜だ。早いと2月下旬ごろから並び始めるそれは、タラの芽、ふきのとうと続き、桜の頃にはうるい、ウド、こ…
Als je op zoek bent naar een betrouwbare partner voor je koeltransportbehoeften, kijk dan niet verder dan Petit Forestier. Met… Hallo, Willem hier! Welkom op mijn blog: Webdog! Ik heet Willem en heb dit blog vernoemd naar mijn hond Bram. Nou ja, niet vernoemd, maar toch wel een beetje opgedragen aan hem. Vandaar de woordspeling. Behalve mijn hond zijn andere belangrijke dingen in mijn leven: mijn
図書館戦争の話題を最近よく聞く。その話題の内容は大抵、「世界観がおかしい」、「戦闘がおかしい」、「リアルではない」等だ。僕は有川浩さんの作品は好きで、図書館戦争シリーズは全部読んだ既読者から言うと、上記で挙げた理由は、まったく気にならない。 多分「世界観がおかしい」、「戦闘がおかしい」、「リアルではない」等を言っているのは、アニメだけを見ている、原作を読んでない未読者の方々なのだろう。まぁそういう「おかしい」と結論に至るのは、ごく自然なことで、メディア良化法や図書隊の設定はおかしな所ばかりで納得しろというほうが難しい。それなのにアニメ化になるまでは、そんな違和感を誰も気にしなかった。それは、この図書館戦争シリーズに読者が求めていたのは、メディア良化法や図書隊等の設定の整合性ではなく、登場人物たちのラブコメや日常、表現に対する規制の問題だけでしかなかったからだと思う。だからこそ、「世界観がお
他人をほめる人、けなす人 読者がやることはほめることか間違いを指摘することぐらいしかないと思う という記事はたくさんの人に読んでいただきました。ありがとうございます。 コメントや、はてなブックマークのコメントをたくさんいただいて、私も自分に考えていなかったことや、きちんと説明しきれてなかったな、と思った部分が何点もありました。 そこで、それらを受けて、それでもやっぱり私が思うこと書きたいと思います。 私の意見としては次の4点になります。 ・基本的に本は全て面白い、でも誰にでも面白いものというのはない ・どんなにいいものでも批判はできるし、どんなに悪いものでもほめるところがある ・怒る側にも愛はある(こともある) ・怒られるよりはほめられた方が嬉しいし、怒るよりほめる方が楽しい 最初に述べておくと、例えば技術書などで、間違っていることが書かれていたり、ノンフィクションなのに
このマンガがすごい!2008 多分はてブ経由で60坪書店日記さんの意見をかわすより「ありがとう」って言えばいいと思うよ。という記事を読みました。 どっかの誰かのせいで、好きな作家の作品が読めなくなる可能性があるのは嫌じゃないですか?私は嫌です。今どっかの誰かのダメ書評のせいで『バカとテストと召喚獣』の執筆が止まったら、『はなまる幼稚園』の連載が止まったら、悲しいです。 なので、私は好きな作者に「ありがとう」と言うことにします。面白い作品を生み出してくれた作者に「ありがとう」と言うことにします。どーせ誰かがダメ書評を書くのです。ならば、好きな作家が誰かのダメ書評でへこまないように、日頃から蓄えてきた作者への感謝の気持ちを声に出して、勝手に作者を支えようと思います。作品を通じて手に入れた面白さやあたたかさを感謝の言葉に変えて、勝手に作者にお返しします。 これ、すごいいいことだと思うし、
●サイト読者のことを念頭に置かないと本末転倒になるよ、ということ。 - フラン☆Skin はてな支店 ●http://d.hatena.ne.jp/kaien/20080325/p1 はてな村をさまよってたらなんか盛り上がってる話題みたいなので、この機会に当サイトの方針みたいなのを晒してみたいと思います。 うちのプチ書評は書きたいことを書くフリースタイルがモットーです。意味とか必要とかアクセスとかは二の次三の次ですし、そういうのを第一に考えてる個人サイトって、あくまで当社比ですが極めて少数だと思いますけどね(違ってたらごめんなさい)。 で、うちのプチ書評を振り返れば大半が「面白い」本として紹介してまして、「つまらない」としているものはほとんどありません*1。しかし、これは別に、面白い本しか紹介してはいけない、もしくは、つまらない本は紹介しない、といったバイアスがあるからではありません。あく
http://d.hatena.ne.jp/gentledog/20070810 世に溢れる俺がつまらんと感じる映画やドラマが世間的に受けているのは何となくわかる。多分それは俺とは別種の人が観ているのだろう。それは別にかまわない。 だが、『らき☆すた』は別である。今まで自分と同じオタクだと思ってきた連中が、あんなものに対して熱狂している。実は、あいつらは俺が思っていたものとは全く別の得体の知れない生命体だったのである。あるいは俺自身が……。 だから俺はある種の人たちが『らき☆すた』という作品、あるいは『らき☆すた』ファンに対して必要以上に攻撃的である理由がよくわかる。 『らき☆すた』が楽しめない人にとって『らき☆すた』が面白いと認めるという行為は、自分の価値観が既に世間では受け入れられないことを認める行為に繋がるのだ。 そう思ってる人が本当にいるのなら、それは傲慢でしかないと思う。 俺はま
意味のある批判に必要なたったひとつのこと - tukinohaの絶対ブログ領域でリンクを貼ったid:Triple3さんがこのような解説記事を書かれています。 関連記事:らき☆すたは“オタクの踏み絵”となる作品なのか。 上の記事の続き。 らき☆すたの批判派&その反論派のブログの記事を読みました。 双方とも成る程、確かにそうかもしれないなぁと思う考察でした。 当ブログは、あくまで“中立派”です。 上の記事で、らき☆すたという作品とその実写EDを閉鎖的&排他的と言及した。 誤解された方もいらっしゃるので断っておくと、それに否定的ニュアンスは全く無い。 オタクって元来、同人活動等でもしない限り、閉鎖的に、排他的に自分だけの趣味に没頭する人間のことではないのか。 閉鎖性&排他性上等!偏っていて当たり前! むしろ肯定的ニュアンスだ。 ただ、いささかゲルマン魂に富む言い方だが。 http://d.hat
「あの店の蕎麦は実に不味いですね。コシが強すぎて、香りが弱くて、蕎麦を食べているという気が全然しない。蕎麦好きには全くオススメできない店です。ただ、蕎麦ではなく、うどんだと思えば美味しく感じられるのではないでしょうか。うどん好きにはオススメです」 「僕はこの作品を全く面白いとは思わなかったのですが、パロディの元ネタがわかる人にとっては面白いのでしょうね」 「オタクは自分の世界に閉じこもり、他人の感情を想像しようとしない。また、社会人として最低限の身だしなみさえも整っていない。これでは一般人に「オタク=犯罪者予備軍」と見なされても仕方ないだろう。ただし、誤解のないように付け加えておくが、私自身もオタクのひとりであり、以上の内容に否定的な意味は全くない」 「公平を期すために両論併記します。内容は私が良いと思ったものだけ選びました」 とりあえず両論併記すれば公平なんだそうです。
こなたさんが大変なことになっています。字幕付きのものもあるけれど、個人的には字幕は余計かな、という気がしますね。 それはともかく、id:Shsgsさんの『らき☆すた』批判がおもしろい。 複数の日付にわたって話が展開してるので、少々論旨を追いかけにくいところはあるのだが、とにかく『らき☆すた』を批判的に捉えていることは間違いない。 「論外の作品」、「程度の低い作品」、「評価しがたい作品」、「小学生あたりが日々の生活の中で述べる与太話の水準」などなど、「そこまでいうか」と思うような表現を並べて徹底的に批判している。 その意図は、7月4日の記事の、 少々感情的な物言いになるが、らき☆すたを掛け値なしに面白いといえる人は思考停止しているのではないか。 という表現に端的にあらわれている。『らき☆すた』ファンの皆さんは、どうか胸に手をあてて、自分が思考停止しているかどうか考えてみてもらいたい。 そして
「PLANETS vol.3」を今読み中なんだけど、その途中で感じたことをメモ。宇野氏は作品の「内容」に視点が傾きすぎじゃないだろうか。 オタク文化には作品の「内容」の他に、作品をコミュニケーションの「ネタ」として消費するという側面もあるのだけれど*1、そこへの視点が決定的に欠けているというか。宇野氏はこの視点を欠いたまま、オタク系作品の「内容」だけを語り、「オタクは現実から引きこもるセカイ系で古くてキモい」という話に持っていくのだけれど、オタク系コミュニティにとって「内容」がそこまで重視されているのかは、はたはた疑問。 オタク作品を、内向の道具ではなくコミュニケーションを円滑にするためのツールとして見れば、宇野氏がいうような「キモい」オタク像とはまた違ったものが見えてくると思うのだけれど、そのへんを彼はどのように考えているのだろうか*2。 *1:「非モテ」もこういった側面は強い。 *2:
だけど批判的でネガティブな気持ちも創作の原動力なんだよね まなびストレートの感想絡みで注目された「アニメに対して批判することの意味」みたいな問題ですが。何かを褒めることはとても健全なことなので、記事の論調が「作品を褒めて楽しくなろう」っていうものが受け入れられるのはまぁ分かるんですよ。 ただ、「こんなのはダメだ!」っていうネガティブな気持ちが創作全般の原動力になることもあるわけで。 創作っていうのは平等なもので、すべてひとしく同等に評価すべきではないかと思っている私としては、感想文っていうのもやっぱり人の手で作られたものとして創作物なんですよね。そうすると批評に満たない批判と気分だけの好きという言葉は同等な言葉になっちゃって、なので「好き」っていう言葉にも、批判するときと同じぐらいの責任が求められることになる。しかしこのことには誰も触れずに、好きという言葉に無責任な正しさを求めかけている現
AYS:笑いをクリエイトするギャグ作家がマンガ家たちの怒りを買っている http://d.hatena.ne.jp/AYS/20070208#p1 詳しくはリンク先を参照してほしいんだけど、「私の考えたギャグやネタを売りますよ」というビジネスをはじめた者がいて、いしかわじゅんをはじめとしたマンガ家諸氏に営業メールをバラ撒き、人々の失笑や怒りを買っているという話。 話題の元となっているサイトはここ「ギャグ作家 ひだけーだい」。 http://www.omogaku.com 「ひだけーだい」で検索しても、ほぼ何もかかってこないので正体は不明だ。 id:AYS氏も呆れているが、この男、驚くべきことに西原理恵子に「ダメだし」をしている。 http://www.omogaku.com/2255.html このページを下にずっとスクロールすると出てくる。 「鳥頭の城」からおそらく無断で引っ張ってきたと
ドラえもん最終回伝説 1998年6月、「ドラえもんの最終回」なる物語がネット上を駆け巡る。「新手の、出所不明の都市伝説か?」などと思っていたが、その後原典が判明。最初の引用が不適切だっただけらしい。 この物語には少なからず感銘を受けた。受けはしたが……。感想を一言で言うとこうだろうか。「良くできた物語である。しかしこれは、ドラえもんの物語ではない。」 個人的には、しばらく前にはやったダークな噂(ドラえもんの物語は、交通事故で植物状態となったのび太が見ていた、いつ覚めるとも知れない長い夢だった)の方が「ドラえもん」の本質をついていたように思う。 「あんな夢こんな夢いっぱいあるけど 不思議なポッケで叶えてくれる」(主題歌抜粋) こそがかの物語の本質であり、あれは不完全でダメダメな人間の自己改竄願望を満たす物語なのである。「ああだったらいいのにな、こうなるといいのにな」という願望を、本来の自
うまくいかない日に仕込むラペ 「あぁ、今日のわたしダメダメだ…」 そういう日は何かで取り返したくなる。長々と夜更かしして本を読んだり、刺繍をしたり…日中の自分のミスを取り戻すが如く、意味のあることをしたくなるのです。 うまくいかなかった日のわたしの最近のリベンジ方法。美味しいラペを…
毎日見舞いにやってくる父親から「Fさんという人からお見舞いが届いたぞ」というので、はてFさんとは誰だっけ、と思いつつお見舞いの封筒を開けてみると、中から『パプリカ』のパンフレットが出てきました。しかも表紙と裏表紙にそれぞれ 「早く元気になってください。筒井康隆」 「竹熊健太郎さんへ お大事に 今敏」 と、本人直筆のメッセージとサイン、今監督によるパプリカのイラストが入っていてビックリ! 筒井先生とは過去に一度だけインタビュー仕事でお会いしましたが、とても向こうが覚えておられるとは思えぬ程度のものでしたし、今監督とは一面識もないのです。 不思議に思って同封されていたFさんの手紙を見ると、実は彼は(株)ソニー・ピクチャーズエンタテインメントの社員で、確か以前、蛙男商会の取材時にお会いした方でした。それで、ソニーピクチャーズは『パプリカ』を製作した会社なので、つまりはブログから俺の入院を知ったF
昨日、『零崎軋識の人間ノック』を読んでつくづく考えた。いやあ、キャラクター小説って、本当におもしろいですね。 零崎軋識の人間ノック (講談社ノベルス) 作者: 西尾維新,take出版社/メーカー: 講談社発売日: 2006/11/08メディア: 新書購入: 7人 クリック: 66回この商品を含むブログ (236件) を見る ぼくだけではないと思うが、いったんあるキャラを好きになってしまえば、そのキャラがほかのキャラと絡む、それだけである種の快楽性が生まれる。『人間ノック』でいえば、玖渚友がちらっと出てきてわがまま言っているだけで何となく楽しい。 『涼宮ハルヒの憂鬱』でいうなら、ハルヒとキョンがいつものように絡んでいるだけで一応おもしろいし、評判のよくない〈ネギま!〉の新作アニメも、お馴染みのキャラが出ているだけでそれなりに楽しく見れたりする。 涼宮ハルヒの憂鬱 1 通常版 [DVD] 出版
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