『文學界』8月号掲載。目次には「創作」とあって、あれ? と思うが、じっさいに読んでみて、『悲望』が小谷野敦にとっての、はじめて発表された小説であることがわかった。個人的には、小説家になりたかったが才能がないためになれないことを悟った、という、いくつかの文章に書かれてある断念こそが、小谷野の批評性を支えているひとつの柱であると考えていたので、いささか複雑な気持ちでページを繰っていたのだけれども、いや、これがなかなかに読ませてくれる内容であった。おそらく若かりし頃の小谷野の、その実体験に基づくエピソードが、藤井というフィクショナルな人物に仮託され、記述される。大学院時代よりの片想いを捨てきれず、留学先のカナダにまで追いかけてきた篁響子から、藤井に一通の手紙が届く。そこに書かれていたのは、徹底的な拒絶の態度であった。1990年11月19日のことである。〈私は暗い道をどこまでも歩いたが、闇は深まる