先鋭的な作品で知られる作家の町田康(57)。10代でパンク歌手としてデビューし、バンド「INU」名義でのアルバム『メシ喰うな!』は、いまも名盤として聴き継がれている。不遇の時代を経て、小説家としての評価を固め、言葉を使って仕事をしてきた。音楽と小説の双方で世間を揺さぶってきた町田の人生と創作の秘密を聞いた。(取材・文:近藤康太郎、撮影:西田香織/Yahoo!ニュース 特集編集部)
町に向き合って書くこと 特定の土地にこだわって書く作家がいる。 函館の物語を書き続けた佐藤泰志、紀州熊野を舞台にした「紀州サーガ」で知られる中上健次、最近だと大阪を書き続ける西加奈子がいる。多くの場合、作家と結びついた土地は故郷か居住地である。 その一方で村上龍のように横浜に住んでいながら、横浜らしさをまったく感じさせない作家もいる。過去においてはデビュー当時住んでいた福生の物語『限りなく透明なブルー』や、故郷・佐世保での高校時代を追想した『69』のように土地と結びついた作品をいくつか執筆している。しかし現在彼が住んでいる横浜を舞台として選んだ作品は寡聞にして知らない。たぶん村上にとって、横浜の郊外に向き合う必然性は希薄なのだろう。 では必然性がないにもかかわらず特定の土地を舞台にして書かなければならない場合、作家はどのような思考を経て作品をつくっていくのだろうか。 なぜこんな疑問を持った
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