「イスラーム経済」、「イスラーム金融」、「イスラーム銀行」が流行っている。しかしそうした流行の「イスラーム経済」、「イスラーム金融」、「イスラーム銀行」は、「イスラーム国家」などといった他の「イスラーム」の名を冠した事物と同様にいかがわしい紛い物でしかない。 イスラーム法が人間の行為範疇を「禁止」「忌避自粛」「中立」「推奨」「義務」に五分していることはよく知られている。現在イスラーム経済と呼ばれているものは、ヨーロッパによる植民地化によって蔓延したヨーロッパ流の経済慣行に表層的にイスラームの鍍金を被せただけのもので、イスラーム法的に禁じられているかどうかが疑わしい限りなく黒に近い灰色か、脱法行為である。 資本主義、社会主義を問わず、どのような国の経済であれ、権力を傘に着て利権を貪る者、また他人の弱みや無知、射幸心に付け込んで利益を得る者、あるいは怠けて働かずして報酬だけをせしめる者などがい
بسم الله الرحمن الرحيم 『イスラーム革命の本質と目的 - 大地の解放のカリフ制』 Ⅰ. イスラーム政治論概説 序. イスラームには「供物」がない。 偶像崇拝を厳禁するイスラームに神像がないことは周知であろう。モスクは何もない空間であり、画像にせよ、彫像にせよ、神を表す像は一切存在しない。 モスクには神の像がないだけではなく祭壇がない。教会、寺院、神社などで見られるような、線香、灯明、花などが捧げられる場がモスクには一切ない。 仏壇や神棚にお供えをし、そのお下がりを人間がいただく、といった象徴的行為としてさえも、イスラームには神に供え物をするということがない。 同じく偶像崇拝を禁ずるユダヤ教では、正式な儀礼では、幕屋の祭壇を作り、動物を屠り焼き尽くしその煙を主に捧げる。ちなみにこの聖書の儀礼の「焼き尽くす」(ヘブライ語ではolah)がナチスの「ホロコースト」の原義である
タリバン政権の3ヵ月後の評価 (CTC SENTINEL第14巻第9号) 著者 アンドリュー・H・ワトキンス 要旨:過去10年間にタリバンの影の統治が浸透し、軍事的・政治的な勢いが増しているにもかかわらず、復活したイスラーム首長国の最初の3カ月間は、国家の統治の担当に苦労していることが明らかになった。タリバンは、政権掌握に専念し、脅威には迅速かつ厳しく対応してきた。彼らは国家の管轄や構造を明確に定義しておらず、2021年8月15日以前と同じように活動を続けている多くのメンバーたちに長期的な計画を知らせていない。タリバンの指導者たちは、内部の結束を維持することが引き続き重要であると考えている。これはタリバンの昔からの特徴であり、差し迫ったアフガニスタンの経済的・人道的危機への対応の障害となる可能性が高い。 2021年8月15日、春先に開始された激しい軍事作戦でアフガニスタンの大部分を制圧した
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