タグ

関連タグで絞り込む (204)

タグの絞り込みを解除

societyに関するjune29のブックマーク (567)

  • 男性の「生きづらさ」とは何か? | The HEADLINE

    こうした「男らしさ」の変化は、多くの人もイメージしやすいだろう。「寡黙で仕事一筋な父親像」から「イクメン」、「草系男子」から「ジェンダーレス男子」(*5)まで、理想的な男性像あるいは男性を表象する言葉は、次々と変化してきた。 誌「なぜソフトボーイカルチャーが台頭したのか」でも紹介した、「ジェンダー規範を意図的に覆」し、服やアクセサリー、ヘアスタイルなどを通して、自分のソフトで優しい側面を外見的にも表現している男性スターであるソフトボーイも、欧米圏での「男らしさ」が揺らいでいる証左かもしれない。(*6) この揺らぎは、単なる変化を意味するのではなく、男性のアイデンティティの喪失にも繋がっている。2023年7月の Washington Post 紙では、米国の大統領や議員、企業の CEO の大半が男性であるにもかかわらず、 何百万人もの男性は、そうした権力や成功にアクセスできず、足元では尊

    男性の「生きづらさ」とは何か? | The HEADLINE
  • 自分がどのくらいエコーチェンバーの中にいるのか可視化するシステムを作ってみた|tori

    「ツイッターで見た」計算社会科学という学問があります.社会科学にコンピュータサイエンスを導入して,これまでにない分析を行おうという学問です.最近日でも計算社会科学会が発足するなど今盛り上がっている研究分野です. そんな計算社会科学の分野で扱われる課題の一つに,ソーシャルメディアによる社会の分断の分析があります.アメリカ大統領選や新型コロナ禍でフェイクニュースを目にする機会が多くなりましたが,フェイクニュースや偏った情報の取得は,人々を分断させ社会を混乱させると言われています. 分断を生み出す要因の一つが,エコーチェンバー現象にあると言われています.これは,ソーシャルメディアなどでは自分と似たような価値観を持つ人とつながりがちであり,自分の意見をいうと周りから「そうだそうだ」と同意を得られ,自分の意見が社会全体の意見のように見えてしまう現象をいいます.実際にはソーシャルメディアで可視化され

    自分がどのくらいエコーチェンバーの中にいるのか可視化するシステムを作ってみた|tori
  • 女子の生きざまについて。|きなこ

    3人兄妹の真ん中の娘が10歳になった。 おめでとう10歳。 10代の女の子は眩しい。全部がこれからで、色んな事が初めてで、世界が彼女達の為に扉を開けて待っている時代。彼女達はどの子もミモザアカシアの花みたいに可愛い。今月10代の仲間入りを果たした私の娘も含めてみんな、みんなだ。 1980年代後半から1990年代にかけて10代の女の子だった私には、10代はあまり楽しい季節ではなかった。 そもそも当時は地味で、そう美しくもなく、特別賢くもなく、取り立てて取り柄のない私のような女の子は学校の中で市民権というものを持ち得ない時代で、教室の隅で出来るだけ息をひそめて静かにしていないといけない、そういう存在だった。結構冗談抜きで。 でも仮に美しくて、ピアノが弾けて、成績が良くて運動もできて、性格も明るく快活なそれはそれは素敵な女の子だって『女の子』である事がまだまだまだ足枷になる時代だった。大体点呼の

    女子の生きざまについて。|きなこ
  • Facebook内幕暴露本『An Ugly Truth』について日本のメディアで取り上げられる/取り上げられない話題 - YAMDAS現更新履歴

    www.businessinsider.com.au 先月の話題になってしまうが、New York Times の記者2人が書いた Facebook の内幕を描く An Ugly Truth の内容がニュースになった。そこで話題となったのは、つまりは以下のような話である。 これ日の企業でも絶対起こってると思うのだけど :-) 今度出るでFacebook社員によるストーキングが話題に。2014年から2015年でFBでは個人的理由によるデータアクセスで52人が首に。ある社員はフラれた彼女が在住するホテルを特定。別の社員はデートの後に返信が無くなった女性の現在位置を追跡 https://t.co/61PvROYwQb— 高梨陣平 (@jingbay) July 16, 2021 この手の話って昔は Google もあって、それが露見して社員のデータへのアクセスが厳しくなったのは有名……と過去

    Facebook内幕暴露本『An Ugly Truth』について日本のメディアで取り上げられる/取り上げられない話題 - YAMDAS現更新履歴
  • 少数派にとって「政治的な正しさ」は切実な問題である - blog.8-p.info

    に住んでいたころの私は、いわゆる「政治的な正しさ」というのにあまり関心がなかった。とりわけ、最近のアメリカのドラマでは、主要な登場人物として黒人やアジア人を入れなくてはいけないのですよ、みたいな話を「それは窮屈な話だなあ」と受け取っていたように思う。来は自由であるはずの創作に PTA 的な正しさを持ち込んできてうっとうしい。 そこから色々あって、アメリカ引越して、子供を育てる立場になった私にとって「政治的な正しさ」、とりわけメディアにおける人種や性別の構成というのは、結構切実な問題になった。自分の子供たちがアメリカ社会から受け取る印象というのを心配していて「アジア人も女性も、政治家にもポップスターにもエンジニアにも、主人公にもなれる人種なんですよ」というのをわかってほしいと思っている。 これは、私とその家族がここでは少数派になってしまった、ということから来ていると思う。 「アジア人

  • 『25歳からの国会 - 武器としての議会政治入門』を発売します! - 読む国会

    まえがきに代えて 7/20に現代書館さんから新刊「25歳からの国会 - 武器としての議会政治入門」を発売することになりました! 早速予約してくれるという方はこちら↓ 25歳からの国会: 武器としての議会政治入門 作者:平河エリ 現代書館 AmazonKindle版あります!) Amazon以外はこちら↓ 現代書館ウェブショップ 楽天ブックス ヨドバシ.com ホンヤクラブ どんなか 「25歳からの国会」というタイトルですが、そもそも議会制民主主義とはなにか、国会はどういう仕組で動いているかという点について、可能な限りフラットに解説したになります。 特定の政党や特定の候補者には極力触れず、「なぜ審議拒否が起こるのか」「予算委員会で予算の話をしないのはなぜか」「女性議員が少ないのはなぜか」など、よく政治に関して質問される内容について答え、疑問を解消する内容になっています。 そもそも国会

    『25歳からの国会 - 武器としての議会政治入門』を発売します! - 読む国会
  • 小・中学生の女子はなぜ「うち」という一人称を使うのか? その深すぎる理由(中村 桃子) @gendai_biz

    「ことば」と「自分らしさ」 筆者は「社会言語学」を専門に研究してきた。この分野は、ことばの社会的な側面に注目するが、ここでは、ことばを使って私たちは「自分らしさ」をどのように表現しているのかという問題を取り上げよう。 「ことば」には情報を伝えるという重要な役割があるが、それと同時に、会話に関わっている人同士の関係やイメージも伝えている。 最も分かりやすい「人称詞」の例で言えば、自分を「わたし」と呼ぶか「ぼく」と呼ぶかで、話し手のイメージは変わってくる。また、聞き手を「○○さん」と呼ぶか、「○○」と呼び捨てにするかで、話し手と聞き手の関係も変わる。さらに、会話に登場した人を、「あの人」と呼ぶか「あいつ」と呼ぶかで、その登場した人の印象も変わる。 つまり「ことば」には、自分はどんな人間なのか、聞き手とどんな関係にあるのか、また、話題に上がっている人をどう思っているのかなどを伝える働きもあるのだ

    小・中学生の女子はなぜ「うち」という一人称を使うのか? その深すぎる理由(中村 桃子) @gendai_biz
  • 「お母さん食堂」のどこが問題なのか|小野ほりでい

    政府見通しによれば、2020年の出生数は5年連続で過去最少を更新しての84万人台にまで落ち込む。社会が継続するための最低条件である出生数の漸減は、そのまま私たちの社会が緩やかだが確実に破滅へと向かっていることを示している。 しかし、この傾向は日に限らずほとんどの先進国が共通して抱えている問題であり、環境問題とならんで後期資主義国が直面する大きな矛盾のひとつである。 恐れ多くも私見を述べさせてもらえば、そしていきなり結論から述べてしまえば、この問題の根は市場原理―――生産的か非生産的か―――が社会全体を覆い尽くしてしまったことにある。 つまり、生産的<価値を生み出す>か非生産的<価値を生まない>の軸で考えれば、生産的な人間とは何らかの形で金銭を発生させる人間のことであり、価値をうまない「子ども」とは非生産的であるばかりか過大な金銭・時間的負担を要求するものでしかない。20年近くを費やし

    「お母さん食堂」のどこが問題なのか|小野ほりでい
  • 【新型コロナウイルス】を軽視した2020年を振り返る|小野ほりでい

    新型コロナウイルスとともにあった2020年に私たちが知ったただひとつの事実は、よく言われるように、たとえ人類共通の危機にあっても人々は協調するどころか分裂し、仲違いするということだった。私たちの敗因は、ウイルスという見えないリスクへの認識を統一し、それに立ち向かうための共同の文化を形成できなかった点にある。 ウイルスのリスクは、まずその多寡の評価において分裂しており、続いてその[責任]の所在―――発生源である外国にあるのか、対策を怠る政府にあるのか、身勝手な市民にあるのか、あるいは[騒ぎ立てるマスコミ]にあるのか、といった具合に分岐する。 しかし、これらの「イデオロギー的な対立」は表層的なものであり、むしろこのリスクを「イデオロギー的に見る」こと自体がひとつの罠にはまっている。この前提を得るためにそもそもの「文化」の意義を振り返ってみたい。 自然には、人間のいかなる強制もあざ笑うようなさま

    【新型コロナウイルス】を軽視した2020年を振り返る|小野ほりでい
    june29
    june29 2021/01/07
    現実と現実界、という整理がおもしろかった。
  • ちょっと毛色の違う多様性の発表をします - 川口耕介のブログ

    僕は日で育ち渡米し、政治的にも左よりで、また高校生の娘もいるので、多様性というテーマについては肯定的に考えてきました。これを読んでいる男性諸氏にもそういう人はたくさんおられるのではないでしょうか。しかし、それが自分の行動に何か繋がっていたかと言うと、そうではありませんでした。自分はみんなに分け隔てなく接しているし、これでいいはず。どこか観念的な問題。進歩人の基礎的な知的嗜み。 でもそうなんでしょうか? そんな中、会社のコミュニティ・チームの取り組みの一環として多様性にフォーカスしていこうという提案がチームの中から挙がります。僕は、しかし上長としてそれに賛成することが出来なかった。他にもっと重要度の高い取り組みがたくさんあるように思えたからです。 その時初めて、少数派を取り囲む息苦しさ、見えない壁や天井というのは、「女は使えない」とか「アジア人は自分の国に帰れ」というような積極的な悪意や偏

    ちょっと毛色の違う多様性の発表をします - 川口耕介のブログ
  • この割れ切った世界の片隅で|山邊鈴

    クラスに1人は「ひまわり学級」の子がいた。いつも教室の後ろの掃除用具入れに上って犬の鳴きまねをしたり、机の上に立って踊ったりしていた。班対抗百ます計算レースでも、その子が入っている班はいつもビリだった。宿泊研修の沢登りでは、その子を含めた私の班は、目標時間から1時間遅れてゴールした。水が怖いと泣き喚く彼女を必死でなだめるが、ただ足をジタバタさせるばかり。周りに頼れる人は誰もおらず、私もパニックになったのを覚えている。しかし、彼女の気持ちを想像すると決して酷いことは言えなかった。彼女について何も説明はなかったが、ただ彼女が自分の意思でそれをしているのでは無いことは見て明らかだったからだ。もし私があの子だったら、酷いこと言われたら、きっと「なんで?」って思うだろうな。さみしいだろうな。ただその意識だけは持ち続けていたように思う。 https://www.mext.go.jp/a_menu/sh

    この割れ切った世界の片隅で|山邊鈴
  • 「ニコニコする」癖を(だいぶ)やめた|文・生湯葉シホ #わたしがやめたこと - りっすん by イーアイデム

    文 生湯葉シホ 働き方や生き方を見つめ直すとき、なにかを「やめる」選択が自分にとって転機になった、という方は少なくないのではないでしょうか。 「やめたい」という思いが生まれた理由。その決断をするまでに至る過程。実際に「やめた」ことで、自身にどんな変化があったのか。悩んだ末の決断が、自分にとってどんな影響を及ぼしたのか。そんな誰かの「やめた」に焦点を当てるシリーズ企画「わたしがやめたこと」をお届けします。 今回は、ライターの生湯葉シホさんに寄稿いただきました。 ***昔から、ほんとうに言われたくないことを言われると、とっさに笑ってしまう癖があった。自覚している性格上の欠点とか、容姿のこととか、家族のこととか、分かってはいるけれどどうしようもないんだよなそれ、ということを指摘されると、決まって情けなくニコニコしてしまう。 当たり前だけど、こちらが笑っていると「あ、嫌がってないんだな」と思われる

    「ニコニコする」癖を(だいぶ)やめた|文・生湯葉シホ #わたしがやめたこと - りっすん by イーアイデム
    june29
    june29 2020/07/15
    「自転車屋さんの高橋くん」を想起しながら読んだ http://to-ti.in/product/takahashikun
  • 人は人と出会うべきなのか|斎藤環(精神科医)

    「というのも、各々は直接的に他者のうちに自分を知るからであり…しかもそれによって、各々が、他者もまた同じように彼の他者の内に自分を知るのだ」(ヘーゲル『イェーナ体系構想』法政大学出版局) 「臨場性」はなぜ必要か コロナ禍の中で、心から消滅して欲しいと思ったのは「ハンコ」である。 大学が入構自粛になっているのに、ハンコを押すためだけに出勤することの徒労感。そういえばうちの大学では、会議からはほぼ完全に紙資料が駆逐されて、タブレットで会議資料を閲覧することになりはしたけれど、「ワープロで作成しプリントアウトした紙資料に押印したものをスキャンしてPDF化」という純和風デジタイズが横行しており、電子署名などまだまだ imagine the future の彼方——内輪ネタですみません——というありさまだ。というか、そもそも現政権におかれましてはIT担当大臣が日はんこ議連議長を兼任、という漫画のよ

    人は人と出会うべきなのか|斎藤環(精神科医)
    june29
    june29 2020/05/31
    「鬼滅」「エヴァ」「BL」等を持ち出して語られていてぼくには読みやすかった。おもしろい。
  • 「家に居ろ」が通用しない。新型コロナに悩む歌舞伎町の現実 | Forbes JAPAN 公式サイト(フォーブス ジャパン)

    歌舞伎町は悩んでいる。「また昔に戻るだけじゃん。地下に潜ればいいよ」なんて諦めの声も聞こえる。 僕は1997年からホストとして歌舞伎町の人間になった。ホストクラブのキャストから経営側にまわり、「Smappa! Group」の会長として歌舞伎町でホストクラブ、バー、美容室など16店舗を経営している。 新型コロナの感染拡大に注目が集まってきた3月から社内で教育してきたのは「0か100かじゃない」ということだ。 「どんな状況でもお店を営業したい」、「営業なんてするのは絶対におかしい」。どちらの極端にも付かず、その考えに至る「過程」について、しっかり考えることを大事にするという方針をとった。 そして、約2カ月近く経って、その方針でやってきたことの大変さが身に染みている。しかし、最初からその難しさは覚悟していたし、それが私の仕事だと思っている。 この文章では、コロナに関連して私が経営する店舗で取って

    「家に居ろ」が通用しない。新型コロナに悩む歌舞伎町の現実 | Forbes JAPAN 公式サイト(フォーブス ジャパン)
  • パブリックエネミー自己責任論者

    自己責任という言葉が嫌いだ。なぜなら、その言葉を吐く人間は社会構造というものを理解していないからだ。 自己責任論者は「あなたが低収入なのはあなたの努力が足りないからだ。努力して高収入を掴んだ人はたくさんいる。だからそれができないあなたの努力は足りないのだ」などと平気で宣う。アホか、としか思わない。 社会には構造というものがある。その社会構造に則って人は様々な職などの社会的地位についている。 自分がつきたい社会的地位を目指して努力した人には大変申し訳ないが、あなたのその努力は社会的には意味がない。社会の側にはそのポジションにいるのがあなたである必要は別にないのだから。もちろん、社会的に個人の努力には意味がなくとも、人に内在する意味や価値を否定するわけではない。 社会構造というマクロを見たときに、個人の努力、ひいては自己責任というのはほぼ無意味だ。そこに構造がある限り、そこにたどり着く人は必

    パブリックエネミー自己責任論者
  • 不義理をしよう - Nothing ventured, nothing gained.

    4月からの新年度で地方へ赴任になる同僚の送別会は例外だよね。 長年の勤められた先生の退官記念パーティーは来年っていうわけにはいかないよね。 卒業して社会人となったら、もう会えなくなるから、ちょっとタイミング悪いけど、最後に集まろう。 先週、自粛が求められる中、このような「例外」処理と称しての会がまだ行われていたようだ。 Social Distancingという言葉が感染症の拡散対策で聞かれるようになったが、この言葉が意味するところが今ひとつピンとこないところがある。日語では社会距離拡大とか社会距離確保と言われているが、余計わからない。 今回の感染症は飛沫感染と接触感染が主な感染経路と言われるが、避けるべきことは物理的な距離を一定以上に保つことだ。ならば、物理距離拡大とか物理距離確保、英語ならば、Physical Distancingとするべきじゃないか。 と、そんなことを考えていたのだ

    不義理をしよう - Nothing ventured, nothing gained.
    june29
    june29 2020/03/29
    Social Distancing の解釈。おもしろい。
  • "話をかんたんにする人"が求められる理由|小野ほりでい|note

    何か不愉快な出来事が起こるとまず「誰が悪いのか」という話になる。大きな話だと、ずっと低迷している国では絶対に特定の人種が悪いとかどこの国が悪いんだという論調が台頭してひとつの勢力になったりする。あるいはちょうど今は、たちの悪い伝染病が流行っていてこれが人種差別に繋がっていたりする。もっと身近な話では、システムがうまくいかなかったり同じ問題に直面し続けるととりあえず誰かのせいにしてその人に怒ることで納得しようとする人がいるだろう。たいへんなことや解決不可能な事態が起こっているのにその原因が分からないという状態は非常にモヤモヤする。経済学、科学、政治といった専門的な話題は専門的な人にしか分からないので、ややこしい話はさておいて結局誰を殴ればよいのだ、ということになる。「メロスには政治が分からぬ」といった具合だ。 また、大量殺人事件のように厳密に責任者が存在する場合もその犯人が「いかに異常で」「

    "話をかんたんにする人"が求められる理由|小野ほりでい|note
  • 34歳天才経済学者が私有財産を否定する理由

    『ラディカル・マーケット 脱・私有財産の世紀』では、デジタルプラットフォーマーに供給されるデータはわれわれの「労働」なので、データ提供という「労働」から対価を得るための「データ労働者組合」が必要だといいます(写真:metamorworks/PIXTA) 昨年12月に発売された、『ラディカル・マーケット 脱・私有財産の世紀』。書はシカゴ大学ロースクールの教授エリック・ポズナー氏と、マイクロソフト首席研究員でもあり法学・経済学の研究者であるグレン・ワイル氏の二人が世に問うた、クリエイティブな思考実験の塊のようなだ。とくにワイル氏は、プリンストン大学を首席で卒業したのち、平均で5、6年はかかる経済学の博士号をたった1年で取得して経済学界に衝撃を与えた、34歳の若き俊英としてその名を知られた人物である。今回、経営共創基盤の塩野誠氏に、書について解説してもらった。 デジタル市場の未来を考える必

    34歳天才経済学者が私有財産を否定する理由
  • 技術イベントへのポジティブアクション導入のすすめ

    Dec 31, 2019 技術カンファレンスの登壇者や参加者に女性が少ないのは公平な競争の結果なのでしょうがないと考えている方が多いようです。 これは形式的平等ですが、実質的平等という面では改善できる余地があります。問題の背景と積極的是正措置、ポジティブ・アクションのアプローチについて紹介します。 形式的平等と実質的平等 形式的平等と実質的平等。これは「平等」と「公平」、EqualityとEquityの話にもつながる。日はEquality の概念が強いという話だと理解した。 #DevFestWomen pic.twitter.com/YBbkCBOAmE — Yusuke Ando (@yando) October 14, 2019 女性はCFPを出す前の時点で男性よりも努力が必要です。例えば日では家事や育児の多くは女性が負担していますし、独身であっても女性には男性にはないさまざまなコ

    技術イベントへのポジティブアクション導入のすすめ
  • ヨーロッパでの就活で人種差別を受けた話

    この文章では、人種差別に関する実体験を綴る。もしあなたがこのような話題にトラウマがある場合、無理に読み進める必要はない。 私は20代の日人女性である。先日ヨーロッパのとある国の大学院を卒業し、就職活動を行った。 ヨーロッパには、日のような新卒一括採用システムは存在しない。企業が出している求人広告に応募→書類審査通過の場合のみ企業から直接連絡が来る→面接→採用、というのが基的な流れである(大学のキャリアセンターを通す場合や特殊な業界の場合は異なるパターンもある)。 私は大手就職情報サイトである求人広告を発見した。その求人は私の大学での専攻と非常に親和性が高い内容だった。具体的な仕事内容については言及を控えるが、小さなスタートアップが私の住む都市で事業を展開することになり、プロジェクトをサポートするスタッフを募集する、という感じ。検索すると普通に会社のホームページも出てきたし、活動記録や

    ヨーロッパでの就活で人種差別を受けた話