汽車が大船を離れた頃から、信一郎の心は、段々烈しくなつて行く焦燥(もどか)しさで、満たされてゐた。国府津迄の、まだ五つも六つもある駅毎に、汽車が小刻みに、停車せねばならぬことが、彼の心持を可なり、いら立たせてゐるのであつた。 彼は、一刻も早く静子に、会ひたかつた。そして彼の愛撫に、渇(かつ)ゑてゐる彼女を、思ふさま、いたはつてやりたかつた。 時は六月の初(はじめ)であつた。汽車の線路に添うて、潮のやうに起伏してゐる山や森の緑は、少年のやうな若々しさを失つて、むつとするやうなあくどさで車窓に迫つて来てゐた。たゞ、所々植付けられたばかりの早苗が、軽いほのぼのとした緑を、初夏の風の下に、漂はせてゐるのであつた。 常ならば、箱根から伊豆半島の温泉へ、志ざす人々で、一杯になつてゐる筈の二等室も、春と夏との間の、湯治には半端な時節であるのと、一週間ばかり雨が、降り続いた揚句である為とで、それらしい乗客