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週刊漫画TIMESで人気絶頂大好評連載中の、星野茂樹×石井さだよし「解体屋ゲン」。 今週号は、商店街再生シリーズの続きで、新店舗としてカレー屋が開店する、という話の前編。 あまりにも頼りない脱サラ店主をどうにかする為に、まずは外見から・・・。 オイ。 わかるヤツにゃあわかるんだよ わかるけどさあ。コスプレカレー店・・・。アリじゃねえかこれ。 というのはともかく、今回のモトネタはもちろん、牛次郎×ビッグ錠「包丁人味平」ですね。 現在は絶版になっている、ジャンプコミックス版最終巻23巻での、ビッグ錠のコメントとあとがきが良いんですよ、ということでご紹介。 ちなみに、発行日は1978年6月30日。グルメ・料理漫画で100巻オーバーのもの出てくるなんて想像も付かなかった頃ですね。 カバー折り返しコメント 長い間、ご愛読ありがとうございました。 料理というとてつもない題材にとりくんでしまって、どうし
トップ > 愛知 > 11月23日の記事一覧 > 記事 【愛知】 <なごやオリエンタル物語>(下) カレー離れ、そして回帰 Tweet mixiチェック 2012年11月23日 現在の商品ラインナップを紹介する星野益八郎専務=稲沢市のオリエンタル営業本部で 先駆的な商品と、個性的なCMで業界の先頭を走ったオリエンタル。一九六六(昭和四十一)年には稲沢市に本社工場を移転し、増産態勢が整う。当時の年間売り上げは、二十五億円にも達した。 巻き返しを図る大手メーカーは、大量生産が容易な固形ルウへとかじを切る。食品研究家は固形化に使う硬化油を問題視し、「即席カレーは健康に害がある」と指摘した。粉末にこだわったオリエンタルは安全、とお墨付きを受けた。だが、それゆえ、「逆に固形化に踏み切ることもできなくなった」と山内正雄・研究開発室長(67)は言う。 消費者の間に「即席カレーは固形」との認識が広がると
トップ > 愛知 > 11月21日の記事一覧 > 記事 【愛知】 <なごやオリエンタル物語>(上) 高級な味を家庭料理に Tweet mixiチェック 2012年11月21日 日本初の即席カレーとして売り出された当時のパッケージ=オリエンタル提供 六十七年前の十一月、日本初の本格的な即席カレーが完成した。手掛けたのは名古屋市中村区に本社を置くオリエンタル。宣伝カーを使ったり、個性的なテレビCMを流したり、積極的なPRも成功。小さなメーカーがアイデアと熱意で、カレーが国民食となる道筋をつけた。日本経済が疲弊し、ものづくりの自信が揺らぐいま、同社の歩みから再生のヒントを探る。 (この連載は栗田晃が担当します) 終戦直後の一九四五(昭和二十)年秋、中村区椿町。闇市が立つ街の一角で、日本の食卓を変える研究が進められていた。 当時三十五歳の星野益一郎(ますいちろう)は、妻の好美とともに、小麦粉やカ
気どるな、力強くめしをくえ!「大衆食堂の詩人」といわれた、後期高齢ステージ4癌男、エンテツこと遠藤哲夫のブログ。 前のエントリーに書いた、おれの飲酒の半世紀と反省記である「酒飲みハンセイキ」の1回目、締め切りの24日に仕上げて送った。 調べて書いている最中からおもしろくて夢中になり、めったに出ない集中力、パンツ一丁でも寒さに気づかないほどの集中力で、風邪を引きそうになり、何年かぶりで風邪薬を飲むハメになった。 前にも書いたように、3回に分けての連載で、1回目は60年代70年代だが、いちおう現在まで流れを見通しながら書いた。これは『食品商業』の半年に1回、盆暮れの酒特集に掲載されるもので、販売のプロが読むものだから、単なる酒飲み回顧話や酒飲み自伝で終わるわけにはいかない。 忙しい商売の合間に読むおもしろおかしい飲酒物語でありながら、いまスーパーなどの酒売り場にある酒が、なぜそこにあるのかを、
気どるな、力強くめしをくえ!「大衆食堂の詩人」といわれた、後期高齢ステージ4癌男、エンテツこと遠藤哲夫のブログ。 ちかごろ、丼物の歴史については、汁かけめしや芳飯からの発生や流れを説明するものがふえた。おれも、2007/05/10「5月10日発売『旅の手帖』6月号」に告知した寄稿では、そのように書いているし、本文のほうにも、そのような解説が見受けられた。 このばあい、難点が一つあって、室町期の芳飯については説明があっても、汁かけめしについては欠落しやすいことだ。それは、芳飯は、天皇や高級貴族が食べたもので文献にも明快に書かれているし、なにより権威主義におかされている世間では、天皇や高級貴族が食べていたとなると、通りがよい。だから、「芳飯」は汁かけめしの一種である、みそ汁ぶっかけめしの仲間なのだ、といった説明はないまま、イメージのよい芳飯の話に偏りがちだ。 しかし、それでも、丼物という料理を
ビッグコミックスピリッツ連載の漫画『バンビーノ!』の先週の話にトマトがないの時代のイタリア料理という内容があり、それに関連してその時代の料理としてジャガイモの使用が妥当かどうかが話題になっている。 ・漫画「バンビ〜ノ!」のミスに感じた「料理の定義」の難しさ - バッタもん日記 ・【バンビーノミス疑惑】トマトは料理に使わないけど無いけどじゃがいもは使う時期って無かったっけ? - 情報の海の漂流者 自分がこのトピックで思い出すのは『マリー・アントワネットの料理人』(原作・白川晶、作画・里見桂、集英社)で、主人公の料理人が当時ヨーロッパでは食べられていなかったトマトを使ってスパゲティを作る話だ。 マリー・アントワネットの料理人 2 (ジャンプコミックス デラックス) 作者: 里見桂,白川晶出版社/メーカー: 集英社発売日: 2011/04/04メディア: コミック クリック: 148回この商品を
関連トピックススズキ再現された「安土饗応膳」=19日午前、滋賀県近江八幡市の安土城考古博物館、筋野健太撮影 戦国武将の織田信長が徳川家康に振る舞った料理「安土饗応(きょうおう)膳」を、滋賀県近江八幡市の宿泊施設「休暇村近江八幡」の料理人が再現し、19日披露された。信長は味に不満を持ち、料理を用意した接待役の明智光秀を叱責(しっせき)し、それが2週間後の「本能寺の変」につながったとも伝えられる。 饗応膳は1582(天正10)年、信長が武田勝頼を討った家康を安土城で3日間もてなした際に出したとされる。江戸時代の文献「続群書類従」によると、計4回、約140品が振る舞われたといい、今回は最初に出された「をちつき(落ち着き)膳」を再現。タイの焼き物にホヤのひや汁、アワビの煮物、ハモの串焼き、スズキの汁物、ふなずしなど全国の山海の幸を使った33品が並んだ。 鶴だけはキジで代用し、調味料は塩、酢、
商売柄、台所に立つことは多いが、こんなに深遠な場所であったとは知らなかった。 まず、台所は人間の「外部器官」である、と著者は言う。人間は他の生物を食べて生きているわけだが、そのまま生食できるものを除けば、基本的に切り刻んだり、火を通したりして食べる。すなわち台所は、この工程を担う、人間の体外にある最初の「消化器官」であるととらえるのだ。これは逆に言えば、台所は生態系のもっとも人間社会に近い中継地点ということになる。自然を加工し、その栄養を摂取する最終地点であると同時に、体内から飛び出した人間の器官なのである。 そう考えると、原始時代、火を手に入れた人間が、焚き火で炙って食べる、その火こそが、消化器官としての台所の原型とも言えるだろう。そこから「信仰、畏怖の対象としての台所」という視点が出てくる。ギリシアのオリンポス12神のヘスティア、日本の庚申様など、台所には「竈神」がおり、古代ゲルマンで
本日の日経に次のような社説が掲載されました。 「レバ刺し禁止令」の愚かしさ 食の安全・安心のために、行政が手を尽くすのは当然のことだ。だからといって、こうも短絡的な「禁止令」がまかり通っていいのだろうか。牛の生レバー(肝臓)をめぐる法規制の動きである。 中略 対象は生レバーに飛び火し、腸管出血性大腸菌O(オー)157がレバー内部から検出されたのを受けて一気に全面禁止の方向となった。「レバ刺し」などのメニューが完全に消えることになる。 ただ1つの事業者が引き起こした不祥事を機に「官」による規制が際限なく広がる、典型的なパターンだろう。耐震偽装事件のあと、建築基準法が強化され、業界を萎縮させたのと同じだ。2012/4/4付 日本経済新聞社説 魚拓 どうも、この社説をよむと、記者はレバ刺しをはじめとする肉の生食について、時間をかけて啓発を行ってきた歴史が有るのをご存知無いように思えます。今回は、
「駅弁」というものがある。 駅で売っているお弁当のことで、その土地ならではの食材が使われていたりと、個性があって面白い。 そんな駅弁は50年前にももちろん存在していて、ガイドブックまで出版されていた。ということで、そのガイドブック片手に駅弁を巡る旅に出てみようと思う。
荻原由紀著、パンとアメリカ小麦戦略「べき論」に惑わされないために【前編・後編】と謂う専門誌掲載の記事を読みました。これは技術と普及*1と謂う雑誌の2006年10月号から11号にかけて掲載されたものです。 どらねこがどうしてこの記事を読んだのかと謂うと、過去にとても興味深いと思って紹介した論文の著作者によって書かれたものだからです。いつか読みたいな、と思っていたのですが、入手することが出来たので早速読み進めてみました。前回同様、これも一般の方が目にする機会はまずないだろうと思います。それではあまりにももったいないですから、書評ではあるものの、記事の内容を引用多めに紹介したいと思います。 ■そのまえに パンとアメリカ小麦戦略とはいったいどのようなモノなのでしょうか? 第二次世界大戦後、経済的に疲弊し食料事情も悪化していた日本に、経済的援助をエサに日本の主食を小麦に変えてしまおうと謂うアメリカの
前回に引き続き、『荻原由紀著、パンとアメリカ小麦戦略「べき論」に惑わされないために』を引用しながら、お米離れとアメリカの農業戦略等の関係などを検証していきたいと思います。前回はパン食が広まったことがお米の消費がへってしまった主な原因であると謂う説をデータを見ながら検証すると、どうやら的外れなのかな?そんな感触をつかみました。【後編】ではアメリカの小麦戦略とされるキッチンカー事業など国のパン食普及に向けた取り組みの実態などを検証していきます。今回も引用多めに紹介していこうと思います。果たしてどんな実態であったのでしょうか? ■そもそも伝統って? 日本は『みずほ』の国で、昔からご飯を主食として食べてきた、そのような話をならったり、耳にした記憶のある方もいらっしゃると思いますが、実際はどのようなものであったのでしょう。日本とひとくくりにして語られる事が多いのですが、日本とひとくちに謂ってもは全国
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