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ブックマーク / sportiva.shueisha.co.jp (5)

  • モロッコでも解任されたハリルホジッチに真相を直撃「裏表のある人間は大嫌いだ」。日本代表監督解任劇にも言及

    webスポルティーバサッカーの記事一覧海外サッカー海外サッカーモロッコでも解任されたハリルホジッチに真相を直撃「裏表のある人間は大嫌いだ」。日本代表監督解任劇にも言及 私はヴァヒド・ハリルホジッチのことを選手時代から知っている。扱いにくく、気まぐれで、同時にすばらしい才能の持ち主だった。 ハリルホジッチはモロッコ代表を率い、カタール行きの切符を手にしたものの、またしても大会直前で代表のベンチから追いやられた。多くの人が、ハリルホジッチは解任されるべきではなかったとも言っているが、こうした処遇は何もこれが初めてではない。 2010年にはコートジボワール代表を南アフリカW杯に導き、2018年には日本代表ロシアW杯出場権をもたらしたが、どちらも大会前にクビを切られている。また反対に、自ら突然、監督の職を辞することも一度ならずあった。リールやディナモ・ザグレブでは、チーム幹部との折り合いが悪く

    モロッコでも解任されたハリルホジッチに真相を直撃「裏表のある人間は大嫌いだ」。日本代表監督解任劇にも言及
    urashimasan
    urashimasan 2022/08/24
    「モロッコサッカー協会の幹部が、代表チーム全体の利益よりも選手個人の野心を優先させるということが、私には理解できなかった」/モロッコでも出場権獲得後にスター選手に切られる
  • 現役21年目の我那覇和樹。変わらぬ川崎への想い「感謝しかない」

    ★日サッカーを救った男の現在地 後編 前編はこちら>> JSAA(日スポーツ仲裁機構)での仲裁をJリーグ側が拒んだために、我那覇和樹はスイスに部があるCAS(スポーツ仲裁裁判所)に提訴をするしかなくなってしまった。JSAAは5万円で申し立てができるが、CASは提訴の費用だけでも軽く1000万円を超える。冤罪被害者である我那覇は、経済的にも大きな負担を負うこととなった。 カマタマーレ讃岐と応援してくれるサポーターのために、活躍を誓った我那覇和樹 ここでJリーグの選手会と川崎のサポーターたちが我那覇のために募金に奔走する。選手会は藤田俊哉会長(当時名古屋グランパス)が、サポーターグループは川崎華族の山崎真が中心になり、その輪を広げていった。藤田の提唱にはすべてのチームの選手会が賛同し、山崎たちの行動にはフロンターレ以外のチームのサポーターまでも共鳴し、募金に協力をしてくれた。2連覇をした

    現役21年目の我那覇和樹。変わらぬ川崎への想い「感謝しかない」
    urashimasan
    urashimasan 2019/02/10
    ”Jリーグの鬼武健二チェアマン(当時)はここに及んでも非を認めず、我那覇への処分は撤回したものの、川崎から徴収した制裁金1000万円を返還しない”
  • 07年我那覇和樹を襲った冤罪事件。「言わないと一生後悔する」

    ★日サッカーを救った男の現在地 前編 カマタマーレ讃岐が使用する高松市東部運動公園サッカー場には、2月の寒風がすさぶ中でも熱心なサポーターたちが練習を見学するためにやって来る。若い広報のスタッフはそんな顔が見える度、丁寧にあいさつをする。サポーターとチームスタッフとの距離の近さと信頼が垣間見える。彼がこのチームに来たのはまだ半年前である。サッカー仕事をしたいということで大阪から讃岐にやって来たのだ。選手との初めての顔合わせの際は緊張したが、その中で最も気さくに接してくれたのが、ベテランの我那覇和樹(38歳)だった。 世代的に言えば、代表戦をテレビで観ていた中学生時代、我那覇にはサウジアラビア戦でゴールを決めた男として強烈な印象が今でもある。その華やかなイメージがあったのだが、スタッフやサポーターへの気遣いをいつも忘れない謙虚な態度に感銘を受けたという。 現在はカマタマーレ讃岐に所属し、

    07年我那覇和樹を襲った冤罪事件。「言わないと一生後悔する」
    urashimasan
    urashimasan 2019/02/10
    ”青木治人DC委員長(当時)は、我那覇側にまったくの反論の機会を認めず、最初から処罰ありきの前提でドーピングと宣告。・「いやあ、マスコミが騒いじゃったからさあ」・現場の医師の裁量権を剥奪”
  • オシムが語るハリル解任「腐ったリンゴの排除か、監督交代しかない」

    W杯を直前にしたハリルホジッチ解任劇を、ハリルにとって同郷(ボスニア・ヘルツェゴビナ)の先輩であり、日本代表監督の先輩でもある「彼」はどう見ているのか。イビツァ・オシムはオーストリア第2の都市グラーツにいた。その町の病院で半年に1回、検診を受けなければいけないのだという。「でも安心してほしい。現在の体調はいたって良好だ」というオシムを、旧知のクロアチア人ジャーナリストが直撃した。 2006年から、病に倒れる2007年11月まで、日本代表監督の座にあったイビツァ・オシム氏 photo by YUTAKA/AFLO SPORTS ハリルホジッチの解任以降、多くの人々が私の意見を求めてきた。私のことをよく知っている人であれば、私がこうした他人の問題に首を突っ込む人間でないことは、よく知っていることだろう。 正直、ハリルホジッチと選手、そして日サッカー協会との間で何があったのか、私は知らない。た

    オシムが語るハリル解任「腐ったリンゴの排除か、監督交代しかない」
    urashimasan
    urashimasan 2018/05/10
    文脈から「腐ったリンゴ」は選手のこと。さらに”特にキャリアの終わりに近いベテラン勢・ベンチに座ることを受け入れられない”。
  • 元巨人ドラフト1位・辻内崇伸「8年間の悔恨」を語る

    谷上史朗●文 text by Tanigami Shiro日刊スポーツ●写真 photo by Nikkan sports プロ野球「行く人、来る人」2013 今年もドラフトで育成枠を含めると89人の選手がプロからの指名を受けた。その一方で、かつて「怪物」と呼ばれた男がひっそりユニフォームを脱いだ。8年前の今頃はマスコミの注目を一身に浴び、将来の巨人のエースと嘱望されていた辻内崇伸だ。大阪桐蔭高校時代の3年夏の甲子園で、左腕最速となる156キロを記録。2回戦の藤代(茨城)戦では当時大会タイ記録となる19奪三振をマークした。しかし、高校野球史にその名を刻んだ剛腕のプロ生活は度重なる故障との戦いだった。結局、1度も公式戦の一軍マウンドに上がることなく26歳を前にした今秋、8年間の現役生活にピリオドが打たれた。 一度も一軍のマウンドを経験することなく、8年間のプロ野球生活に別れを告げた辻内崇伸。

    元巨人ドラフト1位・辻内崇伸「8年間の悔恨」を語る
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