当時の警視庁特高課長が自ら描く三・一五、日本共産党大検挙の種々相 初出:文藝春秋臨時増刊『昭和の35大事件』(1955年刊)、原題「赤色戦線大検挙」(解説を読む) 馬場先門を宮城に向って入った直ぐ右側のお堀端に長い廊下でつながれた幾つかのバラックが建ち並でいる。これが大正12年9月1日の関東大震災でやられた直後建てられた警視庁の仮庁舎、特高課労働係の一室、真夏のうだる様な8月中ばの昼さがり、係官の多くは夫々の任務を帯びて視察に出かけ、広い事務室はガランとしている。 「東北地方の子供の出来る温泉で重要会議があった」 次席警部の毛利基君は独り机に向ってかねて日本共産党の再建運動が秘密裡に進められているとの情報を耳にしていたので、その対策に日夜頭を悩まし秘策を練っていた。折しも事務室の片隅にある公衆電話のベルがけたたましく鳴り始めた。やおら立ち上って受話器を耳にすると「毛利警部さんですか。最近東