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anonymousdiaryとacademyに関するmugi-yamaのブックマーク (3)

  • 人文系の一般人がきっつい件

    蓄積された人文系学問の意義を否定したいわけではないけど、社会学部や文学部出身で、研究ではなく就職に進んで、 人的には「大人になりたくないけど折り合いつけて生きてる」みたいな感じの人に、きっつい人が多いなと思う。 おしゃべりだけしてる分には面白い人なんだろうなと思う。ブログやツイッターをフォローするだけなら良いのかも。 ただ「一緒に仕事をしたくない人」とか「一緒に生活をしたくない人」と言うと伝わりやすいかな。 繊細で、問題には敏感に気付くけど、それを解決するのは自分ではない誰かだと、当たり前みたいに思ってる。 「政府」「企業」など強い存在への期待値が高くて、強者に対してなぜだか侮蔑的。侮蔑の理由が曖昧。 「障害者」「貧困層」など弱い存在にやたら肩入れする割に、行動では弱者と関わらず避けてる。 スタイル抜群の若い美女や長身爽やかイケメンなど、身体が魅力的な人を「どうせ中身が無い」と批判。 魅

    人文系の一般人がきっつい件
    mugi-yama
    mugi-yama 2016/05/27
    「人文系」という言葉の雑さはおくとしても、学問と内面てどう関係があるんだ?
  • 非常勤講師は教員ではない問題

    http://d.hatena.ne.jp/saebou/20151221/p1 「非常勤講師」とは雇用契約を結んでいない。1コマいくら、学期単位で委嘱している。たとえばブコメにあるように民間の人に来てもらって講義してもらう場合とか、あと奇妙な話だが内部の教員が務以外の他学部で講義を持つ場合も非常勤講師扱いになっている。単価には幅があるが概して安い。これはターム制導入以前からはっきり言って安すぎるし、ターム制に移行したための負荷の増加というのも正直あまり考慮されていないだろうと思う。脱線するがターム制は前総長時代に秋入学だなんだでさんざんぐだぐだやったあげく妥協の産物として任期ぎりぎりに制定された間に合わせの制度という印象がある(学部によってタームの時期違ったりする)。ただ準備に充分な時間があったとしても非常勤講師の人件費にお金が回ることはなかっただろうなという気もする。国立大学法人の予

    非常勤講師は教員ではない問題
  • 誰がオタクと呼ばれ、誰がオタクを自称したかをオタク史で振り返る

    はじめに90年代後半からオタク論が学術的、サブカル論的に語られ始め、2000年過ぎあたりを境に徐々に下火になっていった。ネットの個人サイトにおいてもオタク史やオタク論をまとめたものはいくつも見つかるが、その多くも2005年前後で語ることをやめている(その意味では『オタク論の死について』(エフヤマダ, 2014)はオタク論の現状に対する貴重な指摘である)。 稿は真のオタクとは何であるかとか、データベース消費や心理学がどうこうといった話には一切言及しない。稿の目的は誰がオタクと呼ばれ、誰がオタクを自称したのか、その変遷を整理することである。 「おたく」の誕生第一回コミケは1975年12月に開催されたが、この時点で彼らはアニメファンやマニアと自称しており、オタクではなかった。もっとも二人称としての「おたく」はそれ以前のSF大会から広く使われており、そうした状況から一部で彼らを「おたく」と揶揄

    誰がオタクと呼ばれ、誰がオタクを自称したかをオタク史で振り返る
    mugi-yama
    mugi-yama 2015/10/28
    論文形式にするんなら申し訳ないなんて言わずに「声優のアイドル化、女性オタク・ゲームオタクなどについては、今後の課題としたい」って書いてほしかった asin:4582851037
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