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心理とコメント欄に関するD_Amonのブックマーク (2)

  • 「どっちもどっち」論は知的怠惰のあらわれ (不定期連載『決まり文句を疑う』) - 村野瀬玲奈の秘書課広報室

    コメントに対するコメントですが…。 日人として当事者、と言われると「いらっ」っと来る私は責任回避型ですか? 多分、補償や外交的場面で反省しろ(ただし歴史認識問題ではなく、他の外交問題)の声と同じに見えてるからなんでしょうけど。 人類として当事者って言うのは責任の質の1つはそう言った属性の物なので、 別に否定はしないんですけどね。 まぁ、ただ、歴史認識問題で集団所属者を攻撃するのがありだと、 朝鮮人(北朝鮮国籍の意味)や韓国人・中国人を攻撃するのも正当化されてしまいます。 (拉致問題や反日暴動による中国在住日商店への暴行) と言っても差別はビザなどの問題もありますし、文化保護も含めれば、 アイヌなどの問題もあって難しい所ですけど。 (例えばアイヌの文化的気質・感性を残そうと言うなら、 やはりアイヌ的な人間で集まる方がいいでしょう。 極例だとオーストリアの方と日が一緒に暮らした場合、車

  • 迷宮彷徨う福耳さん - 思いて学ばざれば

    ここ経由でこの記事を読んだんですけど。 内容の賛否はともかくとして、一介の書きすてブログとはいえ自称学者さんのアイデンティティの自己否定みたいな気の遠くなりそうな論理崩壊を目の当たりにしちゃってくらくら。 だんだんわかってきましたが、(略)あっち(お茶碗を持つ側*1)系の人たちのいくらかは、要は「いまの社会は悪の社会だ」という認定をしている。 「一部の左翼は『いまの社会は悪の社会だ』と認定している」ことが、だんだんわかってきた、ということなので、福耳さんの中でなにか根拠らしきことをいくつかつかんでいて、そこからこのような結論を導き出した、ということだと思うけど。んで、それをこのブログ記事の前提としてなにごとか語ってやろうと。まあ、とりあえずこの「わかったこと」をAと呼ぶことにすっと。 そうすると、議会制民主主義は「大衆という奴隷が奴隷であることに気づかないで操られている」とか平気で言えるし

    迷宮彷徨う福耳さん - 思いて学ばざれば
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