南京事件否定論者はしばしば、なんの根拠もなく(あるいは日露戦争当時のエピソードを根拠に)日本軍の軍紀は極めて厳正だった、と主張する。実のところ、日中戦争当時、軍の上層部が軍紀の弛緩を問題視していたことを示す資料は枚挙にいとまがなく、また一般将兵の私記、回想録などからも軍紀の弛緩ぶりは明らかなのであるが、そうした史料を提示しても満足のゆく返答が返ってきたためしがない。ここでは、第十軍法務部の陣中日誌(37年10月12日から翌2月23日まで分)を参考に、中支那方面軍の軍紀について推定してみよう。とりあげるのは殺人、および強姦である。 『続 現代史資料 6 軍事警察』(みすず書房)の112ページから117頁に掲載された、「被告事件既決/未決一覧表」のうちの既決部分のみを数えると、殺人では29人が、強姦では21人が処分を受けている(2名は罪名が強姦殺人で重複、また同一の事件で複数名が処分を受けてい