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  • 『世界一のクリスマスツリーPROJECT』について僕が考えていたこと - ある広告人の告白(あるいは愚痴かもね)

    僕がこのイベントを知ったのは少し遅くて、Twitterのリツイートで流れてきた例の「冷笑」ツイートを見て、なんか嫌な感じのことをつぶやいているなあ、何があった、と少し不可解かつ不愉快な気持ちになって、それから2、3日後のことでした。リツイートでおぼろげながら例のツイートの理由みたいなものが分かってきて、少し時を遡って調べてみると、通常のしくじりや、Twitterで起こりがちな派手で面白そうなものごとに対する異論反論、嫌儲をベースとした批判等とは違う問題の複雑さが次第に浮かび上がってくるように僕には感じられました。 僕が調べ始めた時には既に所謂「炎上」になっていて、大勢の方々がそれぞれの思いで批判の言葉を投げかけていました。マスコミ等で今も引用され、イベント運営側が批判に対する反論として使われる「木がかわいそう」という言葉は、この初期のツイートを指しているのだと思います。この言葉は「生活のた

    『世界一のクリスマスツリーPROJECT』について僕が考えていたこと - ある広告人の告白(あるいは愚痴かもね)
    yyamaguchi
    yyamaguchi 2018/01/15
    「危機に瀕した人が公共あるいは社会の使命として、その助けを受けるのに、あなたが信じるのは俺かあいつか、と属人的に問いただされ、地域社会が分断される状況をいつまでも続けるわけにはいきません」
  • 大大阪と大阪都 - ある広告人の告白(あるいは愚痴かもね)

    即時性が求められるブログ記事としては出遅れた感もあるし、あまり政治に詳しいわけでもないのでたいしたことは書けないだろうと思っていたのでtwitterでつぶやくだけにしていたけれど、時間が経つにつれ、こういう切り口でならまとまった考察としてブログに書いてもいいかなと思ったし、まわりを見渡すと、こういう切り口で論じているものはあまりないような気もしたので、遅まきながら書くことにした。 率直に言うと、タイミングは逸したけれど、こういう考えがあるということをネットの片隅に記録しておくこともいいかもしれない、何かしらの意義があるのではないか、と思った。明快な意見では決してない。けれども、これまで大阪都構想について言及してきたことや考えてきたことの断片をつなげながら、順を追って、余談を含めて丁寧に記録することで、ひとつの考え方の輪郭を示せるのではないかと考えている。 ●    ● 僕が大阪都構想を考え

    大大阪と大阪都 - ある広告人の告白(あるいは愚痴かもね)
    yyamaguchi
    yyamaguchi 2015/05/31
    「大阪市民には、大阪は単なる日本の地方都市でないという意識、つまり大大阪幻想がある。そして、大大阪における大阪とは大阪市のことである。これが、大阪市民が持つメンタリティの特殊性だ。」
  • 東京糸井重里事務所を退職しました - ある広告人の告白(あるいは愚痴かもね)

    思い起こせば、このブログを書き始めてから4年と3ヶ月になるんですね。その半分以上の時を、東京糸井重里事務所で働きながら過ごしたことになります。 このブログには書きませんでしたが、2年と少し前のある日、このブログを読んでいただいていたという糸井さんからメールをいただきました。それが入社のきっかけです。私にとって糸井重里さんという広告人は、お手でもあり目標でもありました。つまり、特別な存在なのです。これは、決してお世辞でもなんでもなく、正直な気持ちとしてどうしようもなくあるのです。 もしかすると、リアルタイムで広告クリエイターとしての糸井重里さんがつくる広告を追って来た世代は、私の世代で最後かもしれません。それ以降の世代では、文化人としての糸井さん、ほぼ日の糸井さんという感じだろうと思います。このブログでも、糸井さんのことはたくさん書いてきました。代表的なエントリは、きっと「糸井重里さんの重

    東京糸井重里事務所を退職しました - ある広告人の告白(あるいは愚痴かもね)
    yyamaguchi
    yyamaguchi 2012/02/06
    「自分のこれからの人生を考えたとき、やはり、広告人として、様々な会社が持つコミュニケーションの課題に対してソリューションを提供していく仕事をしていきたい。自分ができることは、やはりこれしかないと思う」
  • インターネットをもっと怖がろう - ある広告人の告白(あるいは愚痴かもね)

    ブログをはじめたての頃、投稿ボタンを押すのがすごく怖かったんです。 誰でも閲覧できる場所に自分が書いたものを投げ出すわけですから。はじめて投稿ボタンを押した時はすごく緊張しました。でもまあ、投稿ボタンを押してすぐに、名もなきブログのエントリをひとつ公開したくらいでは誰も見てはくれない、なんてこともわかるんですけどね。 あの頃はまだユーザーの多くに、インターネットはオープンな空間であるという共通認識はあったと思います。無断リンク禁止みたいなことで、特定のブログコミュニティとの揉めごとはあったけれど、オープンであるがゆえの怖さみたいな感覚は、ほとんどの人が持ち合わせていたような気がするんですね。 批判したら反論される。オープンな空間なんだから当たり前の話で、このブログでも過去に何かや誰かを批判する内容のものもありますが、それなりに覚悟を持って、怖い気持ちを乗り越えながら投稿ボタンを押したりして

    インターネットをもっと怖がろう - ある広告人の告白(あるいは愚痴かもね)
    yyamaguchi
    yyamaguchi 2012/02/06
    「インターネットをもっと怖がろう。いろんな事例を見るにつけ、あえてそれくらい言ってもいいのではと思い出してきました。」
  • 2011年5月6日「浜岡原発停止要請」菅直人首相会見について新聞記事を中心にまとめてみました

    5月6日夜、菅直人首相の会見が行われ、中部電力へ浜岡原発の停止を要請。この模様はテレビのニュースでも生中継されました。新聞各社は、会見から7日の朝刊が届くまでの間にも、多くの重要な記事を各社のポータルサイトに即時配信しました。その記事を逐一眺めていて思ったことがありました。 起こった出来事としては、菅直人首相の会見だけです。その後に配信された多くの記事は、このひとつの出来事に対しての、様々な人たちの反応や、これから予測される事態について書かれた記事です。そこに書かれている大部分は、たったひとつの停止要請という事実についての、人々が感じた敬意、賛意、驚き、戸惑いです。 だからこそ、これからの浜岡原発停止措置や原発政策について、それほど原発問題について詳しくない個々人が考えていくうえで、6日夜から7日までに配信された記事は大いに参考になるのではないかと思ったのです。さらに正直に言えば、この問題

    2011年5月6日「浜岡原発停止要請」菅直人首相会見について新聞記事を中心にまとめてみました
    yyamaguchi
    yyamaguchi 2011/05/08
    「これからの浜岡原発停止措置や原発政策について、それほど原発問題について詳しくない個々人が考えていくうえで、6日夜から7日までに配信された記事は大いに参考になるのではないかと思った」
  • ソーシャルメディアとの距離の取り方 - ある広告人の告白(あるいは愚痴かもね)

    これからはネットの時代なんだよ。 そんなふうに語られていた頃は、じつはマスメディアとネットという構図をとりながら、その台詞を口にする人の頭の中では、じつは別の構図が描かれていたんだろうと思います。当は、マス広告とネット広告という構図ではなく、純広告的アプローチと非純広告的アプローチの構図だったりします。純広告ではなく、タイアップ、コラボレーション、口コミなどなどでうまくやれないか、ということだろうな、と。うまくやれないか、という言葉の意味は、安くやれないか、ということなんでしょう。 マス広告とネット広告ということなら、わりと話は簡単で単純。不特定多数に広く伝えたいのなら、Yahoo! JAPANなどの大手ポータルサイトのバナー広告なんかは、もはやマス広告と言ってもいいだろうし、ターゲットセグメントで言えば、雑誌に出稿するのも、セグメントされたサイトに出稿するのも、手法的にはほぼ同じであっ

    ソーシャルメディアとの距離の取り方 - ある広告人の告白(あるいは愚痴かもね)
    yyamaguchi
    yyamaguchi 2010/05/31
    「初期費用は限りなくゼロに近いけれど、そのぶん、じつは敷居は高い。しかも、販促情報の発信だけでは、よほどの人気企業でない限り人気が出ないので、メディア的な価値も持ちにくい」
  • 丁寧な仕事: ある広告人の告白(あるいは愚痴かもね)

    新橋のなんでもない高架下ガードだったりするわけですが、時代的にはきっと古めのもののような気が。この手の建物を見ると、決まってうちの親父はコンクリの窓の角とかアールの部分を手で触って「昔の人はいい仕事をしてるなあ」と言うんですね。親父は水道工事の仕事をしてましたから。 小さな頃からそんな親父の話を、子供心にちょっと恥ずかしいなあと思いながら聞いてきたからなんとなくわかるのですが、この手のコンクリの建造物の場合、まずコンパネで型枠をつくらなくちゃいけなくて、コンパネは既製品がただの板きれだから、窓とか天井の、こういうなめらかなアールをつくるのは型枠をつくるのがすごく面倒。壁の表面にうっすらとコンパネの跡や固定する器具の丸い跡がついているのがわかるから、これは後から塗ったものではなく、所謂コンクリ打ちっぱなし。しかも、コンクリ表面に気泡がないのが見事ですよね。コンクリを練ったり流し込んだりした、

    丁寧な仕事: ある広告人の告白(あるいは愚痴かもね)
    yyamaguchi
    yyamaguchi 2009/08/15
    「しかも、コンクリ表面に気泡がないのが見事ですよね。コンクリを練ったり流し込んだりした、当時の職人さんがすごく丁寧な仕事をした証拠でもあるわけです。」
  • こういうことだと思うんですけどね - ある広告人の告白(あるいは愚痴かもね)

    いい感じのネット広告を「47NEWS」という共同通信や地方新聞各社が運営するニュースサイトで見つけました。小さなテキストバナーです。下の写真の赤枠に囲まれた部分がそれです。 何気なく見ていたときに、ちょっと気になって思わずクリックしてしまいました。で、このテキスト広告をクリックすると、下写真のサイトに行きます。 谷村美月さんという女優さんのサイト「谷村美月 ここです。」です。中身は、あっさりしているけれど中身はきちんとある、わりと誠実なつくりのサイトでした。私は、谷村さんは今まで知りませんでしたので、私個人をターゲットと考えたとき、この小さなテキスト広告は完璧な仕事をしたことになります。 ●    ● 私は、ネット広告のこれからは、こういう小さなテキスト広告の質が高まっていかなければ未来はないだろう、と思っています。このブログでも何度か書いていますが、こういう「ネット広告の路地裏」の質的な

    こういうことだと思うんですけどね - ある広告人の告白(あるいは愚痴かもね)
    yyamaguchi
    yyamaguchi 2009/05/19
    「こういう「ネット広告の路地裏」の質的な向上こそが、ネット広告のこれからの本質的な部分だろうと思います。なぜなら、こういうバナー広告が、ネット広告における「純広」だからです。」
  • トレインチャンネルが少し変わりましたね - ある広告人の告白(あるいは愚痴かもね)

    JR東日の山手線、京浜東北線、中央線などの車内で放映されているデジタルサイネージ放送に、「トレインチャンネル」というものがあります。東京でJRを使って通勤・通学している人は見たことがあるのではないでしょうか。デジタルサイネージと言えば、スーパーや薬局なんかで小さな液晶モニターで情報やテレビCMを流したり、大小含めて様々な取り組みがありますが、この「トレインチャンネル」は、代表的な成功例のひとつではないでしょうか。 現在は、車内の扉上に左右2つの液晶画面があって、一方は放送コンテンツが映し出され、もう一方は、行き先情報や運休情報が流されています。新型車両が導入される前は、今より小さな画面ひとつだけで、放送コンテンツと情報が交互に流される仕組みでした。この「トレインチャンネル」の人気が出たのは、2画面になってからだそうです(参照)。以前、1画面の頃に、この媒体で流す映像広告を作ったことがあり

    トレインチャンネルが少し変わりましたね - ある広告人の告白(あるいは愚痴かもね)
    yyamaguchi
    yyamaguchi 2009/05/04
    「電車の乗客目線で言えば、車内の液晶画面のメインコンテンツは、基本的に、電車に乗っている人に、電車に関する情報をよりよく提供することであって、広告を流すことではないということ」
  • 「新聞折り込みチラシ」の行方 - ある広告人の告白(あるいは愚痴かもね)

    新聞を取らない人は増えてきましたが、新聞折り込みチラシは人気です。広告の話題というと、どうしても派手なマスメディアや新しいネットメディアでの広告になりますが、この新聞折り込みチラシという広告メディアは、この不況下でも効果が衰えてきたという話をあまり聞かない希有なメディアです。 広告メディアとして新聞折り込みチラシを分析してみると、その有用性がよくわかるかと思います。 ターゲットセグメントについては、新聞広告の場合、エリア広告の切り替え版を利用して地域セグメントはできることはできますが、その地域はどうしても広域になりますし、切り替えが細かくできる地域も、東京や大阪などの大都市に限られています。しかし、新聞折り込みチラシは、新聞販売店が広告配信の拠点になるので、かなり細かい地域の設定が可能です。だからこそ、スーパーマーケットが特売に利用するんですよね。 広告の信頼性については、新聞広告にはかな

    「新聞折り込みチラシ」の行方 - ある広告人の告白(あるいは愚痴かもね)
    yyamaguchi
    yyamaguchi 2009/04/23
    「新聞折り込みチラシの本質は、テレビCMや新聞広告と同じ「受動性」にある」
  • ネットで質の高い記事を書くたったひとつの方法 - ある広告人の告白(あるいは愚痴かもね)

    それは、各種マスメディアで活躍する"ジャーナリスト"と"大学生"が、共に取材を行い、記事を制作する、実践的かつ実験的な大学生向けのジャーナリスト育成プログラム「スイッチオンプロジェクト」で学ぶこと。 ま、冗談です。釣りです。でも、結局のところ 日経IT-PLUS「書くことの難しさ ネットの言論はなぜ質が低いか」という記事の「質の低さ」は、そういうふうに読めてしまう記事広告的な部分に起因しているのではないかな、と思いました。この書き方、元記事が言及している意味での「既存のメディア」なら[PR]と小さく表示することになるだろうし、むしろこの元記事自体が、この記事が投げかける問いかけのひとつの事例になってしまっているように思います。 で、当はこういう部分に、ネットも含めた言論というかコンテンツ全体の「質」の問題があり、結局、コンテンツに対する「見返り」の部分をどこに求めるか、ということが問われ

    ネットで質の高い記事を書くたったひとつの方法 - ある広告人の告白(あるいは愚痴かもね)
    yyamaguchi
    yyamaguchi 2009/03/31
    「それは、記事としてはつまらないけれど、そのつまらなさを引き受ける「品」というか、そんな書き手の問題意識が問われてきます。品質と言いますし、質を決めるのは技術よりも、むしろ品でしょう」
  • トラックバックについての私の考え方 - ある広告人の告白(あるいは愚痴かもね)

    前回の「コメントについての私の考え方」に引き続き、トラックバックについて書きます。2007年6月にこのブログを開始し、もうすぐ2年になるので、とりあえず中間報告的な意味合いで、私にとってのトラックバックと、トラックバックを受ける側の気持ちなどを、なるだけ率直にまとめてみます。 トラックバックの受信は、コメントと違って、現在90件。こちらは、かなり大胆に非公開、削除をしています。というのは、大半はスパムトラバだから。それはもうひどいもんですね。ブログを運営している人なら、そうそうと同意していただけると思いますが、削除するのは結構大変です。ただ、最近はココログのフィルタがよくなってきたのか少なくなってきたような気がします。 まあ、コメントに比べると、トラックバックはかなり経験値が高い人が使うものでもあるから、このエントリの意味合いは少し低めかもしれません。経験値が高い人は、トラックバック歓迎と

    トラックバックについての私の考え方 - ある広告人の告白(あるいは愚痴かもね)
    yyamaguchi
    yyamaguchi 2009/03/24
    「1)送信先のエントリの中心課題について書いている記事であること   2)その際に言及している記事のリンクをかならず入れること   3)共感であれ批判であれ送信先の記事の内容が発展すると思えること」
  • 「正論原理主義」という言葉の危うさ - ある広告人の告白(あるいは愚痴かもね)

    村上春樹さんが「文藝春秋」のインタビューで語ったこの言葉、マジックワードになりますね。つまり、どうにでも使えます。キャッチーな言葉だから、まず朝日新聞がこう紹介しました。 他方、「ネット空間にはびこる正論原理主義を怖いと思う」とも語っている。 これだけ読むと、「ネットの正論原理主義」と読める。それを、村上春樹さんが「怖」がっている、とも読める。つまり、「ネットって怖い」とあの世界的作家である村上春樹さんも言っている、と。読んだ人は、きっと「ネットは普通の社会とは違って、怖そうだし、なんか違う論理で動いている世界なんだな。あの村上さんもそう言っているし。そうだよね、ネットって、正論ばっかりなんだよ。」と思うでしょう。というか、そういう意図をやっぱり感じてしまいます。こういう切り取り方は、駄目でしょ。面白くても。実際は、こう。 ネット上では、僕が英語で行ったスピーチを、いろんな人が自分なりの日

    「正論原理主義」という言葉の危うさ - ある広告人の告白(あるいは愚痴かもね)
    yyamaguchi
    yyamaguchi 2009/03/15
    「こういう「正論原理主義」というキャッチーな言葉は、その語られた時点の意味からニュアンスを変えて持論の補強に都合良く使われがちだからです。「コンビニ医療」もそうだったし、「後期高齢者」もそうだった。」
  • 「雑誌廃刊」についての覚え書き - ある広告人の告白(あるいは愚痴かもね)

    大きなところでは「読売ウィークリー」「月刊現代」「論座」「ロードショー」「週刊ヤングサンデー」「Cawaii!」「月刊PLAYBOY」「SEVEN SEAS」「Esquire」など、雑誌休刊・廃刊が相次いでいます。休刊を謳ったものでも、それは雑誌コード保持のためでしょうから、実質廃刊に近いのだろうと思います。 部数減少と広告収入の鈍化が理由として挙げられています。部数減少と広告収入の鈍化は、関連もあるし、その一方では別々の問題であり、それぞれの廃刊が同じ原因であるとはいいにくいのだろうとは思います。それに、雑誌の廃刊数と創刊数は、今だに創刊数が若干上回る状況にあり(今年は下回りそうな気もしますが)、流行や世相に左右されがちな雑誌媒体の新陳代謝、つまりいつもの風景とも言えそうな気もします。 なんとなく思うのは、広告収益が大部分を占める「SEVEN SEAS」型、主な流通経路である街の書店の現

    「雑誌廃刊」についての覚え書き - ある広告人の告白(あるいは愚痴かもね)
    yyamaguchi
    yyamaguchi 2009/03/11
    「休刊を謳ったものでも、それは雑誌コード保持のためでしょうから、実質廃刊に近いのだろう」「金融バブル期に創刊された広告モデル系雑誌と、旧来型の購入経路を前提にしていた書店売り系雑誌が淘汰されている」
  • 村上春樹「僕はなぜエルサレムに行ったのか」を読みました - ある広告人の告白(あるいは愚痴かもね)

    文藝春秋四月号の「独占インタビュー&受賞スピーチ 僕はなぜエルサレムに行ったのか 村上春樹」(参照)をさっそく読みました。やはり、葛藤があったようです。賞を受けることについて、村上春樹さんは、率直に短い言葉で語っています。 受賞を断るのはネガティブなメッセージですが、出向いて授賞式で話すのはポジティブなメッセージです。常にポジティブな方を選びたいというのが、僕の基的な姿勢です。 ネットの日語訳については、こう語っています。 ネット上では、僕が英語でおこなったスピーチを、いろんな人が自分なりの日語に訳してくれたようです。翻訳という作業を通じて、みんなが僕の伝えたかったことを引き取って考えてくれたのは、嬉しいことでした。 朝日新聞で報道された「ネット空間にはびこる正論原理主義」(参照)というのは、あそこだけ抜き取ると、ネット批判のように読めましたが、村上さんは、この正論原理主義を60年代

    村上春樹「僕はなぜエルサレムに行ったのか」を読みました - ある広告人の告白(あるいは愚痴かもね)
    yyamaguchi
    yyamaguchi 2009/03/11
    「ネット上では、僕が英語でおこなったスピーチを、いろんな人が自分なりの日本語に訳してくれたようです。翻訳という作業を通じて、みんなが僕の伝えたかったことを引き取って考えてくれたのは、嬉しいことでした」
  • 村上春樹「エルサレム賞」受賞スピーチ報道は、新聞がネットユーザーから見直される絶好のチャンスだった。 - ある広告人の告白(あるいは愚痴かもね)

    確かに、速報は新聞が速かったけれど、そのスピーチの全貌を日に伝えるのは遅かった。その全貌を日語で伝えたのは、新聞ではなく個人のブログだった。多くのブログで、コメントが書き込まれ、時間が経つにつれ、その翻訳は生き生きとした言葉に変わっていった。それを、一ネットユーザーとして眺めながら、なんとなく久しぶりにネットというのはいいものだと思った。 新聞はチャンスだったと思う。今の日の新聞は、どこもネットでサイトを持っている。なのに、どの新聞も速報とスピーチの部分引用だった。少なくともネットでは注目されていたし、新聞から全文および全訳が出ることを期待しているようだった。いくつかのブログでその日語訳を読みながら、いいスピーチだったと思ったし、いろいろ考えさせられる内容だった。 新聞あるいは通信社は記者を送っているはずで、その内容をライブで知る特権的な立場にあったはず。これだけの内容をライブで聴

    村上春樹「エルサレム賞」受賞スピーチ報道は、新聞がネットユーザーから見直される絶好のチャンスだった。 - ある広告人の告白(あるいは愚痴かもね)
    yyamaguchi
    yyamaguchi 2009/02/25
    「スピーチ全訳、新聞に出たね。速いよな。やっぱりプロは違うよね。そんなふうに見直してもらえる絶好のチャンスだった。」
  • 心の領域 - ある広告人の告白(あるいは愚痴かもね)

    NHK教育の「サイエンスゼロ」のロボット特集再放送を見ていると、ヒューマノイド研究をしている石黒浩阪大教授が、平田オリザさん演出のロボット演劇を紹介しながら興味深いことをおっしゃっていました。 「もし、その状況に応じて精密につくりこまれたロボットを人間が見て、その人間がロボットに心があると確信できるならば、人間が互いの心でコミュニケーションを行っていると私たちは思っているけれど、じつはコミュニケーションを成立させているものは、少なくとも今まで当たり前とされているような心ではないのかもしれない」 ここでスタジオが一瞬凍りついて、その後番組は司会者の「でもアンドロイドは決して心で動いているわけではなくて、それを間違えてしまうと社会が混乱するとは思うんですね。テクノロジーの発展で心の再定義が急がれるのかもしれません」みたいな締めがあって、その話を、石黒さんが何か言いたそうな顔をしながら終わるんで

    心の領域 - ある広告人の告白(あるいは愚痴かもね)
    yyamaguchi
    yyamaguchi 2009/02/25
    「石黒さんは、人間の脳は人間にいちばんのパフォーマンスを発揮するようにできていると考えていて、ゆえに外見を非常に重視する考え方をしていて」
  • 「2008年広告費」雑感 - ある広告人の告白(あるいは愚痴かもね)

    総広告費 6兆6926億円(前年比4.7%減) テレビ  1兆9092億円(同4.4%減) 新聞   8276億円  (同12.5%減) ネット   6983億円  (同16.3%増) 折込   6156億円  (同6.0%減) DM    4427億円  (同2.4%減) 雑誌   4078億円  (同11.1%減) 屋外   3709億円  (同8.2%減) 交通   2495億円  (同3.7%減) ラジオ  1549億円  (同7.3%減) ネット広告費6983億円の内訳 検索連動広告費 1575億円 (同22.9%増) モバイル広告費   913億円 (同47.0%増) マス4媒体広告制作費    3254億円 (同5.2%減) ※内テレビ広告制作費 1959億円 (同3.3%減) ネット広告制作費     1610億円 (同14.0%増) 参考記事:2008年の国内ネット広告費

    「2008年広告費」雑感 - ある広告人の告白(あるいは愚痴かもね)
    yyamaguchi
    yyamaguchi 2009/02/25
    「私は、今後はマスで駄目なことはネットでも駄目になっていく可能性が高いと見ています」「ネットの大部分は、いずれリアルな社会とほぼ同じような感覚になるはずです」
  • 紅白のPerfumeは、「傀儡音楽」さんの言う通りになったなあ。 - ある広告人の告白(あるいは愚痴かもね)

    大晦日のPerfume紅白出演の件。ネットでは「口パク」関連で盛り上がりましたね。もっとも、はてな界隈中心に、という感じでしたが。 Perfumeは口パクのままでいいのか – TAKUYAONLINE Perfumeとヴォコーダー - 論理哲学論評 Perfume は口パクでいいんじゃね? - 鰤端末鉄野菜 Brittys Wake 「ジェニーはご機嫌ななめ」が盛り上がるのは“生歌だから”なの? - 想像力はベッドルームと路上から Perfume 「生歌」コレクション - はてなテレビの土踏まず そいう意味では、なんだかんだ言っても、やっぱり紅白ってすごいもんだなと思いました。Perfumeテレビ出演は今にはじまったことでもないし、昨年11月には武道館ライブもあったし、盛り上がるところはそれこそたくさんあったのに、この時期っていうところにすごく感慨がありました。 それと、これらのエント

    紅白のPerfumeは、「傀儡音楽」さんの言う通りになったなあ。 - ある広告人の告白(あるいは愚痴かもね)
    yyamaguchi
    yyamaguchi 2009/01/04
    「やっぱりPerfumeって、人が熱く語りたくなる何かがありますよね。現代性っていうか、そんな感じの魅力があるような気がします」そんなあなたに1/16深夜のこんな番組も→http://natalie.mu/news/show/id/12078
  • 成果主義考 - ある広告人の告白(あるいは愚痴かもね)

    成果主義という考え方は、「それ俺がやりました」ということを組織が報酬と賞賛で正当に評価していこうということだと理解しています。また、ここで言う成果主義は、正確に言えば、成果主義の一般従業員への適用のことです。 よく言われることですが、日の組織の場合、多くは「それ俺がやりました」は正当には理解されず、むしろ「でも、みんなでやったことでしょ」というふうに理解することが求められすぎて、そのために「それ、ほんとは俺がやったのに」というふうに、当の貢献者の心の中に不満を蓄積させていき、その組織で自己の能力を発揮するモチベーションを削いできました。そのことが、多くの会社で成果主義が歓迎されてきた表向きの理由になっているのだと思います。 そこには、優秀な人材の流出を防いでいくことや、低成長により原資そのものが、従業員に均等に配分しにくくなったことなど、様々な動機があるでしょう。どちらにしても、ここ数

    成果主義考 - ある広告人の告白(あるいは愚痴かもね)
    yyamaguchi
    yyamaguchi 2008/12/12
    「成果主義の一般従業員への適用がもたらした最大の罪は、評価をめぐる身も蓋もない立ち振る舞い、つまり嘘も含めて言ったもん勝ちという立ち振る舞いを一般従業員に強いてしまったこと」