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き企業経営とと倒産に関するmidnightseminarのブックマーク (2)

  • スカイマーク西久保氏は、どこで間違えたか

    独立系エアライン、最後の牙城がついに力尽きた――。国内航空3位のスカイマークは1月28日、東京地裁に民事再生法の適用を申請した。負債総額は約710億円に上る。 スカイマークはLCC(格安航空会社)との競争激化や円安進行に伴うコスト増、さらにはエアバスから購入する予定だった超大型旅客機「A380」の代金支払いをめぐるトラブルなどにより、現預金が2014年9月末に45億円まで枯渇(2014年3月末は70億円)。資金繰りに窮していた。 最近では全日空輸(ANA)や日航空(JAL)との共同運航を前提に増資によって事態打開を図るとの観測もあったが、最終的には自力での再建を断念。投資会社インテグラルの支援を得て再生を目指すことになった。 同日、西久保愼一社長は辞任。後任には取締役だった有森正和氏が就き、取締役会長だった井手隆司氏が代表取締役会長に復帰した。 航空自由化を象徴する第3極として1996

    スカイマーク西久保氏は、どこで間違えたか
  • 「稲盛さんがいなくなってもJALは大丈夫です」:日経ビジネスオンライン

    2010年1月の会社更生法適用申請から2年半あまり。日航空は東京証券取引所に再上場を果たした。経営再建に当初から携わり、パイロット出身として初めて社長に就くことになった植木義晴氏に、破綻から再建に至る道のりを改めて振り返ってもらう。今回はその前編。 2010年に日航空(JAL)が経営破綻した時、植木社長はまだ操縦桿を握っていたと聞きます。 植木:もちろんです。それが私の業ですから。当時は、(グループ会社の)ジェイエアに在籍していて、肩書きとしては副社長でした。もちろん機長としても乗務していましたし、それだけに飽き足らず、教官職などの色々な資格を取って、楽しませていただいていた。活躍をしていたんです(笑)。 僕は35年間飛んできましたが、機長になった時に、「さて、これから先、自分は何をするのかな」とふと思った瞬間があったんです。10代の頃から、目標はパイロットになること、機長になること

    「稲盛さんがいなくなってもJALは大丈夫です」:日経ビジネスオンライン
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