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て哲学に関するmidnightseminarのブックマーク (41)

  • 哲学者の中村雄二郎さん死去 「共通感覚論」「術語集」:朝日新聞デジタル

    著書「共通感覚論」「術語集」など幅広い分野での独自の論考で知られる哲学者で、明治大名誉教授の中村雄二郎(なかむら・ゆうじろう)さんが、老衰で26日に死去したと、所属していた明治大が発表した。91歳だった。葬儀は近親者で営んだ。後日しのぶ会を開く予定。 東京生まれ。東大文学部を卒業し、文化放送を経て明大教授などを歴任した。パスカルやデカルトを中心としたフランス哲学を出発点とし、60年代には人間の生の根源である情念に注目した論考を発表。70年代以降は、人間の認識のあり方を根源的に考え直す共通感覚論やトポス(場所)論などを展開した。 生きた学問としての哲学を重視し、科学技術や生命倫理、21世紀の戦争やテロなどのテーマに積極的に発言した。 演劇好きで知られ、劇評も手掛けるなど、従来の「哲学者」のイメージを超える活動で知識人らに大きな影響を与えた。著作の一部は中国台湾でも翻訳出版された。 おもな著

    哲学者の中村雄二郎さん死去 「共通感覚論」「術語集」:朝日新聞デジタル
    midnightseminar
    midnightseminar 2017/09/03
    最近はどうか知らんけど、大学入試の現代文の試験問題にすごい頻度で採用されてたよな。
  • ウィトゲンシュタインの似顔絵イラスト

    あいまい検索(英語検索) あいまいな日語で(英語でも)検索できます。上手く動くか分からないのでお試しです。 検索の仕方については「検索のコツ」をご覧ください。 AIを使っていらすとや風の画像が生成できるサービスです。 Eテレのショートアニメです。 いらすとやが更新されたらお知らせするツイッターアカウントです。 いらすとやLINEスタンプに関する情報をお知らせするLINEアカウントです。

    ウィトゲンシュタインの似顔絵イラスト
    midnightseminar
    midnightseminar 2016/11/07
    ムーアにぶち切れるウィトゲンシュタインとポッパーとケンカするウィトゲンシュタインが欲しいと思ったが、表情はいつも同じな気もする。
  • 決定論と自由意志

    人間にとって〈自由〉が何を意味するかは、真摯な哲学者の頭を悩まし続ける永遠のテーマだろう。論文は、現代の科学的知見に立脚した科学哲学の支店から、この「古くて新しい」問題を新手目手考え直そうとする試みである。 日常的な用語法の下で、〈自由〉という概念は、(さまざまな規制や因習から逸脱している、あるいは、他の類似した行為との間に差をつける根拠がないなどの理由で)社会的にサポートされていない行為を正当化する際に--いわく「こうしたことをするのは私の自由だ」として--採用されるケースが多い。このような文脈では〈自由〉は行為の局面に限定された社会的な権利を意味しており、哲学よりはむしろ社会学の枠内で論じられるべき概念だろう。しかし、たとえ客観的な議論の対象となるのが外面的な行為(ないしこれと密接に結びついた意志的思考)に限られるとしても、その背後に自律的な決定能力としての精神の〈自由〉が前提されて

  • 幸福感の操作と人間の尊厳: 生命の哲学の構築に向けて(4)

    『人間科学:大阪府立大学紀要』7 2012年2月 93~108頁 幸福感の操作と人間の尊厳 生命の哲学の構築に向けて(4) 森岡正博 *印刷バージョンと同一のものをPDFでダウンロードできます。引用するときにはかならずPDF版をご参照ください。 → PDFダウンロード 1 はじめに 幸福は人生の最大の目標のひとつであると考えられてきた。しかし近年の科学技術の発達によって、幸福が人間の脳のはたらきと密接に関連している可能性が見えてきた。もし脳操作によって幸福を巧妙にコントロールすることができるようになったらどうだろうか(1)。私たちは脳操作によって得られた幸福を、真の幸福だとみなすことができるだろうか。論文では、幸福感の操作について考察を行ない、「幸福」と「人間の尊厳」の関係を明らかにしていきたい。 先に進む前に、幸福の概念について簡単に整理しておこう。哲学者たちは幸福を「主観的幸福」と「

  • アリストテレスの墓を発見か ギリシャ

    (CNN) ギリシャ北東部にある古代都市スタギラの遺跡で、古代ギリシャの哲学者アリストテレスのものとみられる墓が発見されたことが28日までに分かった。 墓を発見したと主張しているのはギリシャ人考古学者のコンスタンティノス・シスマニディス氏。1990年からスタギラの遺跡を発掘調査し、2400年前に作られたこの墓がアリストテレスのものだと裏付ける強力な証拠を入手したとしている。 墓はギリシャ北部テッサロニキの東約64キロの地点にある。同氏はこの墓が紀元前332年に死んだアリストテレスを悼んで建てられたものだと指摘。古代都市アゴラの中心にあり、急ピッチで建設されたという。墓の床は大理石で覆われ、内部には祭壇もあったが、中世に行われた塔の建設で多くの考古学的な資料が失われたとしている。 これまで得られた考古学的なデータは歴史資料と整合性が取れているという。 シスマニディス氏によれば、アリストテレス

    アリストテレスの墓を発見か ギリシャ
    midnightseminar
    midnightseminar 2016/05/29
    エウリポス海峡で観察してた潮の流れが理解できず「エウリポスよ私を飲み込め。私はお前を理解できない」と叫びながら身投げして死んだことになってるから、骨とかはないんだよねたぶん
  • 「おける論文」、「横のものを縦に研究」への批判について - 昆虫亀

    「自分で一から考える」型の研究を称揚し、「おける論文」「横のものを縦に」系の研究をけなす論調は、人文系の研究ではたびたび見られるし、「反省的に思考する」作業を重視する哲学分野では、数ヶ月に一度聞く話。 これモチベーションはわからなくもない*1し、自分で考えることそれ自体には重要な意味があると思うのだが、こういう話を聞くにつれ、いつも「一般向けの哲学カフェはさておき、専門家なら先行研究をふまえて議論しましょうね。そうしないと学術的に無駄が多いよ」という論点でオチが着く。ここまでだと大して面白くない話。 ただ最近は、「日の」「今の若手」研究者に向って「自分で考える研究のほうがすばらしい」と説教することの害については、一度(というか大事なことなので繰り返し)明示しておいたほうがいいかな、と思うので、ブログ書いときます。 1.まず「日の」という部分について。非西洋言語圏の中で、西洋文化の議論を

    「おける論文」、「横のものを縦に研究」への批判について - 昆虫亀
  • A.J.グレマス『構造意味論―方法の探求』田島宏ほか訳,紀伊國屋書店,1988. - Partout et nulle part

    科学的意味論の諸条件 1.意味論の状況 言語学は厳密に形式化された学問であり、1950年代のフランスにおいて特権的な地位が与えられた。しかしその結果、 言語学の「陳腐化」。言語学の用語や方法の歪曲が起こる。 メルロ=ポンティ、レヴィ=ストロースetc…による認識論的[épistemologique]な探究へ転用された。しかし、この認識論的なモデルと各領域における適用可能性のあいだをつなぐ、方法論的な触媒[catalyseur]がなかった。 多くの要求に取り囲まれながらも、言語学は意味論的研究に対してためらい、敵対的な姿勢をとった。その理由は、 意味論がひとつの均質的な対象をもっているのか、その対象が構造分析に適しているのか、すなわち、意味論を言語学のひとつの領域とみなすことができるかどうかを考えなければならなかったから。=意味論に固有の方法、その対象の構成単位を規定する困難さ。 行動心理学

    A.J.グレマス『構造意味論―方法の探求』田島宏ほか訳,紀伊國屋書店,1988. - Partout et nulle part
  • アインシュタインに言ってたことについて理系の人に聞きたい

    先日、重力波の観測についての報道でアインシュタインの言葉が引用されていた。 アインシュタイン「過去・現在・未来という考え方は幻想にすぎない」 俺は典型的な文系脳で大学で仏教哲学の勉強をしてるんだが、 このセリフを目にして鼻水が飛び出るほど驚いた。 これ、仏教哲学の考えと全く一緒だよ!!! 更にちょっと調べてみたら、現代物理学では質的に時間は存在しないとか、 脳科学でも自由意志は存在しないかも、っていう流れになっているらしいじゃない。 ちょwww現代科学wwwwww悟りの境地に達してる奴wwwwwwww で、不思議に思ったのは、現代物理学を研究する学生や先生方は、 こうしたアインシュタインの考えを当たり前のものとして毎日を生きてるの?ってこと。 アドヴァイタ(非二元)の指導者もびっくりな悟りの世界を生きてるの? 言い換えると、現代科学は人間の外側を探求し続けた結果として、 ブッダが自分の内

    アインシュタインに言ってたことについて理系の人に聞きたい
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    midnightseminar 2016/02/16
    アリストテレスからハイデガーに至る存在論が、そもそも「存在する」とはどういうことかから問うていることを考えると、「本質的に時間は存在しない」「自由意志は存在しないかも」とか安易に言ってしまう時点で甘い
  • ポール・リクール「解釈学的論理学?」(1981年)[1/2] - un coin quelconque de ce qui est

    [以下は Paul Ricœur, «Logique herméneutique?», dans: Écrits et conférences 2. Herméneutique, Paris (Seuil) 2010, p.123-196 の下訳。ガダマーによる展開、批判理論やウィトゲンシュタインとの関係など、ハイデガー以後の解釈学の動向を総決算する内容となっている。 付されている注のほとんどは編集者の注であるが、リクール自身による原注と一緒にナンバリングされているので判別しづらい。そのため原注には注の頭に(NdA)と略記し一目でわかるようにした。またリクールの原注に挿入された[ ]の解説のうち、(NdE)の表記があるものも編集者によるものであり、それ以外の、(NdE)の表記のない挿入は訳者の解説である。またドイツ語の重要文献にかんする編集者の注にはフランス語の訳書のページ数が示されている

    ポール・リクール「解釈学的論理学?」(1981年)[1/2] - un coin quelconque de ce qui est
  • 哲学の勉強の仕方。その1。 - On bullshit

    目次 ●哲学を学ぶのが難しいワケ ①言語の問題 ②文章の問題 ③基準の問題 ●日語の哲学が難しくなった背景 ●①②③に対する返答 ●まずは哲学史を ●最後に ●哲学を学ぶのが難しいワケ なんだこれ……?となるのが日語で学ぶ哲学ですよね。 ①言語の問題。 知らずに突っ込むとト・アペイロンとかア・プリオリとかが説明なしでズバズバ出てくる。 ②文章の問題。 日語なのに一体何を言っているのかわからない。一回読んでもわからないアレ。 ③基準の問題。 哲学史として理解するのか、世界史として理解するのかで表現は変わってくる。あるいは時代、主要な論争テーマといった切り口がある。 その理解がなく、哲学者あるいは哲学思想に対して断片的にそのまま読み進めてしまう。 ●日語の哲学が難しくなった背景 ・かつて日の哲学は海外の言葉をそのまま使いこなすことがカッコいいという風潮があったらしく、そのまま言葉が流

    哲学の勉強の仕方。その1。 - On bullshit
    midnightseminar
    midnightseminar 2015/12/15
    「難しい言葉を使うことによって、権威などを高める」ってのは実際そんなにないと思うけどな。漢語で厳密な表現をしたくなる気持ちはわかる。
  • Abstract and concrete - Wikipedia

    "Abstract entity" redirects here. For conceptual abstraction, see abstraction. For the album by Kiana, see Abstract Entity. In metaphysics, the distinction between abstract and concrete refers to a divide between two types of entities. Many philosophers hold that this difference has fundamental metaphysical significance. Examples of concrete objects include plants, human beings and planets while t

    midnightseminar
    midnightseminar 2015/10/18
    "an object is abstract if it lacks any causal powers"
  • [PDF]幸福に関する主観説と客観説

  • 「型」の定義に挑む | POSTD

    科学はその方法論上のイメージよりもはるかに”ぞんざい”かつ”非合理的”なものである。 Paul Feyerabend著『Against Method(方法への挑戦)』(1975年) プログラミング言語は魅力的な分野です。それは、計算機科学(と論理)を 社会学や人間とコンピュータの相互作用 、科学的に定量化できない直感や嗜好、そして(良くも悪くも)政治などを含む分野と結び付けてくれるからです。 プログラミング言語を話題にする場合、たいてい何らかの客観的な真実を追求する科学的議論になってしまいます。科学は完璧のオーラに包まれているため、科学的質の核心部だけに集中し、他の部分を無視するのが正しいプログラミング言語の考え方だと単純に思ってしまうのも無理ありません。 しかし、これではプログラミング言語を面白くしている多くのものが除外されてしまいます。この隙間を埋める1つの方法は、科学の哲学に目を向

    「型」の定義に挑む | POSTD
  • なるほどわからん。頭がカオス化する、気の遠くなるような10のパラドックス(論理的矛盾)の世界 : カラパイア

    パラドックスとはある前提に対して、全く違う(しかしどちらも誤りではない)方向性から、お互いに矛盾し合うが、どちらも正しく思える結論を導き出してしまう現象の事だ。 過去数十年にわたり、パラドックスは哲学の分野で大きく注目されている。ここでは世界的に有名な10のパラドックスを紹介しよう。

    なるほどわからん。頭がカオス化する、気の遠くなるような10のパラドックス(論理的矛盾)の世界 : カラパイア
  • 「0.999999・・・ってさあ」

    「0.999999・・・ってさあ」 数Aの教科書をじっと眺めていた彼が、振り向いて言った。 「ん、何」 「1 じゃねーだろ」 「1 だよ」 「なんで」 休み時間は残り5 分を切っている。次の授業はヤマケンの英語だった。そろそろ単語テストの "仕込み" をはじめたい。 「だってほら、教科書にそう書いてある」 僕は教科書をひったくって読み上げた。1 を3 で割ると、0.333・・・。それを3 倍すると、0.999・・・。でも、この0.999・・・は1 を3 で割って3 倍しただけだから、結局は最初と同じ、1 に戻る。キューキューキューと連呼する自分がバカみたいに思えた。 「でもさあ」 「ん、何」 「キューキューキューってことはさあ、どこまで行ってもキューが出てくるんだろ?それってキューだから、イチとは違うじゃん」 彼もキューキューと鳴いた。休み時間は残り少ない。 「でも教科書にそう書いてある」

    「0.999999・・・ってさあ」
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    midnightseminar 2014/12/26
    野矢茂樹がまさに『無限論の教室』という本の中で、無限てのは何かを繰り返す「ルール」だと思うべきで、繰り返しの結果を実体(この場合は1という数値)として捉えようとするから混乱が起きるのだと言ってた
  • <私>の存在の比類なさと一神教

    永井均 @hitoshinagai1 中田考氏によれば、私は「一神教の真の意味を理解している数少ない日人」であるそうだ。そもそも一神教の信者でもないのに? 不思議な評価だが、ほかならぬ中田氏にこのように褒められると、なんだかちょっと嬉しい。『イスラームのロジック―アッラーフから原理主義まで』 (選書メチエ)も参照。 2014-10-11 22:50:58 中田考 @HASSANKONAKATA @hitoshinagai1 」(永井均『<私>の存在の比類なさ』57頁) <私>とは唯一者であり、「最も重要な意味において隣人をもたない」もののこ とであった。「他の<私>とは、だから、矛盾表現であり、他の<私>の存在と は、一個のパラグックスでしかありえないはずなのである。 2014-10-12 18:46:55

    <私>の存在の比類なさと一神教
  • 47NEWS(よんななニュース)

    ニューヨークで示した核兵器廃絶への覚悟「アメリカで証言できれば世界を変えられる」 平均年齢85歳、核禁止条約会議で語った被爆者の言葉は日米の若者の心を揺り動かした

    47NEWS(よんななニュース)
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    midnightseminar 2014/08/17
    木田元が亡くなったのか。ハイデガー研究の第一人者というのはいいのだが、数年前に亡くなった渡邊二郎も忘れてはならない。
  • 名著『思考する機械 コンピュータ』

    コンピュータの原理から、思考するコンピュータへの可能性まで、わずか250頁に圧縮されている。古いのに古びない名著。 コンピュータの技術はあっという間に陳腐化するが、書は無縁だ。なぜなら、これはコンピュータサイエンスの原理や概念を取り上げ、なぜそのような概念が必要なのかを解き明かすから。著者は、コンピュータの質を、誰でも分かる言葉で書きたかったのだ。コンピュータを構成する物質―――トランジスタやシリコンチップといったテクノロジーが時代遅れになり、他の物質に置き代わったとしても、そのまま正しい考察として通用する原則を書きたかったのだ。 書は、コンピュータの基礎から始め、チューリングマシンや状態遷移、論理演算やアルゴリズム、並列処理、量子コンピュータから人工知能まで、一気通貫に駆け抜ける。子どもの頃に棒と糸でコンピュータを作った話や、講演会で「ドアにコンピュータが付く時代になるんだって!?

    名著『思考する機械 コンピュータ』
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    midnightseminar 2014/07/26
    “そのゆらぎはランダムネスか?違う。なぜなら、そのゆらぎを指摘されたとき、人は説明しようとするから。この自己正当化は、AIはプログラムされた真似以上のことは、できない”
  • 自動運転は運転手1人を救うために道行く2人を殺すべきか、否か

    自動運転は運転手1人を救うために道行く2人を殺すべきか、否か2014.05.23 07:00 そうこ 人の命は平等なのか? 平等ならば数で判断すべきなのか? ここにボタンがあります。あなただけが押すことができるボタンです。前からトラックが猛スピードで歩道に突っ込もうとしています。歩道には歩いてる人が5人。このまま行けば、トラックが突っ込んで5人は死んでしまいます。あなたが、このボタンを押せば、トラックの向きをかえて歩道の5人を救うことができます。しかし、トラックは向きを変えるだけなので、また別の歩道に突っ込みそこにいる別の2人が死んでしまいます。5人を救うためならば、2人の犠牲はしょうがない。あなたはボタンを押しますか? 100人の命を救うのならば、1人の犠牲はやむを得ない。果たして、そんな簡単に割り切ることができるでしょうか。その1人があなたの母親や子どもや恋人だとしても、同じことが言え

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    midnightseminar 2014/05/24
    マイケル・サンデルに聞けよ
  • 価値判断は事実判断に先立つ : 池田信夫 blog

    2014年03月19日09:34 カテゴリ 価値判断は事実判断に先立つ きのうの言論アリーナでは「STAP細胞は捏造なのか」という問題を1時間かけて徹底的に議論した。過失と仮定すると、ありそうにない偶然や重過失が何度も重なったと考えないと説明できないが、もともと存在しないSTAP細胞のデータを小保方氏が捏造したと考えると、すべての疑問が簡単に解決する。 しかし今度は「なぜそんな嘘をついたのか」という疑問が出てくる。これは最初の疑問とはまったく別で、自明ではない。彼女は「コピペをやってはいけないと思っていなかった」と理研は説明した。普通の研究者にとっては過失と捏造の間には決定的な差があるが、それはなぜだろうか。 ヒューム以降の近代哲学では、道徳を道具的合理性で考える。嘘をつくと社会が混乱するので、嘘つきは社会から排除される。道徳は社会秩序を維持する手段であり、人々の黙約(conventio

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