タグ

生き方に関するkitoneのブックマーク (34)

  • COUNTERまわりのメモ(その2) - klarer-himmel13's diary

    ここのところずっと、COUNTERの話ばかり。というのも、利用統計について調査したことが仕事を呼んできてくれて、結果的にCOUNTERとかJUSPのウォッチャーになっている気がする。自分のところのリポジトリに実装したいなぁ… ●新しい教材の追加(全体) COUNTER Code of Practice Release 5 https://www.slideshare.net/LorraineEstelle/counter-code-of-practice-release-5 ざっと見た限り、これまでの経過をまとめてある。 ●テーマに特化した教材の追加 COUNTER Foundation Class 1: Metric Types: https://www.youtube.com/watch?v=l9LS5KizhYI&t=16s Counter Foundation Class 2: R

    COUNTERまわりのメモ(その2) - klarer-himmel13's diary
    kitone
    kitone 2018/11/26
    良いですね。頼もしい。“利用統計について調査したことが仕事を呼んできてくれて、結果的にCOUNTERとかJUSPのウォッチャーになっている気がする”
  • 4年前、おれがSIerの片隅で、何者でもなかった頃 - たごもりすメモ

    今からちょうど4年前の2010年2月、某巨大SIerの片隅でExcelPowerPointばかりを眺めて過ごしていた頃、おれは仕事でも仕事以外でもコードなんかまったく書いていなかったし、GitHubのアカウントも持ってなかった。毎日見積書とWBSと納品書と請求書と、Excel方眼紙の詳細設計書と格闘してた。 当時おれは30歳だった。一度はプログラマとして生きるのは自分には無理だと思って入社したSIerで数年やってて、そこそこ成功した数年を送っているとは思っていたけど、でもやっぱり、そんな毎日に飽きていた。 技術力を重視とか言いながらプロパー社員にコードを書かせようとしない会社の方針にも、svnもgitも閉じられててガチガチに監視されたネットワークに繋がせておいてオープンソースがどうのと言う文化にも、手順や履歴を重視とか言いながらロクにバージョン管理システムを使おうとしない一部の同僚にも、

    4年前、おれがSIerの片隅で、何者でもなかった頃 - たごもりすメモ
  • 歴史家をめざす学生がwebメディアを始めた理由 - 歴史家をめざす学生のブログ

    2013-12-13 歴史家をめざす学生がwebメディアを始めた理由 essay すでにご承知の方も多いと思いますが、9月末に「The New Classic」なるwebメディアをリリースしました。東大や早稲田に所属する人文系の大学院生が中心となって運営しているニュースサイトで、現在は主に一歩深い視点によるニュース解説記事をメインコンテンツとして掲載しています。The New Classicはリリース直後からtwitterを中心に大きな反響をいただきました。googleニュースやBLOGOS、The Huffington Post日版など多方面へコンテンツ提供を行っており、現在も着実に成長を続けています。 「The New Classic」が生まれるまで The New Classicのwebサイトそのものをリリースしたのは今年の9月ですが、webメディアを作ろうという計画はもっと早い

    kitone
    kitone 2014/01/04
    すばらしい
  • 30代独身女性のキャリアの考え方って難しい

    独身で、今年32歳になるんだけど、今後のキャリアをどうしていいか悩んでる。 そこそこ大きい会社で正社員として8年やってきたけど、行き詰まりを感じていて転職を検討してる。 ただ、結婚出産したい気持ちもあるので、残るか転職するかすごく迷う。 残るメリット 産休・育休制度がしっかりあり、復帰後の短時間勤務制度もある(もちろんやりがいは下がる)正社員なので、女性にしては年収は高い方。仮に独身のまま定年になっても生きていけるリストラの可能性はかなり低い(公務員に近い)残るデメリット 異動により、経験業務に一貫性がなく、それは今後も続きそうなので、今後転職しづらくなる業界自体は縮小気味で、給与の伸びは期待できない会社で花形の業務はかなり長時間拘束されるので、出産を前提とするなら出世はあきらめないといけない転職チャレンジするなら、今しかないとも思う。 ただ、残るメリットのところにも書いたけど、今と同じレ

    30代独身女性のキャリアの考え方って難しい
    kitone
    kitone 2013/09/21
    “異動により、経験業務に一貫性がなく、それは今後も続きそうなので、今後転職しづらくなる”
  • think locally, code globally - dchud's code4lib japan 2013 talk

    think locally, code globally - dchud's code4lib japan 2013 talk

    think locally, code globally - dchud's code4lib japan 2013 talk
  • 図書館総合展インタビュー後記 - しぶろぐ(努力の上に花が咲く)

    今回、図書館総合展運営協力委員*1や過去の図書館総合展との関わりもあって、図書館総合展サイトにインタビュー記事を載せていただきました。インタビューや編集いただいた赤山さんには当に感謝しております。 8/28 【事務局便り】 インタビュー 澁田勝さん 獨協大学図書館 インタビューでお答えした内容の背景や補足を編集後記ならぬインタビュー後記として、また自分自身と図書館総合展の関わりについて、この数年を振り返ってみたいと思います。 2002~2009 就職したのが2002年なので図書館総合展にはちょうど10年ぐらい参加する機会があったということになります。毎年参加はしていませんが、業務出張として何度か参加していました。振り返ると著作権に関するフォーラムばっかりに参加していたようで、当時はブースはいきあたりばったりで回っていました。 転機は、2008年のLifo*2への参加です。それまでは、積極

    図書館総合展インタビュー後記 - しぶろぐ(努力の上に花が咲く)
    kitone
    kitone 2013/08/31
    転機はLifo,か.自分に転機とかあっただろうか……(遠い目
  • E1459 – DSpaceコミッター就任の鈴木敬二さんにインタビュー

    DSpaceコミッター就任の鈴木敬二さんにインタビュー 元大学図書館員の鈴木敬二氏が,リポジトリ用ソフトDSpace(CA1527,CA1639,CA1690参照)のコミッターとしてそのメンバーに加わった。ご就任を記念して,そのキャリアパスを中心に鈴木氏にお話しを伺った。 これまでのDSpaceとの関わりについてお聞かせください。 2004年の初め頃からオープンアクセスや機関リポジトリ関係の翻訳をやらせていただけるようになり,その中にあったDSpaceの技術資料の内容を確認するためにインストールしたのが始まりです。バージョン1.1.1の頃です。DSpaceコミュニティへは,バージョン1.3で導入された国際化メッセージファイルの翻訳を提供したり,日語対応の過程で見つけたバグを報告したりしていました。新たな機能も開発していましたが,日の環境に特有で汎用性がないため,あえて提供はしていません

    E1459 – DSpaceコミッター就任の鈴木敬二さんにインタビュー
    kitone
    kitone 2013/08/08
    「システムライブラリアンの存在は不可欠だと思うのですが,早々に不要だと判断して育成しなかった日本の大学図書館界には残念ながら失望しています」
  • DSpaceコミッターチームの新メンバーに鈴木敬二氏

    2013年6月24日、DSpace Committers Groupが、鈴木敬二氏がDSpaceコミッター(DSpace committer)に加わったことを公表しています。公表の記事では、DSpaceの日語対応など鈴木氏のDSpaceへの貢献や、現在独立コンサルタントであり、過去には大学図書館等で勤務していたことなど、経歴も紹介されています。 DSpaceコミッターはDSpaceのソースコードリポジトリへのアクセス・更新権限を持ちます。2013年6月24日現在DSpaceコミッターは、鈴木氏を含め、世界で23人います。 Welcome to the latest DSpace committer: Keiji Suzuki(DuraSpace.org、2013/6/24付け) http://duraspace.org/welcome-latest-dspace-committer-ke

    DSpaceコミッターチームの新メンバーに鈴木敬二氏
  • 為末大×岩瀬大輔 自分の得意分野でしか戦わない事はずるいですか?

    「一番勝負の厳しい世界で勝ってこそとは思わないか?」観客席からの質問に、ライフネット生命保険代表取締役副社長岩瀬大輔氏は、「どんな勝負でも勝つことに意味がある。従業員10人を幸せにすることと、1000人を幸せにすることは規模は違えど、自分がやりきったと感じられれば同じもの」と答えた。

    為末大×岩瀬大輔 自分の得意分野でしか戦わない事はずるいですか?
    kitone
    kitone 2013/01/20
    良記事
  • keitabando.org

    keitabando.org 2018 Copyright. All Rights Reserved. The Sponsored Listings displayed above are served automatically by a third party. Neither the service provider nor the domain owner maintain any relationship with the advertisers. In case of trademark issues please contact the domain owner directly (contact information can be found in whois). Privacy Policy

    kitone
    kitone 2012/12/25
    ファンキー(?)な写真に始まり、アクティブな一年じゃのう(お名前載せていただき感謝)。
  • @yuki_o せんせいご結婚祝い #yuki_o_wedding

    min2fly @min2fly 博士後期課程の定員充足が急務である現今、「でもドクターって将来が・・・」という不安を一掃すべく、他領域に比べ雇用に恵まれていて将来も大丈夫、という点をプッシュしてはどうか。具体的には、明日の@yuki_oさんの結婚式の写真を来年度の研究科パンフに #yuki_o_wedding 2012-06-01 19:52:54

    @yuki_o せんせいご結婚祝い #yuki_o_wedding
  • “インクルーシブ”の波がファッションにも!車椅子の女性による、車椅子の女性のためのブランド「Xeni」

    “インクルーシブ”の波がファッションにも!車椅子の女性による、車椅子の女性のためのブランド「Xeni」 2012.04.16 Hitomi ITO 妹が多発性硬化症(運動麻痺や反射障害などを症状とする神経系疾患。特定疾患に指定されている)で亡くなったその年、私も妹と同じ病気と診断されました。その頃、私は建築家としてキャリアを積んでいて、仕事は順調でした。 しかし、徐々に病気は私を蝕み、ついには、車椅子なしでは動けなくなりました。そして働けなくなり、絶望に暮れていたそのときに思いついたのです。時間はたっぷりあるのだから、何か私が生きた証を残そう。車椅子の人も楽しめる服を作ろうじゃないの。 これが、車椅子の人も楽しめる服を作るブランド「Xeni」のおこった由来です。 デザイナーであるアン・オリバーさんがこのように思いついたのが2010年。彼女はすぐさまセントラル・セント・マーチンスに入学し、オ

    “インクルーシブ”の波がファッションにも!車椅子の女性による、車椅子の女性のためのブランド「Xeni」
  • まだ仮想通貨持ってないの?

    まだ仮想通貨持ってないの?
  • 今年から本気出す人へ 「6本の柱」で5年後の自分を計画しよう

    今年から気出す人へ  「6の柱」で5年後の自分を計画しよう 人生の6柱とは? 人生を構成する要素を以下の6つに分類して考える。 6つに分けることで、イメージがしやすくスムーズに文字にすることができるようになる。 仕事 僕のように個人で事業を行う人間や企業を経営されている方にとっては、まさに「自分が今年どうやって生きて行くか」を描くのが「仕事」だろう。仕事人生は不可分だ。 会社勤めの方も、転職や独立など将来の夢を「5年後までに!」と一旦日付を入れてしまうことで、勢いをつけ、ビジョンをリアルにすることができるかもしれない。 もちろん、5年もかからず独立する予定の方は、「2012年末までに独立し、翌年起業、2017年までに売上XX億円起業に育てる」というようなものでも良いだろう。 ポイントはできるだけリアルに書くことだ。ぼんやりした目標からはぼんやりした結果しか生まれない。 僕の場合は、

    今年から本気出す人へ 「6本の柱」で5年後の自分を計画しよう
    kitone
    kitone 2012/01/03
    6本の柱
  • もっちブログ » Blog Archive » 「すごい時間割」企画と開発の裏話、サービスを作る上で大切にした3つの設計思想。 - 鶴田浩之 ブログ

    4月に立ち上げた会社、Labitが手がけた「すごい時間割」の正式公開から1ヶ月が経ちました。おかげさまで、まもなく登録ユーザーが1万5000人に達する見込みです(実名登録)。サービス内の登録授業数は5万7000件に達し、1日平均1500件のペースで増えています。全国の268大学で使われています。追加リクエストもまだまだ受け付けています。 すべての大学生に共通する行動単位、時間割。 大学は、自分で自由に履修選びをして、学期初めに一週間の大まかなスケジュールを決めてからは、それが約半年間(3学期制の大学もあるけど)続きます。多くの人は、時間割をメモ帳に書いていたり、あとはスマートフォンの時間割アプリを使っています。学期初めは特に、それぞれの教室を覚えるのは、なかなか大変だし。 すごい時間割の構想のきっかけは、今年1月、大学のシラバスを閲覧するiPhoneアプリSFC生が開発したと聞いたとき。

    kitone
    kitone 2011/11/24
    自分もいつか「自分たちが本当にほしいと思うものを作」った、って言ってやる。
  • はてなブログ | 無料ブログを作成しよう

    わたし的棚ぼた一万円選書 急に千葉さんに手渡された封筒、開けてみたら1万円札が1枚。何ごとかと思えば、同期の出張を代わったお礼をもらったらしい。 「葵はワンオペで育児してくれたから」と半分わけてくれました。 泡銭の1万円 これはもう、わたし的1万円選書をしろという思し召しなのでは……

    はてなブログ | 無料ブログを作成しよう
  • 妹からスティーブ・ジョブスへの弔辞

    A Sister’s Eulogy for Steve Jobs モナ・シンプソン (Mona Simpson) 2011年10月30日 私は母子家庭の一人っ子として育てられました。 貧しかったので、そして父はシリアからの移民だと教えられていたので、 父については、オマル・シャリフのような人ではないかと想像していました。 裕福な人であればいいなと、いつか私たちの(いまだに家具も揃っていない)家に迎えに来てくれればいいなと思っていました。 のちに面会したとき、私は、父は理想に燃える革命家で、アラブの新世界を導く人だったのだと、 だから転送先を残さずに住所を変えてしまったのだと思い込もうとしました。 私はフェミニストでありながら、自分が愛せる、自分を愛してくれる人を長いあいだ探していました。 二十数年間、父がその人なのだろうと思っていました。 25歳になってその人に出会いました。 それが兄でし

    妹からスティーブ・ジョブスへの弔辞
    kitone
    kitone 2011/11/01
    「ファッションとは、美しく見えるがのちに醜くなるもの。芸術とは、最初醜く見えるがのちに美しくなるもの」
  • 「手を抜いた瞬間に終わり」~スティーブが求めたプロの仕事

    「大辞林」「ウィズダム英和・和英辞典」など斬新なユーザーインタフェースを持つアプリで高い評価を受け、日を代表するiPhoneiPadアプリの開発者である物書堂の廣瀬 則仁氏に、原稿を寄せてもらった。 いつかこの日はやってくると覚悟はできていて、そのとき自分は割と平気でいられると思っていたけど、スティーブ・ジョブズ氏の実際の訃報に接し、想像していた以上の喪失感に襲われました。 この大きな喪失感はどこからやってくるのかを考えている時に、仕事場にぶら下げてある“Macworld Tokyo 2002 Keynote”と書かれたバッジが目に留まりました。 このバッジは、私がリーダーとして開発していたソフトが、Macworld Tokyo 2002 Keynoteでデモされたときの関係者用バッジです。いつもお守りとしてこのバッジを仕事場にぶら下げていますが、バッジの向こうにはいつもスティーブがい

    「手を抜いた瞬間に終わり」~スティーブが求めたプロの仕事
  • 狂人礼讃|出金早いカジノでの新しい挑戦

    病院から帰ってきた。新年を迎えるまでに少しあるので久しぶりにブログを書く。病院というのは自分のことではなく、赤ん坊と奥さんのことだ。要するに、ぼくに子どもが生まれた。2015年1月1日が予定日だったが、出産は5日早まって明日には退院することになった。父親になるなんて少し前の自分からすれば信じがたいことだが、目の前の赤ん坊こそが事実だ。2015年は気持ち的にではなく状況的に新しい1年になる。間違いなく。 気がつけば独立してから約3年半が経つ。会社を辞めた当初は生きていくことに必死だった。スキルも実績もゼロで仕事なんてなかったし、信頼できる仲間もほとんどいなかった。生活コストを下げるためにシェアハウスを始めた。それから3年間、あの不思議な六木のマンションから始めた“よるヒルズ”も“リバ邸”も自分にとっては家族や会社に代わるようなコミュニティだった。多方向に広がるゆるやかな人間関係が居心地よか

    kitone
    kitone 2011/09/14
    「僕のアウトプットの対象のペルソナもきっと、僕です。」「宮下は関わった人に対して「成長」をもたらすことに責任を感じていました。」
  • 国立国会図書館-National Diet Library:当館について

    kitone
    kitone 2011/08/24
    「調査局から総務部に異動したときには、「調査員失格の烙印を押されたのか」と、一時的に無力感に襲われたものです。しかし、もしもこのときに総務部に異動しなかったら、今の私はおそらく無かったでしょう」