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ブックマーク / kasasora.hatenablog.com (41)

  • わたしの中のかわいい女 - 傘をひらいて、空を

    このところわたしばかりが仕事を休んでいる。 幼児は熱を出すものだ。ここ半年は誇張でなく隔週ペースである。そうなると親が仕事を休まざるをえない。そしてこのところそれを担当するのがわたしばかりなのである。 結婚話が出たときに、わたしは夫と家事子育ての話をした。夫はもともと自分のことは全部自分でする。しかしわたしは、フルタイムで働く女たちの夫が家事育児をせず、その結果、けんかしたり(意外と少ない)、我慢したあげくにキレたり(けっこういる)、女友達に愚痴を言いながらなぜか家事は引き続き全部していたり(これが多数派)するのを、さんざっぱら見てきたのである。 わたしはそんなのはぜったいにいやだった。「夫を育てる」みたいなのも冗談じゃなかった。わたしは「夫」がほしかったことなど一度もなかった。一緒に楽しく暮らすための努力を二人ともができる、そういう相手がいたから、はじめて結婚のオファーを検討したのだ。

    わたしの中のかわいい女 - 傘をひらいて、空を
    ornith
    ornith 2023/10/25
    言語化の力がすごくって、何か感想を書こうとするも、「うわぁ……!(感嘆)」としか言えなくなっちゃった。/“わたしの中にだってインストールされた「女像」があるに決まってるじゃないか”
  • 偶然をもてなす - 傘をひらいて、空を

    勤務先から一年間の研修への応募を提案された。 そういう制度があることは知っていた。通常業務を一年休んで修行してくるのである。年長のえらい人から、自分も一年間勉強してとてもいい経験になったと聞かされたこともある。しかし、わたしが転職してきて以降、研修に出た人はいなかった。 そうなんですよ最近はこの制度が形骸化しかけていまして。人事がそのように言う。続きは要するに、「上司から推薦をもらったから応募してほしい」という話なのだった。 人事は言う。この種の制度をやめるところも増えていて、たしかに、すぐに利益が出る性質のものではないです。しかし長期的に人を育てるのは大切なことだし、組織として誇らしいことですよ。 とりあえず今の上司に報告すると、上司ランチの提案でも聞いたみたいに軽くうなずいた。だいじょぶだいじょぶ、行くとしてもだいぶ先だから。ほらあの部署のさ、いるじゃん超優秀なきみの二個上の先輩の、

    偶然をもてなす - 傘をひらいて、空を
    ornith
    ornith 2023/07/19
    ここ好き。/“偶然は唐突にわたしの部屋の呼び鈴を鳴らし、わたしは驚き、しかしとりあえず上がってもらい、お茶をいれ、ふむふむと話を聞く。そしてわたしはその場で「乗る」と決める。いつもそうだった”
  • わたしのお姉ちゃん - 傘をひらいて、空を

    疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。そのために海外在住の姉は気軽に帰国しなくなった。「しょっちゅう行き来するのは不経済だしねえ」と姉は言う。そのこと自体はさみしく思わない。わたしも語学留学や夫の仕事の都合で海外に住んでいた頃には同じように思っていた。そもそも、しょっちゅう親きょうだいに会わなきゃつらいとか日じゃなきゃダメだとか感じるなら、外国に住もうと思わないのではないか。 わたしが少しさみしく感じるのは顔を合わせる回数が少ないからではない。「姉はやっぱり遠い」と思うからである。 姉は昔からわたしの近くにいなかった。子どものころには同じ部屋で寝ていて(子ども部屋がひとつしかなかったのだ)、物理的にはこの上なくそばにいたけれど、それでも姉を近いと思ったことはなかった。 姉はよくを読む子どもだった。二歳年下のわたしが物心ついたときにはすでに自発的に読んでい

    わたしのお姉ちゃん - 傘をひらいて、空を
    ornith
    ornith 2022/09/28
    “姉は今でもこの世のことを、自分がなじんだコンテンツのひとつみたいに感じているんだろうと思った。やっぱり遠いなと思った”
  • 一人称が強すぎる - 傘をひらいて、空を

    疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。そのためにもっとも影響を受けたのが医療機関である。わたしは二年以上、いわゆる同居家族以外と私的に会うことをしなかった。 まじめだねえ、と友人が言う。二年のあいだに引っ越してフリーランスになって子どもが小学校に入ったというが、人はあまり変わったように見えない。 まじめだねえと彼女は繰り返す。わたしの知ってる別の医者なんかばんばん飲み歩いてたよ。ストレスたまるからって。おごるからつきあえって言われて、まあ行ったけどもさあ。 そういう人もいる、とわたしは言う。わたしはそうしない。その人はストレス解消といろんなリスクを天秤にかけて、早くから飲みに行くのを選んだのでしょう。とにかくリスクを減らそうとするなら今でも人と会わないのだし、カフェインもアルコールも取らずに完璧な生活をして睡眠をとることに全力を注ぐでしょ。そういう人もい

    一人称が強すぎる - 傘をひらいて、空を
    ornith
    ornith 2022/07/06
    “多くの人間は、自分の境遇を選択していない。少なくとも全部を選んではいない。「つらくなった」と感じて、それを解決する策があっても、逡巡する。逡巡したまま十年二十年過ごすこともある”
  • ご近所にうちが陽性だってわかったらどうするの - 傘をひらいて、空を

    疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。この「よぶん」の中身の判断はそれぞれである。疫病の流行自体はまだまだ続いており、何なら去年の同じ時期より患者数は多いのだが、報道など見ると、今年の連休は「ある程度は出かけてもいいのではないか」というトーンなのだった。実際のところ、私の周囲でもあれこれ気遣いながら出かける人が多かったし、私自身も遠出はしないもののいろいろな人に会った。二年ぶり三年ぶりの再会が連続する、珍しい連休だった。 そのうちのひとりである友人は、いい、愚痴るよ、と宣言し、そのわりに愚痴っぽくない口調で、彼女の両親について語った。私の記憶によれば、彼女の父親は小さいながら実績ある企業の社長、母親は昔ながらの「社長夫人」をやっており、なかなかパワフルな人たちで、彼女はときどき頭を抱えていた。それから彼女には妹があって、東京の郊外で結婚相手とともにブーランジ

    ご近所にうちが陽性だってわかったらどうするの - 傘をひらいて、空を
    ornith
    ornith 2022/05/11
    “あのさ、親に何もしてもらえなかった人も、親にいっぱいしてもらった人も、変な罪悪感や劣等感を持つ必要いっこもないよ。そんなの選べないじゃんねえ”
  • コンテンツ必要ない系の人々 - 傘をひらいて、空を

    疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。そのためにわたしに新しい出会いの機会がなくなった。恋愛の話ではない。仕事のコネクションとかの話でもない。友人知人の話である。わたしは知らない人と新しく知り合うのがとっても好きなのだ。利害関係も色恋沙汰もないところで雑談がしたいのだ。そうして「人間はみんなちがう」と思う、するとなんだか安心する。これができないとなんだか世界が平板になった気がしてうそ寒く落ち着かない。知らない人としゃべりたい。 その欲求にこたえたのはもちろんインターネットである。ウイルスが載らないコミュニケーション手段。知らない人もうようよしている。知り合うとっかかりとしては趣味がもっともやりやすい。わたしは小説やマンガの話ができる相手を探し、気の合う仲間を手に入れた。めでたし。 めでたしなのだが、彼らのある種の性質にわたしは少々困っている。 小説やマンガの

    コンテンツ必要ない系の人々 - 傘をひらいて、空を
    ornith
    ornith 2022/03/16
    「アカウントわけとかほんとうにめんどくさい」に感じ入るものがあった。趣味ごとに分けるのは楽だし、コミュニケーションも円滑になるけれど、なんだか「もったいない」気もする。表現として適切かはわからない。
  • 筋肉がわたしを裏切った - 傘をひらいて、空を

    疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。そのためにわたしの筋肉量は大きく変化した。 健康で仕事にも支障がないことをありがたいとは思うけれど、二年近くも楽しみを奪われればもちろん退屈する。わたしはルールや決まりがあれば守るたちだから、この二年は友だちに会う機会をぐっと減らしたし、旅行もしていないし、帰省も控えている。恋活だってアプリでやっていて、初回デートはだいたいZoomだ(わたしはいきなり対面するのがつらく感じるので正直そのほうが助かるのだけれど)。 そうするとどうなるか。 退屈するのだ。 人生のタスクを進めているとわたしは安心する。子どものころからずっとそうだった。子どものころから勉強にも友だちづきあいにも手を抜かなかった。人並みに楽しく充実した学生生活を送り、入念に自己分析して業界研究して第一志望の会社に就職した。三十歳までに結婚式を挙げたいから二十六歳

    筋肉がわたしを裏切った - 傘をひらいて、空を
    ornith
    ornith 2022/03/09
    好き。/“このままではめちゃくちゃ筋肉質になってしまう。しかもちょっとそうなりたい。いや、なりたくない。筋肉が裏切らないなんて嘘だ。筋肉のせいで人生がおかしくなってしまう”
  • サイコパス矢島の結婚 - 傘をひらいて、空を

    疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。それ以来はじめて知人が結婚した。元部下の矢島である。 ほんとはかちょーにスピーチしてもらいたいんですけど、と矢島は言う。この状況で身内以外式に呼べないんで。呼べたってスピーチはいやだよとわたしは言う。今の上司にしてもらいなさい、そういうのは。 矢島はわたしをずっと「かちょー」と呼ぶ。わたしの肩書はすでに課長ではない。「あだ名です」と矢島は言う。 そう言う矢島自身のあだ名は「サイコパス矢島」である。現在はカスタマーサポートの部署の管理職で、わたしがその部署の責任者に着任したときは若きエースパイロットといった立ち位置だった。通常のフローでは対応が難しいクレームを驚くべき速度でおさめる、いわば窓口最終兵器である。ならば部署の社員たちにさぞ慕われているのだろうと思ったら、あだ名がひどい。どうしてでしょうと訊いてみると、その社員は

    サイコパス矢島の結婚 - 傘をひらいて、空を
    ornith
    ornith 2022/03/03
    “矢島さんは感情を同調する相手を選べるのかもしれないです、とわたしは言った。親しい人が泣けば動揺するけれど、知らない顧客が泣いても感情が巻き込まれない、それはある種の才能ですよ、矢島さん”
  • さみしさにつける薬 - 傘をひらいて、空を

    疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。そのために勤め人も職場のつきあいがなくなり、新人や転勤者が職場の人と親しくなりにくい。わたしは二十年選手だから人間関係に問題は感じないが、ときに煩わしかったつきあいの飲み会やランチがゼロになると、やっぱりさみしいものである。 でもそれより退職者のほうが問題、と友人が言う。わたしの父が一昨年退職したんだけど、この状況でろくに帰省してなかったのね。お祝いだけ贈ってさ。そんで今年のお正月にようやく帰省したら、テレビからYoutubeが延々と流れてるのよ。うん、そう、あの、近隣諸国の国民ないしそこにルーツを持つ日人と日在住者を侮辱する系のやつ。 あー、とわたしは言う。もう少し力強い相槌だったつもりが、耳に入る自分の声はしぼんだ風船から最後の空気が漏れるようなやつである。うん、と友人が言う。こちらもなんとも力ない声である。 父

    さみしさにつける薬 - 傘をひらいて、空を
    ornith
    ornith 2022/02/09
    “年をとっても友だちがいるのって、当たり前じゃないんだよ。それなりの技量と努力があってはじめて成立することなんだよ”
  • 意味づけられたコーヒー - 傘をひらいて、空を

    疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。そのために盆正月にいつも集まる友人たちとの会合もこのたびはZoomである。 盆正月に集まる相手は多くが親戚や故郷に残った幼友だちだろう。しかしわたしはなぜか大学のときの友人四人で集まる。全員同業種で勤務先はばらばら、なんとなし馬が合うがしょっちゅう飲みに行くような感じではない。それで盆正月になると寄り集まってやくたいもないおしゃべりをし、仕事に役に立つようなそうでもないような情報を交換し、またやくたいもないおしゃべりに戻る、そういう時間を過ごすのである。 そうだマキノさんコーヒー買ってよコーヒー友人が言う。わたしたちの仕事コーヒーは関係ない。ただしわたしはコーヒーが好きである。あのねと彼は言う。あのねえ僕の下の娘には障害があるでしょう、だからねえ沖縄のコーヒー農園の人と障害者支援団体の人と組んで社会起業的なアレをはじ

    意味づけられたコーヒー - 傘をひらいて、空を
    ornith
    ornith 2022/01/12
    この部分でフフッってなった。/“社会起業的なアレをはじめたんだ、趣味で。名前言うからぐぐって。ついでにSEOができてるかチェックしてほしい”
  • 恋愛なんか好きじゃなかった - 傘をひらいて、空を

    疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。そのために停滞したもののひとつが恋愛活動である。僕らの世代では(少なくとも僕の周囲の同世代の友人の間では)「恋愛したいなら『自然な出会いを待ちたい』などというのは寝言であって、自分から動かないやつにはなにも起きない」という認識が一般的である。恋愛したけりゃ恋愛活動をするものなのだ。 そしてその恋愛活動の多くが停止し、いくらかは強行され、全体に様変わりしたのがこの一年数ヶ月である。 僕は疫病流行が一度落ち着いたところで今の彼女に出会った。そうして彼女が「つきあおうよ。わたしとつきあうと楽しいよ」と言うので即つきあうことにした。その後ふたたび新しく人と会うのが困難に(あるいはためらわれるように)なったので、いわば出会いの滑り込みである。滑り込めたのは彼女の腕力のおかげだ。デート一回目でつきあおうなんて言えないですよ、少なくと

    恋愛なんか好きじゃなかった - 傘をひらいて、空を
    ornith
    ornith 2021/12/08
    多くのフィクションで描かれ、ずっと耳にしてきたからこそわかりやすくメジャーに感じる「恋愛」だけれど、実はそうでもないのかも。/“恋愛が好きな人なんて、実はほんの一部なんじゃないかって、最近思うんだよ”
  • アバターの中からの手紙 - 傘をひらいて、空を

    疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。僕の職場でもできるかぎり会などを避けるようにと言われたので、避けた。避けていたら一年半、プライベートで人と対面しなかった。 疫病のために人に会えなくなることがつらいとみんなは言うけれど、僕にはかかわりのないことだ。平素からろくに人と会わない。コミュニケーション全般がないとうらぶれた気持ちになるが、疫病以降には通話や映像でのおしゃべりが増えたから、コミュニケーションの総量は変わらない。 先日一年半ぶりに友人と物理的に会った。そうしたら彼女は僕が姿をあらわすなり爆笑して(もともとわりと失礼な人である)、「Zoomとなんも変わらない! すごい、アバターみたい」と言うのだった。 友人が言うには、人間の身体には多くの情報が付随しており、それは人格の一部でありつつ、動物としての存在を示すものでもあるのだそうである。だから人と物理的

    アバターの中からの手紙 - 傘をひらいて、空を
    ornith
    ornith 2021/11/24
    最高の褒め言葉じゃん……!/“わたしは、友だちと対面したいけど、と彼女は言う。羽鳥さんだけは対面じゃなくていいわ。Zoomと同じだもん。びっくりするほど同じ。インターネットで「会える」人だわ”
  • オマエ ヨクハタラク オレ シッテル - 傘をひらいて、空を

    疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。それで僕の職場でも重い腰を上げて部分的にリモートワークを導入し、紙とはんこの文化を一部刷新した。というか、せざるを得なかったのだと思う。だって取引先はみんなとうにやってるんだから、最低限は合わせないと先方のワークフローに影響する。「この業務では電話の使用を差し控えていただきたい」とか、その程度のレベルの要求でも僕の会社では一大事なのである。 この会社には年長者が多く、ITに対する関心の低い社員が多い。能力はそこそこあるので、PCくらいは使える。しかし、仕組みをがらりと変えることにはきわめて消極的だ。新しいシステムを覚えるのは面倒だからなるべくしたくない、という雰囲気に充ち満ちている。Zoom導入で一騒動、Slack導入でまた一騒動、僕は担当してないけど給与明細の電子化あたりも相当大変だったらしい。 疫病前は紙の明細を出し

    オマエ ヨクハタラク オレ シッテル - 傘をひらいて、空を
    ornith
    ornith 2021/10/20
    “組織の中で特定の個人に負担がかかったとき、いちばんしんどいのは誰にも見てもらえないことだ。(中略)たとえちょびっとでも「忘れられてはいないんだ」「感謝されているんだ」と思えることがだいじなんだ”
  • 棒で人をぶちたい - 傘をひらいて、空を

    疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。それから一年半、僕はわりとがんばったほうだと思う。知らない人と話すのが好きだから飲み会の代わりにZoom読書会とかに出て、新しい趣味をはじめてそれを発信して趣味のネット友達を作って、同僚との何気ない会話の機会を作るために思い切って何人かを通話に誘ったりもした。 だから会話の量自体はそこそこキープしている。えっと、それでも足りなくて特別仲の良い友達と彼女と家族にはめちゃくちゃ話を聞いてもらってるんだけどね。僕もともとすごいおしゃべりで、それで会話の相手が減っちゃったわけだから、身内が命綱状態ですよ。毎日毎日、保育園から帰ってきた幼児みたくその日にあったこと全部しゃべってて、この段階でコミュニケーション的に恵まれているとは思うよ、このご時世にさ。 でももうダメ。僕はもうだめだ。飲み会に行きたいよう。酒が飲みたいという意味では

    棒で人をぶちたい - 傘をひらいて、空を
    ornith
    ornith 2021/09/08
    “うまく言えないんだけど、旅行は「存在」と接する場のような気がするんだよな”
  • わたしの弟はワクチンを打たない - 傘をひらいて、空を

    疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。最初の通達から一年あまり、何度目かの通達のさなか、疫病のワクチンが提供されはじめた。それで全員が打つかといえば、そうではない。わたしの弟は打たないという。そして、わたしはそれを責めることができない。 弟は東京で一人暮らしをして、アルバイトで生計を立てている。今日働かなければ来月の家賃があやうい。運も悪かったし、弟の思慮が足りないところもあったと思うのだけれど、とりあえず自分で生活はできているのだし、人に大きな迷惑をかけているわけでもなし、責められるようなことではない。 わたしはそう思っているのだが、両親は「恥だ」と思っている。自分たちの助言をふいにして大学進学をせず、夢みたいなことを言っておかしな企業に就職してすぐに辞めてその日暮らしをしている、そんな浅はかな息子は心配するのも癪だと、そういうふうに思っている。 そうはい

    わたしの弟はワクチンを打たない - 傘をひらいて、空を
    ornith
    ornith 2021/08/25
    “恒常的なつらさを紛らわせてくれたものがあれば、簡単に依存してしまう。それは弱いからではない。期間限定でない、希望のすくない貧しさに陥れば多くの人間が多かれ少なかれ非効率的なお金の使い方をするものだ”
  • だからあなたと出会わなかった - 傘をひらいて、空を

    疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。だからわたしはこの夏、あの外国みたいな街角で、あなたと出会わなかった。 わたしは退屈な大学生で、だからあの街を歩いていなかった。疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出されていたから、わたしはだまっておうちにいた。だからわたしはそこにいなかった。 そこは繁華街で、時代時代でニュースとかが言う「若者の街」のうち最近注目されはじめたところで、わたしは大学一年生で、音楽をよく聞いていて、外国とか好きで、英語をけっこう話せて第二ないし第三外国語がちょっとできて、流行とかもぜんぜん好きで、だから、わたしはそこに、いなかった。 だって、東京は疫病とオリンピックのために大学生が軽薄に出歩くことのできる街を残していないことになっていたから。 わたしは良い子で、だからずっと、おうちにいた。おとうさんとおかあさんといっ

    だからあなたと出会わなかった - 傘をひらいて、空を
    ornith
    ornith 2021/07/28
    “わたしは、街になんか、出てない。だからわたしはあなたと出会わなかった”
  • あなたブスでモテないんでしょ - 傘をひらいて、空を

    疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。そのためにわたしはあなたにずっと会っていない。 オンラインで飲んでるって? あんなの会ってるとは、わたしは言わない。通話に近いと思ってる。あなたはオンライン飲みも「会ってる」にカウントするけどね。なんせアイドルのコンサートに行って「誰それに会った」って言うような人だからね。 あなたはアイドルに会ってないですー。見ただけですー。観覧しただけですー。会うっていうのはお互いがお互いを個別に認識してコミュニケーションが成立した状態を指すんですー。アイドルはあなたなんかどうでもいいんですうー。 あなたはオンラインで愚痴をこぼす。出会いがないという、いつもの愚痴だ。彼氏ほしいってあなたは言う。それなのにアプリでのアピールはど下手。あのさあ、自信がないない言いながら自信がないまま薄ぼんやりしたビジョンで彼氏作ろうとして何になるのよ。女

    あなたブスでモテないんでしょ - 傘をひらいて、空を
    ornith
    ornith 2021/06/30
    いつかどこかで感じた苦痛と諦観の残り香が漂う読み物で……たしかにこれは……しんどい……けど……好き……。
  • マリッジブルー、マリッジ抜き - 傘をひらいて、空を

    疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。そのために色恋の発生も抑制された。色恋の多くが物理的接触を必要とする以上、ワンナイトだろうが婚活だろうが、新規開拓は感染源になりうる。 もちろん、疫病流行前からアプリで相手を探すしくみは普及していた。感染源になることなど気にせず開催されるパーティだってあるだろう。それにしたって出会いのフィールドに乗り出す母数はものすごく減ったから、相手選びという意味では全員が影響を受けている。 僕はもともとアグレッシブに彼氏を取り替えるタイプではなかったのと、疫病前につきあいはじめた彼氏がかなりいいやつなので、「まあ今は新しい彼氏とかそういうのはやめておくか」と思っている。そして「もしかして今の彼氏と長いこと一緒にいるかもしれない」とも思っている。 彼氏も同様の方針である。僕はそのことを、もちろん喜んでいる。自分は別れることを考えていな

    マリッジブルー、マリッジ抜き - 傘をひらいて、空を
    ornith
    ornith 2021/06/09
    “彼氏と一緒にいるための努力はもちろんしてるよ。でもそれは現在の関係にまつわる努力なんだ。永遠とか生涯とかじゃないんだ”
  • 敏腕家庭教師の子ども - 傘をひらいて、空を

    疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。そのために保護者ぬきでの行動範囲が狭い年齢一桁の子どもたちの生活圏がぐっと狭くなった。疫病の状況によって可能なことが変わるので、それについていくことも必要である。学校に行けない時期があったり、習いごとができたりできなかったり、友達の保護者の方針によって一緒に遊べたり遊べなかったり、といったぐあいである。 わたしは子のない大人であって、小さい子どもの心などとうにわからない年齢だけれど、よその子のようすを見るだにストレスフルだろうと思う。疫病やら社会やらのしくみを納得いくまで理解できる年齢でなく、自分に合った日常を構築しなおすための選択できる年齢でなく、(なかには可能な子もいるのかもしれないが)ぱーっとお金を使うといった一時的な気晴らしもできない。 そんなだから友人から「娘の家庭学習について相談がある」と言われたときにも驚き

    敏腕家庭教師の子ども - 傘をひらいて、空を
    ornith
    ornith 2021/05/26
    “自分にすごく近い人は自分みたいな気がしちゃうときあるよな。だからときどき確認しないといけなくなるんだよな”
  • あの人たちいったいどこに行っちゃったんだろう - 傘をひらいて、空を

    疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。そのためにオンラインでのコミュニケーションが活発になり、ふだん会わない人とのインターネットを介した「再会」が(わたしの周辺で)ちょっとしたブームになった。今どうしてる。そう、それはいいね。 疫病のはじまりから一年、再会ブームもひととおり落ち着いた。なにしろふだん会わなかった人なので、十年二十年ぶりに連絡がついたからといって、そのあと濃密な人間関係が生じる確率はきわめて低く、「どうしてる」「それはいいね」が終わればだいたい用はないのである。「久しぶりに集まろうよ」ができないご時世だから、なおのこと。 そうしてわたしたちはいつもの人間関係に戻った。戻ってだらだらとオンラインで話をする。今日は高校生の時分からの友人と、高校生のとき空き教室やコーヒー二百円のカフェで延々と話していたように話している。 わたしが再会ブームを話題にす

    あの人たちいったいどこに行っちゃったんだろう - 傘をひらいて、空を
    ornith
    ornith 2021/03/10
    世代を越えてつながれる時代でも……いや、そういう時代だからこそ、「昔なじみ」の関係が尊い。ただでさえ引っ越しの多かった自分は間違いなく“失踪”した側の人間だけど、みんな元気でやってたらいいなーと思う。