■ 「おかあさん」と呼ぶ声 最近では自分の母親を「嫌い」だと言う娘が増えて来て「母と娘の厄介な関係」が新しい問題として浮上したようにも思われているが、有吉佐和子はそんなものを五十年前から書いていて、その当時にベストセラーになっているのだから、「母と娘の関係」は目新しい問題ではない。 紀州弁の美しさが伝わる『紀ノ川』は、紀州を舞台にした女四代の生きる様を書いた彼女の自伝的な作品で、女四代である以上、当然ここには母と娘の姿がある。『紀ノ川』はとても美しい作品だが、稀代(きだい)のストーリーテラーの作としては、いささかおとなしすぎるかもしれない。だから『紀ノ川』の後に登場する『香華』では、『紀ノ川』で抑制、隠蔽(いんぺい)されていたものが表沙汰になる。 紀州の地主の娘の郁代は、美貌(びぼう)だが派手好きの奔放な女で、何人も男を替えて、「身を落とす」という感覚抜きで遊女にまでなってしまう。自堕落で