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老いに関するmshkhのブックマーク (17)

  • 長く生きるということ、そもそも生きるということ

    以下のような記事を見た: ジャーナリスト佐々木俊尚氏流、「人生100年時代」をより軽やかに生きるためのコツ。 | リクルート - Recruit https://www.recruit.co.jp/meet_recruit/2018/04/sc10.html これをきっかけに、最近思っていることなどブログに書いてみたい。なお、以下に書く内容はいわば備忘録のようなものであるから、上記記事とはあまり関係がない。 諸般の理由もあり、最近、ある老人たちを見かける。この老人たちを見るたびに、正直言うと、複雑な気持ちになる。それは、長く生きるということに対する複雑な思いである。 長く生きるということは、人類の夢である。私でも、長く生きて、科学の進展をみてみたいという思いは強くある。毎日新しい技術が生み出される。たとえば、世界は10年前と比べ、どれだけ変わったか、便利になったか。それにささやかながらも関

  • 筒井康隆が考える理想的な“老い”「死の恐怖や苦痛から逃れようとすれば、ボケなきゃ仕方がない」〈週刊朝日〉

    85歳を迎え、新作『老人の美学』(新潮新書)を刊行した文学界の巨匠・筒井康隆さん。情報化社会の質と大衆の愚かしさを鋭く穿ち、フィクションへと昇華させ続けてきました。作家の林真理子さんと行った対談では、パリッと着こなしたスーツ姿で、テンポ良く関西弁で語る筒井さんに、老いることとは、書き続けることとは……など、マリコさんも聞きたいことが山ほどあって──。

    筒井康隆が考える理想的な“老い”「死の恐怖や苦痛から逃れようとすれば、ボケなきゃ仕方がない」〈週刊朝日〉
    mshkh
    mshkh 2020/01/26
    筒井康隆も85歳かー。本当すごいなこの人
  • 政府に指図される「人生100年時代」とかいう罰ゲーム人生 | 文春オンライン

    一昨年、安倍政権から「人生100年時代」構想とかいうテーマが突然掲げられ、あまりのことに私は呆然としておりました。戦前ならいざしらず、なんで政府に国民が生き方の規範を示されねばならんのか。いろいろしんどい。どこから考えを紡いでいけば良いのでしょう。 人生100年時代構想(首相官邸ホームページ) https://www.kantei.go.jp/jp/headline/ichiokusoukatsuyaku/jinsei100.html人生100年時代」に向けて(厚生労働省) https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000207430.html 年金の仕組みはもう成り立たない その出だしからして「ある海外の研究では、2007年に日で生まれた子供の半数が107歳より長く生きると推計」とされ、これは『ライフ・シフト』(リンダ・グラ

    政府に指図される「人生100年時代」とかいう罰ゲーム人生 | 文春オンライン
    mshkh
    mshkh 2019/04/18
    なんか暗澹とした気分になってくるなあ。人生ってほんと大変
  • ウェブリブログ:サービスは終了しました。

    「ウェブリブログ」は 2023年1月31日 をもちましてサービス提供を終了いたしました。 2004年3月のサービス開始より19年近くもの間、沢山の皆さまにご愛用いただきましたことを心よりお礼申し上げます。今後とも、BIGLOBEをご愛顧賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。 ※引っ越し先ブログへのリダイレクトサービスは2024年1月31日で終了いたしました。 BIGLOBEのサービス一覧

  • 1928年生まれの手塚治虫が、1974年頃に描いた60歳の女性像に衝撃

    Dean Shimauchi @deanshimauchi 1928年生まれの人が1974年頃に抱いた60歳の女性像に、ちょっと衝撃を受けたよ、ブラックジャック。 pic.twitter.com/8w04SiFvyD 2018-05-31 08:11:36

    1928年生まれの手塚治虫が、1974年頃に描いた60歳の女性像に衝撃
    mshkh
    mshkh 2018/06/01
    確かに今は60歳なんてまだまだこれから、って印象があるもんな
  • ウェブリブログ:サービスは終了しました。

    「ウェブリブログ」は 2023年1月31日 をもちましてサービス提供を終了いたしました。 2004年3月のサービス開始より19年近くもの間、沢山の皆さまにご愛用いただきましたことを心よりお礼申し上げます。今後とも、BIGLOBEをご愛顧賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。 ※引っ越し先ブログへのリダイレクトサービスは2024年1月31日で終了いたしました。 BIGLOBEのサービス一覧

  • 空がまた暗くなる──鬱と惑いと老害のはざまで - WirelessWire News(ワイヤレスワイヤーニュース)

    今回は、単行が出たときから気になっていて、少し前に文庫になったのを知ってようやく買って読んだ吉田豪の『サブカル・スーパースター伝』の話から始めたいと思います。 このは、書評家・インタビュアーの著者が、「サブカルは四〇越えるとになる」というテーゼをその界隈の有名人たちに問いかけた連載を元にしたものですが、書名に「」の文字が入っているものの、インタビューを受けている人たちが皆それに当てはまるわけではなく事情もそれぞれで、これも著者の表現を借りるなら「サブカルというか文系な有名人はだいたい四〇歳前後で、一度精神的に壊れがち」ぐらいが適当でしょう。 ただ実際にを読むと、「サブカル」でくくらなくても、同じく40歳を越えたそれこそワタシを含むサラリーマンにも当てはまる普遍的な内容に思いました。 もう仕事の上では若手じゃないし、ベテランの入口みたいなところに入ってきたとき、この程度のことし

  • 田中圭一のゲームっぽい日常 マンガ家にとって「50歳」とはどういうことなのか - OPTPiX Labs Blog

    今年もあと残り3ヶ月を切ってしまった。ついこの間、年が明けたとばかり思ってたのに、だ。 さて、題に入ろう。私は現在52歳。日人男性の平均寿命が79歳なので、ざっくりと余命は27年もあるわけだ。…27年も?いや、27年しか残っていないワケだ。 特に、マンガ家という「精密な絵を描く仕事」「感性豊かな物語を作る仕事」「常に新しいトレンドを作り出す仕事」に従事する者としては、27年はちっとも長い時間ではない。 50代になり、目に見えて「仕事に対する集中力」が落ちてきたのを感じる。40代までは1時間でできた仕事が、50代になって2時間以上かかることがある。 70代で今なお現役のあの宮崎駿監督も、最新作「風立ちぬ」は完成までに7年かかっている。だが、宮崎さんの劇場作品第1作「ルパン三世・カリオストロの城」はたった3ヶ月で完成している。もちろん、予算や時間制限の問題があっての3ヶ月だから単純比較すべ

    田中圭一のゲームっぽい日常 マンガ家にとって「50歳」とはどういうことなのか - OPTPiX Labs Blog
  • 「50過ぎたら楽になるわよ」の真実 - ohnosakiko’s blog

    40歳前後の頃、50代の女性に「50過ぎたら楽になるわよ」と言われたことがある。 彼女たちは私が持っていた一般人対象の美術系講座の生徒さんで、当時53〜54歳くらい。皆さんとても明るく楽しそうでエネルギッシュで、「私より全然元気だな〜」といつも感心していた。 50過ぎたら楽になる。それを聞いた時、私は思わず「ほんとに?」と真顔でいついたのを覚えている。その人は笑って「たぶんね」と言い、「ある時憑き物が落ちたみたいに、スーッと軽くなるの。ね?」ともう一人に同意を求め、隣の人は「先生くらいの年齢は一番大変なのよ。でもそこを抜けたら楽だから」と言った。そうなんですか。 確かに、その頃の私はいろいろとしんどかった。眼に見える更年期障害はまだなかったが、精神的には不安定。その中心にあったのは、加齢恐怖だ。 その頃、同世代の同性の友人と会えば、 「最近ちょっとヤバいんだ」 「うん。私もちょっともう、

    「50過ぎたら楽になるわよ」の真実 - ohnosakiko’s blog
    mshkh
    mshkh 2014/09/03
    こういうような思いが男性との違いだよなあ.まあ,社会的な要因が強いのかもしれないけど
  • [書評]フランシス子へ(吉本隆明): 極東ブログ

    まさか吉隆明が最後の最後にこんな傑作を残していくとは思わなかった。晩年のテレビ講演などを見ると、もうほとんど惚けているとしか思えない恍惚感まで浮かべていて、死ぬ前から著作物はもう期待されないだろうと思っていた。それがまさかのまさか。 亡くなる三か月前までの肉声を伝える、この、「フランシス子へ」はすごかった。老人惚けのような語りと極限まで押し詰められた思念が一つの純粋な言語の結晶となっているのだ。語りがそのまま詩になっている。 吉さんがこんな白鳥の歌を残していたんだと、読みながら、涙があふれてきた。それでいて、可笑しくて、笑いもこぼれる。こんなってあっただろうか。 タイトル、「フランシス子へ」というのは、「フランシス子」と名付けられた(ばななさんが命名した)の死に捧げたものである。吉さんの死に先立つ九ヶ月前のことだった。16歳4か月だったという。としては高齢の部類では入っていた

  • ララビアータ:禁酒月間 - livedoor Blog(ブログ)

    何十年か前から、五月は禁酒することにしている。月の初めには、酒のことを一切考えないことにしているので、さほど飲みたいという気がしない。しかし終わりごろになると、いよいよ禁酒月間が終わるという考えがちらちらし始め、何とも酒に対する欲求がにわかに増大してくる。そうして月明けを指折り待つことになる。いじましい限りだ。 それなら、いっそそんなこと、よせばよさそうなものだが、いったん決めたことをやめると、それが癖になってしまうと思うから、何とかかんとか続けている。意志が強い人なら、そんな必要はなかろうが、私は自分でも折り紙つきの意志の弱さを誇っているので、そんな配慮が必要なのである。 いよいよ六月に入って待望のビールを口にすると、これが存外まずい。毎年不思議に思うが、毎年まずい。そんなはずはないと思って二口三口と飲んでみるが、やっぱりまずい。それでもがっかりしながら、うまくもないものを呑んで、いつも

  • 「先生」の老後 - 天漢日乗

    別段、公的に認められている教育機関の教師でなくても 先生 と呼ばれる立場になることはできる。医師など医療関係者しかり、スポーツの指導者しかり、習い事の先生しかり、占い師しかり、政治家しかり。 占い師や政治家はともかくとして、何かの関係で 先生 と呼ばれるようになった人たちが老後を迎えたとき、やってくる 高齢クライシス の最たるモノを言えば それまで自我を支えていた「他者による承認」がなくなる ことだろう。自前で教室を開くなどしていれば、自分が辞めるまでは 先生 でいられるけれども、公的な教育期間には停年がある。スポーツの指導者には体力的に停年がやってくる。 先生 と言う言葉には魔力がある。 「先生」の属性には「全能感」がある わけで、そんなのウソだと思ってるんだが、それでも 先生と呼ぶ側 には、多少なりとも信頼がある(ただし政治家同士を除く)だろうわけで、そうした 頼られているという自負

    「先生」の老後 - 天漢日乗
  • 老いの基準? - シニア現場の隅っこ。was使いやすさを考えてみる。(アクティブシニア・シルバー層の現場から)

    運営しているパソコン教室は年賀状シーズンで、毎日が年賀状祭りである。 この時期にしかいらっしゃらない人もいらして「1年ぶりにお会いできました!」と色々な意味で再会を喜ぶこともある。 1年に1回お会いすると、75歳くらいからざっくり老いるなあ、と感じる。 しかし、60歳だった人が、5年後に65歳になると、60歳のころの勢いはない。徐々に老いていく。 シニア層を観察する仕事をやっていることもあり、どうして「老いた」と思ってしまうのか、常々考えている。 「判断力が鈍くなる」「新しいものに対して拒否感が出る」「視野が狭くなり気付かなくなる」「聴覚が弱まり、うまく聞き取れないから理解が難しくなる」「聴覚が弱まるので、聞いたことを整理するのに時間がかかる」 女性は比較的若く見える方が多い。しかし、教えていると「あれ?この人、実年齢はかなり上だろうな。。」と思い、データを見ると、確かにご高齢だ。見た目の

    老いの基準? - シニア現場の隅っこ。was使いやすさを考えてみる。(アクティブシニア・シルバー層の現場から)
    mshkh
    mshkh 2009/12/09
    面白うてやがて哀しきというか,いろいろ考えさせられる
  • 男性のコミュニケーション:使いやすさを考えてみる。(アクティブシニア・シルバー層の現場から)

    先日、シニア層のTさん(定年退職済み)とランチをしながら、男性のコミュニケーションについて盛り上がった。 話の発端は、老人ホームについて。 ワタシの知り合いの元気シニアが有料老人ホームを探していて、お試しステイをしたら、既に住んでいる方に「御宅のご主人様、どちらの大学ご出身?」と聞かれて参った、という話をした。 その話はヤソジ会(80歳以上が中心の飲み会)で出たのだが、「ひゃあ」と思ったものだ。定年退職して、何十回目かの青春においても尚、まだ学歴って重要なのか! その話をしたところ、Tさんが仰った。 「定年退職して、そういう会合とかにいくと、男性は『僕は○○大学出身、○○商事で部長までいきました。あなたは?』と自己紹介が始まるんだよ」 ゲゲゲの鬼太郎。 そういう枠の中から外れると、自分自身を証明できるものがなくなるんだろう。自分という存在を支えているのは過去だったりするわけだから。 星野富

    男性のコミュニケーション:使いやすさを考えてみる。(アクティブシニア・シルバー層の現場から)
    mshkh
    mshkh 2009/01/23
    まあなんというか,いろいろ考えさせられる
  • 晴れ - finalventの日記

    富士山が見える。今年もあと二週間かと思いカレンダーをみると二週間後は晦日。二週間というのは微妙な時間だな。 夢は見たようだが覚えていない。このところ物事あまりくよくよ考えなくなった。その分、瞑想みたいに無意識を自然に探ることもない。よくわからない。一時期の気分的なものだろうか。 そういえば、老いていくのがいやだなと思うことが多い。いやだからどうだという問題でもないし、人生の大半は終わったようにも思う。公園などで子連れの若いお母さんとか見ても、子連れだからお母さんに見えるだけで、そうでないと高校生くらいの娘さんかなと思ってしまう。 年を取るのがいやだなというのは奇妙な思いで、思いのなかでは自分の心の年齢は曖昧だ。性欲とか動物的な情動に掻き乱されない平穏さみたいなものもあるが、反面それを喪失していく自分が不思議のようでもあり、そしてそれは存在としては喪失していないようにも思える。

    晴れ - finalventの日記
  • フランス人は65歳から70歳が人生で一番幸せ: 極東ブログ

    先日NHKラジオ深夜便でフランスからの話を聞いていて、へえと思った。フランス人は65歳から70歳が人生で一番幸せだというのだ。年を取るとあまり幸せなことってないなと自分は思っていたので、意外でもあった。 話は個人的な感想といったものではなく、国立統計経済研究所の発表によるものらしい。同研究所はINSEEというので、ネットでオリジナル情報を探してみたが、サイトはわかったが該当情報はわからなかった。インターネットはフランス語の情報になるとてきめん不便になるような気がするが私がフランス語ができないせいものあるだろう。 統計は、1975年から長期にわたっての分析とのことで、特定の世代や景気の要素は排除されているらしい。つまり、フランス人にしてみると、概ね、65歳を過ぎると人生最高の幸せの時期となるとのことだ。いや、単純になぜなんだろ、うらやましいな、なにか秘訣でもあるのかとしばし思いを巡らした。

    mshkh
    mshkh 2008/12/05
    65歳から70歳が人生で一番幸せっていう社会は,理想の社会のような気がする.今の日本は,いろんな意味でそうではない気がして残念
  • ぼけてなお、幸せに生きるために~『「痴呆老人」は何を見ているか』 大井玄著(評:澁川祐子):日経ビジネスオンライン

    高齢化社会が問題となって久しいが、書店の棚を眺めていると、いよいよ事態が深刻化してきたなと思う。ここんとこ、「老」の文字がついたがさかんに目につくようになったからだ。老後の生き方指南書はもちろん、住まいや遺言の残し方などハウツーものも多い。そうしたのなかから、『おひとりさまの老後』(上野千鶴子著、法研)といったベストセラーも生まれている。 第一次ベビーブーム(1947年~1949年)の世代が60代に差しかかり、高齢者(65歳以上)が増加の一途をたどる日の社会。そこには、「老いていく自分」に対する不安が渦巻いている。だからこそ、「老後をいかに過ごすか」を説くが次々と出版されているのだろう。 年とともに体力、気力が失われていくのを実感しつつ、もしも病気になったら、「ぼけ」てしまったら、と不安ははてしなく浮かぶ。だが、病気も「ぼけ」もいくら防ごうと思っても、完璧に防げることは決してない。

    ぼけてなお、幸せに生きるために~『「痴呆老人」は何を見ているか』 大井玄著(評:澁川祐子):日経ビジネスオンライン
    mshkh
    mshkh 2008/04/24
    読んでみるか
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