タグ

関連タグで絞り込む (2)

タグの絞り込みを解除

研究と比較文学に関するmshkhのブックマーク (1)

  • 何でも比較はできる。 - jun-jun1965の日記

    http://d.hatena.ne.jp/genkaiblog/20130719/p1 「この論文は、ある意味で一番ショッキングかもしれない。なぜなら、円城塔と石原慎太郎という、接点などほとんどないように思える作家をとりあげ「交点」をさぐるのだから。そんなものあるのか? いぶかしく思うの当然だ」 これは、比較文学の教材に最適だと思った。かつて、『万葉集』が朝鮮語で読めるという議論があった時だったか、金田一春彦は、「manyoshu」と書けば、many odes に似ているから、『万葉集』は英語でも読めると批判したが、国内外を問わず、任意の二つの文学者ないし作品を持ってきたら、いかなる作品作家でも、比較はできるのである。 たとえば、紫式部とトーマス・マンは非常に似ている、と論じてみようか。『ブッデンブローク家の人びと』は、マンの生家をモデルに、一つの家が没落するさまを描いているが、『源氏物

    何でも比較はできる。 - jun-jun1965の日記
    mshkh
    mshkh 2013/08/23
    「比較文学というのは、こういう無関係な作品同士の比較研究をやってきて、それはとうてい学問ではないだろうという結論に達した学問」
  • 1