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仏教に関するTomosugiのブックマーク (8)

  • 続・浄土真宗の僧侶です

    今一度、お付き合いいただければと思います。 まずは、今回の私の投稿をお読みいただき、重ね重ねありがとうございました。まさかここまでの反響をいただくとは夢にも思わず、ブックマークが1000を超えた辺りから身体が震え出し、喉はからからに渇き、手の痺れが止まらない体たらくで、よくも悪くも注目を集めることの重圧を初めて味わいました。お恥ずかしい限りの有り様です。 「きっかけをくれた(元)増田にもありがとう」 「この説法を読んだみんな (元)増田のお祖父さんのリモート葬儀に参列したようなものだ」 「(元)増田さんが勇気を出して書かなければ現れなかったご縁」 とコメントしてくださった方がおられましたが、正にその通りだと思います。 お祖父様の生前のご希望・ご親族のわだかまり・元増田さんの苦慮と懊悩・私が僧侶として学び感じてきたこと……様々な縁が積み重なって因となり、この果をもたらしました。 一連の記事を

    続・浄土真宗の僧侶です
  • 浄土真宗の僧侶です。初めて書き込みます。 不慣れなため、先ほど書いた..

    浄土真宗の僧侶です。初めて書き込みます。 不慣れなため、先ほど書いた文章がすべて消えてしまい心折れかけましたが、やはり大事なことなので、増田さんに伝わればと願って改めて書き直します。 お祖父様のことをお悔やみ申し上げるとともに、今回このような形で、増田さんやお母様が悲しまれる結果になってしまったこと、痛惜に堪えません。 結論から言わせていただくと、リモート葬儀それ自体に否はありません。そんなもので台無しになるのが仏の教えならば、仏法は2500年も受け継がれたりなどしません。 私から言わせれば、死者を軽んじ、葬儀を台無しにしているのは、ご親族の方だと思います。 葬儀とは「弔(とむら)い」であります。弔いとは元来、「訪(とぶら)い」という字を用いました。これは遠近様々な場所から死者の元へと人々が訪れる様子を意味していますが、決してそれだけではありません。 死者に出会うということは、まだ生きてい

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  • 曹洞宗?貧乏檀家の悲運

    これから書こうとしているのは、お寺に搾取される貧乏な檀家のお話だ。 秋田の片田舎に母の生家がある。元教員だった和尚さんのいるお寺は曹洞宗で、生家はそこの檀家だった。というかその周辺部落のほとんどの家が檀家だった。命日にはハガキで通知をしてくれるなど、聞いていると役所的役割を果たしているように思った。つまり、檀家と各檀家の仏様の命日がデータベース化されているのだった。 人望が厚く信心深かった叔母が婿を取って後を継いでいたが、数年前に病死した。信心深い人(あの世でより仏に近くに行ける人?)や長生きした人は、それなりの大そうな戒名を頂けるというのが慣わしだそうで、大そうな戒名を頂いたことを生家では誇りにしていた。 若くしてなくなった人やあまりお寺に縁のなかった人には位の低い戒名しか頂けない。55歳で亡くなった私の母もごく経済的な戒名で済んだ。 そしてココが問題なのだが、よい戒名にはそれに見合うお

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  • 仏教・お寺メディア お寺のじかん

    お寺のじかんとは 仏教やお寺を様々な観点から見つめ 体験したこと、気づいたこと、お寺イベント情報などを配信していきます。 この「お寺のじかん」をきっかけに仏教やお寺をもっと身近に感じてもらい、ご自身の人生のヒントとなれば幸いです。

    仏教・お寺メディア お寺のじかん
  • 極貧寺の蓮如、圧倒的「子だくさん力」でカリスマに 織田信長と「一向一揆」の抗争(その1) | JBpress (ジェイビープレス)

    戦国時代の主役は誰かと聞かれれば、おそらく多くの人が織田信長の名前を挙げることでしょう。そして、その信長を最も苦しめた存在は何かとなると、歴史に比較的詳しい人ならば、武田信玄や上杉謙信といった有名どころの武将を押し退けて「一向一揆」の名を挙げるのではないでしょうか。 信長と一向一揆の抗争は10年以上も続き、信長は弟を含む多くの重臣を失いながらも、決定的な勝利で屈服させることはできませんでした。その決着も、信長に有利な条件とはいえ、和睦という形でついています。 事実上、天下を取りつつあった信長を最も苦しめたのが一向一揆です。ところが、多くの講談や解説にその名が登場するものの、一向一揆自体を主題とした解説や評論はその歴史的影響力に比べ少ないと言っていいでしょう。 そこで今回から3回にわたって、戦国時代における一向一揆の実像について解説していきたいと思います。初回となる今回は、戦国時代初期に浄土

    極貧寺の蓮如、圧倒的「子だくさん力」でカリスマに 織田信長と「一向一揆」の抗争(その1) | JBpress (ジェイビープレス)
  • 霊隠寺 - 13 天国と地獄

  • 三井寺>教義の紹介>仏教豆百科>呉音と漢音

    在家の方が法事などでお坊さんが唱えるお経を耳にされるとき、どういった内容のお経を唱えているのか分からないという経験は少なからずお持ちのことと思います。例外を除いてお経は音読みの素読で唱えられることがその原因です。 音読みにも呉音と漢音があります。呉音は揚子江南部の下流域に3世紀に栄えた魏・呉・蜀の国(現在の蘇州・上海地方)で話されていた漢字音です。ですから呉音といいます。仏教が日に伝来したのは538年。朝鮮半島の百済の国からでした。当然のことながら経典は呉音で読まれていた訳です。しかし、7世紀から9世紀、中国は随・唐によって統一されます。彼ら北西部の民族が話す漢字音を漢音といいます。 桓武天皇は中国での標準語たる漢音を正式な漢字音(正音)と定める勅まで発令しております。しかし、当時の仏教界では慣れ親しんだ呉音での読み方が根強く残りました。今日、仏教語をほとんど呉音で読むのはその影響が色濃

  • 無宗教で弔うこと - ohnosakiko’s blog

    国や地域や宗教によって、さまざまなかたちを取るお葬式。日では仏教形式で行われることが多い。これまで私が参列した葬儀は9割方、仏式だった。あとはキリスト教。亡き伯父と伯母がクリスチャンだったからだが、では仏式で弔われた人々は皆仏教徒だったのかと言えば、おそらくそうではないだろう。 年輩者で定期的にお寺参りに行ったりお坊さんの説教を聞きに行ったりする人はいたかもしれないし、そこまでではない人もお盆で先祖の墓参りくらいはしたかもしれない。しかしほとんどの人は、「うちは◯◯宗らしいな」くらいのことはわかっていても、仏教とは無縁の生活を送っていたと思う。多くの人の日常において、特定の宗教の匂いは薄い。 だからいざ身内が死んで通夜だ葬儀だとなると、まず何をどうしていいかまごつくことがある。伊丹十三の映画『お葬式』では、遺族がビデオで仏式葬儀のあらましを学習するシーンがあった。他人の葬儀で何となく勝手

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