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文学に関するmedihenのブックマーク (10)

  • 万城目学氏、直木賞を受賞する - この門をくぐる者は一切の高望みを捨てよ

    昨年、十二月二十一日のことである。 森見登美彦氏は、万城目学氏と、ヨーロッパ企画の上田誠氏との忘年会に参加した。年末の京都に清らかなおっさんたちが集う忘年会も、すでに六回目を数える。 「六回目といえば」 ということで、万城目氏が新作『八月の御所グラウンド』で六回目の直木賞候補になっているという話になった。 しかし万城目氏の顔つきは暗かった。 「どうせあかんねん」 「待ち会はしないんですか?」 「そんなもんせえへんわ。いつもどおりにしてる」 それはいかん、と登美彦氏は思った。度重なる落選にウンザリする気持ちはよく分かるが、直木賞はようするに「お祭り」なのであって、盛りあがらなければ損である。「待ち会」は落ちてからが番なのだ。落選したってええじゃないか! 「何をいじけてるんです。待ち会やりましょう!」 「なんでやねん!」 「やるなら東京まで行きますって」 「あ、それなら僕も行きます」と上田氏

    万城目学氏、直木賞を受賞する - この門をくぐる者は一切の高望みを捨てよ
    medihen
    medihen 2024/01/20
    「待ち会」と言うんだ。
  • 『俳句歳時記』の“気象俳句”を気象予報士と考察する

    俳句で使われる季語だけを集めた『俳句歳時記』という書籍がいくつも出ている。 季語は「季節を表す言葉」だけあり、気象に関する季語と俳句も多く載っている。 この俳句歳時記に載っている気象に関する季語と、気象俳句を、気象予報士と一緒に鑑賞してみたい。 超絶シブい記事です、すみません。 まずはいちおう念のため、俳句と季語について解説しておきたい。 俳句には、文字数を五・七・五、または17音にまとめる。切れ字(切れとも、句中で詠嘆する部分、「や」、「かな」、「けり」などの文字)を入れる。季語を入れるなどのルールがある。 俳句を作るうえで、文字数や切れは自分で調整ができるものの、季語に関しては、使おうとしているその言葉が、季語かどうか、季語であればいつの季節の言葉なのかを調べる必要がある。 その便宜を図る目的で、季語と実際にその季語を使用した俳句を収録したが『歳時記』や『俳句歳時記』などの名称でいく

    『俳句歳時記』の“気象俳句”を気象予報士と考察する
    medihen
    medihen 2024/01/13
    文学と科学の接点に生活感がある、という感じ。今回は冬編だけど、他の季節もやって欲しい。
  • ジョン・ガッテニョ「SF小説」(文庫クセジュ) SFは方法とテーマの文学。人間や社会にペシミスティック出会っても科学への信頼は揺るがない。 - odd_hatchの読書ノート

    これを読むと、ミステリ(探偵小説)は形式の文学だなあと思う。形式は犯罪→探偵→捜査(解決)で構成される。そこにはしばしばテーマはない。形式を踏まえていれば、何の内容もなくてかまわない。量産されるミステリ(探偵小説)はそういうものだ。また作品はしばしば超歴史的。どこでだれがどのような状態で書いたかというのは、形式を検討するときに問題にされない。なので、19世紀の短編は21世紀の短編と形式において比較可能になる。 一方、サイエンス・フィクション(SF)は方法とテーマの文学だ。方法は科学的思考(ここでは知識と推論で代表される。別のなにかでいえそうだが、自分には見つからない)。その方法でいくつかのテーマを扱う。無理やりに統合すると予測(仮説とか外挿とかでもいいような気がするがぴったりすることばが見つからない)。このふたつがとりあえずそろっていれば、形式なぞなくてもSFは可能になる。とはいえ、19世

    ジョン・ガッテニョ「SF小説」(文庫クセジュ) SFは方法とテーマの文学。人間や社会にペシミスティック出会っても科学への信頼は揺るがない。 - odd_hatchの読書ノート
    medihen
    medihen 2023/02/06
    "SFが科学(知見と思考)をベースにしているのと同じく、消費社会と都市化もベースにしている。それらを共有する読者=市民がいることが、ジャンルとしてのSFが書かれる前提になっている"
  • 文章のなかの地理空間 - 地理空間情報科学(GIS)と自然言語処理(NLP)の融合へ向けて -

    MIERUNE Meetup mini #4( https://mierune.connpass.com/event/257222/ )で使用した発表スライド(一部修正版)

    文章のなかの地理空間 - 地理空間情報科学(GIS)と自然言語処理(NLP)の融合へ向けて -
    medihen
    medihen 2022/09/14
    「計算機によって「文章」を読解し「地図」と結び付ける」←すごく面白そうだけど、文学作品を扱うと描写が曖昧だったり不正確だったりで大変そう。(掴みの『奥の細道』はおもしろかったけど)
  • 上皇后を大笑いさせた日本通のフィリピン人作家

    フィリピンの作家フランシスコ・ショニール・ホセ(Francisco Sionil José)さんが2022年1月6日に亡くなった。97歳だった。日で言えば文化功労章にあたるフィリピンのナショナル・アーティストの称号を持ち、アジアのノーベル賞とされるマグサイサイ賞のほか、2001年には日政府から勲三等瑞宝章を授与された。「仮面の群れ」「民衆」などフィリピン近現代の苦悩を描いた代表作が日を含む多くの国で翻訳されている。 亡くなってから少し時間がたったが、改めてホセさんについて書いておきたいと思ったのは、私の見た限り日の新聞やマスメディアが訃報を伝えていないからだ。東南アジアの社会や文化に対して日人の関心が薄れていると常日頃感じている私は、戦中から戦後にかけて日と深くかかわったこの作家の記憶を少しでも留めておきたいと考えた。 日軍兵士からビンタの過去 ホセさんはマニラの歓楽街エルミ

    上皇后を大笑いさせた日本通のフィリピン人作家
    medihen
    medihen 2022/03/28
    "日本に自己再生の力があるかは疑わしい。直面する問題についての開かれた議論が少ない"、"それでも日本は成熟した民主主義を持っている"、"国粋主義的になれば危ない"、"発展の基礎はいつも倫理や道徳だ"
  • 文学部になんか行くなって言え、の筆者による反省

    昨日か一昨日、『文学部になんか行くな、勉強しても報われないぞって初めから言え』のエントリを書いた人間です。 追加で記事を書くのは言い訳がましい。 でもめっちゃ風評被害をまき散らしてしまったので、ちょっとだけ冷えた頭で過去を捉えなおした記事を書きたいと思いました。 あれを読んで嫌な気持ちになった人に謝れるわけではないし限りなく自己満足ですが、ネットの海に放流しておきたかったので。 ・文学部は俺の未来に害を及ぼしたわけではない 就活で心が折れてしまった上に、俺の性格が極端で未熟だったことによるところが大きい。 確かに、客観的に見れば貴重なことを文学部で学んだのかもしれない。 文学部の人や人文学に触れたことがある人は知っていると思うが、文学部は感想文を書き散らすところでは断じてない。 まずは対象となる作品に触れて、自分で疑問を発見したり、隠されたものがあるのでは?と気づく。 そしたら、その疑問や

    文学部になんか行くなって言え、の筆者による反省
    medihen
    medihen 2022/01/18
    文学部で学んだ人こそ、人間は挫折するものなのだということをよく知っていそうな気がするのだけど、文学や文学部というものに対する誤解だろうか。
  • 『文學界』から干されたオレがなぜかまた文芸時評をやっている件について(第七回)|文学+WEB版

    過去作読み放題。前衛的にして終末的な文学とその周辺の批評を毎月4前後アップしています。文学に限らず批評・創作に関心のある稀有な皆さま、毎…

    『文學界』から干されたオレがなぜかまた文芸時評をやっている件について(第七回)|文学+WEB版
    medihen
    medihen 2021/12/20
    "書評家の豊崎由美がTwitterでTikTok書評にケチをつけてその反発で大いに炎上しているが、売り上げに貢献しない評文を二の次とする潮流はおそらくはもう不可避的なものだ"
  • もう作家研究は難しすぎる

    かつて書籍の「全集」では、書簡だとか少部数発行の冊子に発表された文章を補遺などの形で収録していた。 研究家も必死に発掘したり発言を追ったりしていたものだが、 今や作家自身がネットで発表も発言もネットで頻繁に行い、そして削除することも容易だ。 そして他者とのやり取りを書簡ではなくメールやSNSで行っている時代となると、 もはやかつてのような作家研究は困難だと思う。 もともとすべてを追うことなど不可能ではあるが、 実際のところ、現代の作家研究はどのようなものになっているのだろうか。 あるいはかつて「作家研究」「作家全集」とされていたものは、 あまりにも事足りないものだったという事だろうか。 現代の研究家の心の落とし所はどのようなものなのだろう。

    もう作家研究は難しすぎる
    medihen
    medihen 2021/06/21
    "他者とのやり取りを書簡ではなくメールやSNSで行っている時代となると、もはやかつてのような作家研究は困難" → そこでAIの出番、ってことになるのでは、
  • アメリカ大統領選挙の支持地盤で読む、アメリカ文学リスト - ボヘミアの海岸線

    2020年アメリカ大統領選挙は激戦だった。2016年大統領選挙以降、世界中で、共和党と民主党それぞれを支持する「支持州」と「支持層」に注目が集まったように思う。 アメリカの大統領選挙は、人口ごとに選挙人数が割り振られ、州ごとにどちらかの政党を選ぶ「勝者総取り方式」が大半だ。そして州ごとにどちらかの政党を選ぶ傾向があり、この傾向は「土地」と「社会構成」を反映するため、多くのニュースやエッセイが問いを投げかける。 各政党の支持地盤はどんな地域か、どんな歴史があるのか、どんな人たちが住んでいるのか? この問いにたいする論考やエッセイ、書籍はすでにたくさんあるが、「アメリカ文学」もこの問いにたいして答えのひとつを持っている、と思う。 文学は、土地と社会と人によって育まれる。「どんな人たちなのか」「その人たちが生きる土地はどんな場所か」「その土地はどんな歴史を持っているのか」を知るには、うってつけだ

    アメリカ大統領選挙の支持地盤で読む、アメリカ文学リスト - ボヘミアの海岸線
    medihen
    medihen 2020/11/12
    エンタメ小説分野でやるとどうなるんですかね。
  • 品田悦一「万葉ポピュリズムを憂う」 - 白水社

    『万葉集』の作者層が「天皇から庶民まで」にわたるというのは、近代国家建設期に、国民的一体感の醸成という国家的課題に沿って作為された想像、幻想である。そのことを私はもう二十年も前に実証し、『分断された時代を生きる』(白水社、二〇一七年)にも寄稿した。 ところが、この古臭い幻想を早口でまくし立てた男がいる。耳を疑うそばから奉祝ムードが拡がり、次々に便乗が刊行された。東歌は民謡であるなどと、とっくに潰(つい)えた説を蒸し返す輩(やから)まで現れたではないか。おいおい、改元したと思ったら、昭和に後戻りしたのかい? 東歌は巻十四に二三〇首が載る。あからさまな性愛表現など、『万葉集』中の異彩と評すべき歌群だが、すべて定型の短歌であって、字余りの様相までが都の貴族たちの作とまったく同一の法則に支配されている。短歌という貴族の詩形に、この詩形が許す限りで特異な内容を盛った歌々、それが東歌なのだ。 足(あ

    品田悦一「万葉ポピュリズムを憂う」 - 白水社
    medihen
    medihen 2020/10/15
    "『万葉集』の作者層が「天皇から庶民まで」にわたるというのは、近代国家建設期に、国民的一体感の醸成という国家的課題に沿って作為された想像、幻想である"
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