日本画に使う顔料でモノクロ写真に色づけする彩色写真。カラーのない時代に横浜で生まれたとされる独特の技法で、海外にも輸出された。全国有数のコレクションを誇る横浜開港資料館で、初公開を含む写真が多数展示されている。 彩色写真は、一大生産拠点だった横浜から国内外に広がり、横浜写真とも呼ばれた。日本写真の開祖の一人で、日本画家の下岡蓮杖が創始者という説や、幕末に居留地で写真館を経営したフェリックス・ベアトが広めたという説もある。 絵付け師が1枚1枚色づけし、カラー写真と見間違う仕上がりになっている。大手写真館には大勢の絵付け師が働き、20人近い絵付け師を抱える外国写真館もあったという。 西洋の写真技術と日本画の伝統技術が融合した工芸品で、外国人旅行者や帰国者が持ち帰り、日本の風俗や風景の紹介にひと役かった。明治中期が最盛期だったという。 企画展「フォトスタジオの聖地・横浜」では、前田橋(中