記事:春秋社 アジアの文学はいま、世界に広がりつつある 書籍情報はこちら 世界に広がる日本の文学…? 村上春樹、川上未映子、多和田葉子、柳美里、松田青子、小川洋子……。近年、海外の主要な文学賞で日本人作家の受賞やノミネートが取り沙汰されることが増えてきているようだ。 欧米で近年注目されているのは「日本文学」だけではない。アジア、アフリカ、ラテンアメリカといった欧米圏以外の地域の文学に注目が集まっていると言っていい。その背景には、これまで英語という単一の言語や、欧米という閉ざされた地域の文学ばかりに注目されていたことへの反省と、地域・言語を超えた多様な世界の文学に新しい表現を求めていることがある。 近代/現代文学という営みがそもそも欧米に端を発するものであることは一旦脇に置くとしても、世界の各地で、それぞれの言葉で、人々は物語を紡ぎ続けてきた。しかし作品への評価はこれまで、欧米の主要な言語で
〈おじさんが おばさんが 昔話しちゃうのは 17歳に戻りたいから〉 〈おじさんが おばさんが 昔話しちゃうのは 17歳には戻れないから〉 物語が折り返しを過ぎた『不適切にもほどがある!』(TBS系)。第6話「昔話しちゃダメですか?」のミュージカルシーンで歌われた、一見真逆だと思われる事柄が背中合わせで共存する歌詞を聞き、どうやらこの「逆も真なり」が、本作の骨子なのではないかと思えてきた。 1986年(昭和61年)から、38年後の2024年(令和6年)の世界にタイムスリップしてきた昭和10年生まれ、50歳の体育教師・小川市郎(阿部サダヲ)は、骨の髄まで昭和の価値観に染まった昭和のおじさんだ。2024年を生きる人々は、令和の常識から考えれば不適切極まりない市郎の言動にふれて驚愕し、あるいは憤りながら、ふと考える。「ダメダメ尽くし」の令和のコンプライアンスが禁じるところの、「ダメ」の実態とは一体
ドラマ「不適切にもほどがある!」(TBS系)が話題だ。昭和の中年体育教師が令和にタイムスリップして、セクハラ、パワハラなどを槍玉に挙げる「コンプラ」に「気持ち悪りぃ!」と全力でぶつかっていくコメディ。コラムニストの藤井セイラさんは「連続ドラマなので今後のどんでん返しに期待したい。ただ、第3話に出てきた『セクハラのガイドライン』はちょっとマズいのでは……」という――。 「不適切にもほどがある!」の第3話に賛否両論の声 TBSの金曜ドラマ「不適切にもほどがある!」のワンシーンがネットで話題だ。問題の場面は2月9日に放送された。宮藤官九郎脚本のこのドラマ、通称「ふてほど」は、「令和 VS 昭和」のコンプライアンス・ギャップがテーマ。 主人公の市郎(阿部サダヲ)は、体罰上等の昭和の中学教師だ。顧問を務める野球部では「バテるんだよ水飲むと!」と、練習中の水分補給は禁止。ノックをしながら「男のくせにー
百年前にアーサー・ウェイリーが英訳した「源氏物語」を現代日本語に訳し直した毬矢まりえ・森山恵姉妹が、「源氏物語」の時空を超えた魅力を読み解く『レディ・ムラサキのティーパーティ らせん訳「源氏物語」』。書評家の渡辺祐真さんは本書を読んで、「文学の一番おいしいところ」を伝える方法に感動したという。それはまるで、紫式部と清少納言の意外なコラボレーションのようでもあった…。 文学の一番おいしいところ 最も尊敬する文学研究者の友人とお茶していたときのことである。そろそろ学会発表が近いと嘆く友人が、遠い目をしながらふと漏らした。 「文学の一番おいしいところは、論文では伝えられないんだよ」 論文とは緻密な根拠と論理によって、文学に込められた意義や価値、解釈を提示する営みである。主に大学や学会と呼ばれる専門的な場所で展開される。 僕は大学院を知らないし、研究者になったわけではないので、その真偽はわからない
「昔好きだった作品」の表現に戸惑ってしまったら? フィクションが与える2つの影響——文学研究者・小川公代さん こここスタディ vol.19 子どものころ夢中になっていた漫画やアニメ、小説。大人になった今見てみると、当時を懐かしく思う一方で、「男らしさ」や「女らしさ」の表現が目についたり、「セクハラ」や「パワハラ」とも取れるシーンが気になったりしてしまって、昔のように無邪気に楽しめなくなることが増えた。 描かれている振る舞いと、現代の価値観とのギャップに少しでも気づいてしまうと、「私、その作品好きだったんだよね」という言葉さえ、もはや言い出しにくい気持ちになる。時代や自分の価値観が変わった……と言ってしまえばそうだけれど、その作品が好きだった過去の自分さえも否定するようで、どこかさみしい。 私たちは、自分の、あるいは社会の変化を受け止めながらも、かつてのめり込んだ“古い”作品を楽しむことはで
3/15(金)、一橋講堂(千代田区一ツ橋)にて、DHの国際シンポジウム「ビッグデータ時代の文学研究と研究基盤」が開催されます。そこで基調講演をしてくださるTed Underwood先生は、ビッグデータ時代の文学研究に正面から取り組む英文学者として活躍しておられ、2019年、その成果として「Distant Horizons: Digital Evidence and Literary Change」をシカゴ大学出版局から刊行されました。この本の序文は、大変興味深いものであり、膨大なデジタルテキストをにどのように取り組めばよいのか、そして、それによって、人がただ読むだけではうまく見えてこなかった文学の様々な側面、特に文学史やジャンルがどのようにして見えるようになるのか、ということについて、ラディカルな議論と一つの解決の方向性を提示しておられます。本の全体としてはその具体的な方法も示されています
今年の大河ドラマは『光る君へ』 (NHK/日曜夜8:00〜)。舞台は平安時代、主人公は『源氏物語」の作者・紫式部。1000年前を生きた女性の手によって光る君=光源氏の物語はどう紡がれていったのか、その過程はどう描かれるのか。ドラマを愛するつぶやき人・ぬえさんと、絵師・南天さんが各話を毎週考察する連載スタートです。 私が平安時代の文化、風俗そして古典文学に興味を持ったきっかけは、子どもの頃に読んだ漫画『あさきゆめみし』(大和和紀)であった。源氏物語がこんなにも面白いのだと知り、図書館で今度は漫画ではない源氏物語の訳本を探して読みふけった。同じく「あさきゆめみし」からそうした道を辿った友達数人と、どの作家の訳本が一番好きかなどを語り合った日々が懐かしい。 少女の私たちを夢中にさせた源氏物語、それを世に送り出した約1000年前の作家・紫式部が今年の大河ドラマ『光る君へ』の主人公である。 私は子ど
TBSドラマ『VIVANT』がおおいに盛り上がっている。個人的には心の1本になるような作品ではないけども、“テレビドラマ”というジャンルを愛好するものとしてはテレビが巻き起こす、この熱狂がとてもうれしい。実際のところ、おもしろいのだ。ツッコミどころ満載ながらも、莫大な予算感の壮大なスケールで黙らされてしまう。このおもしろさと支持のされ方の秘訣は、『VIVANT』に息づく “浦沢直樹”感ではないだろうか。『MASTERキートン』『MONSTER』『20世紀少年』・・・モチーフやルック、謎が謎を呼び伏線を回収していく筋運びなどがどこか似ていて、この国のエンターテインメントの中道とでも言うべき浦沢直樹作品との相似が、『VIVANT』の圧倒的な大衆性を支えているように思う。*1 登場人物たちが常にマージナルな立ち位置を貫いているのもおもしろい。乃木(堺雅人)は、野崎(阿部寛)は、ノーゴン・ベキ(役
<原爆開発をテーマにしたこの作品を、被爆国日本は当事者として評価する権利がある> 現在、世界で最も注目されている映画監督の1人、クリストファー・ノーラン監督(『ダークナイト』『インターステラー』)の最新作『オッペンハイマー』がアメリカで公開されました。7月21~23日という、最初の週末の興行収入は8250万ドル(約117億円)と、科学者の伝記映画としては例外的なヒットとなっています。 内容は、アメリカ陸軍による原子爆弾開発計画「マンハッタン・プロジェクト」のリーダーを務めた物理学者ロバート・オッペンハイマーの半生を描くものですが、単に原爆開発のストーリーだけでなく、非常に複雑な構成が取られています。主人公の半生に加えて、後に「赤狩り」の犠牲者として追及を受けた尋問の様子、さらに彼を陥れた黒幕に対する議会の審議という3つの時間軸がモザイクのように散りばめられ、それぞれが緊張感のある対話劇にな
自分は当該番組(通称サンソン)をたまに聴いており、いつもはおじいちゃんとそこに集う類友のたわいないハガキと 選曲を楽しんでいるのだが、週半ばにコメントを出すと事務所が告知して以降、どうせロクなことは言わないんだろうなと思っていたら案の定そんな感じだった。 今回の番組の構成も踏まえつつ、結局彼が何を伝えたかったかを考察し、どう受け止められるかを観察する。 山下達郎のファンの方で何故こんなに炎上しているのかわからないひとにも一読していただけると幸いである。 <参考リンク> コメント全文書き起こし増田 https://anond.hatelabo.jp/20230709143809 今日の放送radikoタイムフリー(冒頭から) https://radiko.jp/share/?sid=FMT&t=20230702140000 (コメント部分頭出し)※約7分 https://radiko.jp/
修士課程の大学院生だった頃,指導教員の授業を取ると「10本論文」という課題をやらされた.自分の好きな分野で論文を10本読み,個々の論文の関係をまとめろという課題である.論文の関係というのは,例えば「著者が同じ」「研究室が同じ」「引用関係にある」「後続の研究である」などである.全ての論文を読んで,こういった関係をノードとエッジで作図し,プレゼンするというのが課題である.作ってみると木構造になりがちで,なかなか循環しない.1つ中心となる研究があり,その論文を参考にしながら分野の体系が広がっていくことがわかる. 当時私は本当にビチョビチョになりながら10本読んで報告した.今になってみると論文を10本読む程度になぜあんなに苦労したのか謎である.学部から修士に進むにあたって専門領域を変えたので(応用物理→情報系),単純に慣れてなかったのだろうと思う.個々の論文を深く読みすぎたり,研究のコントリビュー
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