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ブックマーク / note.com/kaerukoakeno (4)

  • 初めてのセルフパブリッシング@技術書典における販売数報告|朱野帰子

    ずっとやってみたかったセルフバブリッシング、どんな感じだった? ということを断片的に報告していこうと思います。 そもそも「セルフパブリッシング」とはなんぞや。同人出版と自費出版と何が違うのかなど考え出すと長くなってしまうので、今回は省きます。 「オリジナルの企画立案、執筆、装幀のイラストやデザインの発注、レビューやサポートの依頼、入稿データ作成、印刷所への入稿、販売即売会への参加、通販サイトなどのプラットフォームへの委託、広告宣伝、それらに伴う資金繰りなどなど、すべて自分で行った」ことをここではセルフパブリッシングと呼びたいと思います。そうして初めて作ったのがこの。 BOOTHやAmazonでも販売しているのですが、そちらで購入したい方のためにその二つのリンクはこの記事の最後のほうに貼っておきます。 これまでの経緯を知らない方のために、なぜ「技術書典」に出ようと思ったのかの記事や、当日の

    初めてのセルフパブリッシング@技術書典における販売数報告|朱野帰子
  • 売り子さんになってくれた担当編集者さんに助けられた話|朱野帰子

    ご報告です。 このたび、技術書のオンリーイベント「技術書典 14」への初参加をなんとか果たしました。わーっ、パチパチパチパチ。 「技術書典って何? なぜ参加したの?」という方はこちらの記事をお読みください。参加するまでの経緯が書いてあります。 「参加します」から「頒布します」の間には「執筆しています」があってもいいはずですがスパンと抜けていますね。入稿に向かってひたすら文字を打ちまくっていたのでnoteを書く余裕がなかったのです。余裕ができたら技術同人誌ができあがるまで、いかにいろんな人に助けられたかの詳細を書きたいと思います。 今日書くのは売り子さんをやってくれた担当編集者さんについてです。どのの担当さんかは伏せておきますが、初めて会った時からなんとなく「同人誌が好き」ということを聞いていました。一度、「同人誌を作って同人誌即売会に出てみたいな」と軽く言ったとき、いつもは年長者の私に気

    売り子さんになってくれた担当編集者さんに助けられた話|朱野帰子
    toya
    toya 2023/06/02
  • 死ぬのを延期しつづけている|朱野帰子

    いやー、暗いニュースしかないですね! 暗いことを報じるのがニュースなのでしかたないのですが、それにしても明るいニュースがない。低気圧もすごい。まったく仕事にならないので、使徒イロウルに襲われた話をしてもいいですか。(エヴァファンしかわからない例えかも……ごめん……でも最後まで読んだらエヴァ知らなくてもわかるから……!) 2017年、第二子を出産した私は、産休もろくにとらずに働いていた。(この話はもう何度もしてますね、すみません)「わたし、定時で帰ります。」の初期プロットを編集者さんに送ったのは夜中の2時で、無痛分娩による計画出産のために起きたのは5時で、分娩予備室に入ったのは8時。出産したのは17時くらい。とにかく肉体的にも精神的にも疲れた状態で育児仕事の両立が始まった。密室にこもっていて、家族以外とはほんとんど話さなかった。結婚出産を機に接触回数が増えた親族たちは、老人うつの症状だった

    死ぬのを延期しつづけている|朱野帰子
    toya
    toya 2023/01/26
  • 40代になったせいだと思ったら過労だった話|朱野帰子

    最近、村井理子さんの著書を読むのが好きだ。 村井理子さんは1970年生まれの翻訳家で、愛犬家で、琵琶湖のほとりに住んでおり、とにかくエッセイが面白く、最近あちこちの媒体で連載を持っている。ファンになったきっかけは書店で光って見えたこのだ。 発病当時は47歳だった村井さん。ある日倒れ、「心臓弁膜症」と診断される。書はその闘病記である。私が惹かれたのは帯に書かれたこの文章だ。 私にとって、多少の体調不良はすべて、更年期障害というひと言で片付けられるものだった。今思えば、もっともっと自分を大切にしていればよかった。何もかも更年期障害だと片付けるなんて、自分に対するとんでもないネグレクトだ。 「更年期障害だと思っていたら重病だった話」村井理子私に似ている、と【勝手に】思った。病気の深刻さはまるで違うが、私もこの2年間、心身の不調を年のせいにしていたからだ。「子供たちに手がかからなくなって育児

    40代になったせいだと思ったら過労だった話|朱野帰子
    toya
    toya 2022/02/08
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