内堀の一部が埋め立てられた二子山古墳。全体が埋め立てられるのは来年度中の予定で、墳丘の状態を調べる発掘作業が行われていた=18日午前、埼玉県行田市、朝日新聞社ヘリから、河合博司撮影 【川崎卓哉】埼玉県行田市の埼玉(さきたま)古墳群にある、前方後円墳「二子山古墳」(墳丘の全長138メートル)で、内堀の水を抜いて埋め立てて「空堀」にする工事が進んでいる。浸食作用で墳丘外周の崩落が深刻化したため。来年度までに約5千万円かけて完成する予定だ。 出土した微生物の死骸から、6世紀初め(推定)の築造時も空堀だったと考えられており、埋め立てで当初の姿に戻る。現在の内堀は1968年に復元されたもので、堀の中に水をたたえた「水堀」として整備された。 浸食作用による墳丘の崩落は、近畿地方などの大型古墳でも相次ぎ、宮内庁が袋状の金網に石を入れた「布団かご」と呼ばれるもので外周を補強するなどの対応をとっている
【梁山聯合ニュース】植民地時代に日本に持ち出された韓国南部、慶尚南道・梁山地域の文化財が93年ぶりに故郷に戻り、展示される。 梁山市などは9日、同市と梁山遺物展示館が「梁山」という地名が使用されて600年になるのを記念し、10月15日から来年1月12日まで「100年ぶりの帰還 夫婦塚特別企画展」を開催すると明らかにした。 企画展には夫婦塚から出土した金銅馬鞍、勾玉(まがたま)の首飾り、金製の耳飾りなど68点が展示され学界からも注目を集めるとみられる。金銅馬鞍は韓国で出土した中で最も精巧なものとされる。 6世紀の新羅時代のものとみられる夫婦塚は、同市内にある古墳の中で規模が最も大きい。 これら文化財は日本の植民地時代だった1920年に、日本人が夫婦塚から掘り出し日本に持ち出した。 韓国と日本は1965年に「文化財及び文化協力に関する協定」を締結し、日本に残る韓国の文化財の返還を進めてきたもの
昨年から水位が低下している山梨県の河口湖で、陸続きになった浮島にある六角堂が壊されていたことが3日、分かった。 本来ボートでしか渡れないが、昨年末、約100メートル離れた岸から歩いて渡れる状態になった。降水量不足などが原因とみられ、多くの観光客が訪れていた。富士河口湖町は同日、被害届を提出、富士吉田署は建造物損壊容疑で捜査している。 富士吉田署などによると、格子窓にはめられた透明なアクリル板1枚が石で割られ、床を支える柱2本が折られていた。2日午前に観光客が見つけ、町に連絡した。 六角堂は、鎌倉時代に日蓮宗の信徒が建立したとされるお堂を1995年に富士河口湖町が復元した。浮島は町の文化財に指定されている。(共同) [2013年4月3日23時0分]
223万ドルで落札された、白磁の碗=サザビーズ提供 【ニューヨーク=中井大助】ニューヨーク州に住む家族が3ドル(約287円)で購入した磁器の碗(わん)が中国の北宋時代(960〜1127年)の名器とわかり、19日に222万5千ドル(約2億1250万円)で落札された。 競売にかけられたのは定窯(ていよう)の白磁碗。直径が13・4センチで、内側にはハスの花、外側には葉の模様が彫られている。競売を実施したサザビーズによると、同じような模様と大きさの碗は、ロンドンの大英博物館が所蔵している一つしか確認されていないという。 所有していた家族は2007年にガレージセールで購入し、自宅に飾っていた。最近になって価値が気になり、専門家に鑑定してもらったという。 続きを読むこの記事の続きをお読みいただくには、会員登録が必要です。登録申し込みログインする(会員の方) 無料会員登録はこちら朝日新聞デジタルの
奈良県斑鳩町の法隆寺で先月末、江戸時代の作とみられる木造の十一面観音菩薩(ぼさつ)像1体が境内に放置されているのが見つかった。 同寺は拾得物として県警西和署に届け出たが、古谷正覚執事長は「観音様は、さぞ悲しんでおられるだろう」と嘆いている。 法隆寺によると、寺の職員が2月26日、境内の西円堂近くのほこらに高さ約50センチの仏像が置かれているのを発見。寺務所で保管していたが持ち主は現れず、今月4日、同署に拾得届を出した。 奈良国立博物館(奈良市)が同署の依頼で鑑定したところ、仏像はヒノキ製の一木造(いちぼくづく)りで、衣のデザインなどから江戸時代に制作されたとみられる。国や自治体に文化財としての登録はなく、盗品被害の届け出もないという。 寺側は届け出た際に所有権を放棄したため、持ち主が見つからないまま3か月の保管期限が過ぎると、遺失物法の規定で廃棄されたり、売却されたりすることになるという。
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