茂木健一郎さんの公募団体展批判に対しパルコキノシタさんが発言したところ会田誠さんが応答し始まったやりとりのまとめ 2013-10-17~2013-10-18
「ワード絵画」の魅力を説明する丹野朝二さん=成田空港 パソコンのワード機能を使って描いた絵画の作品展が、成田空港内のギャラリーで開かれている。千葉県成田市の丹野朝二さん(72)が主宰する「パソコン絵画ワード会」のメンバー11人の手になる風景画など色鮮やかな22点が並ぶ。 丹野さんは建築会社を定年退職後、趣味の日曜大工の図面をパソコンでまとめていた。ワードの使い方を試行錯誤するうちに文字を打つだけでなく、線引きや色づけなど様々な機能があると知った。絵を描いてみようと約5年前、風景写真などを見ながらマウスだけで描き始めた。 「ぼやけたり、かすんだりと微妙な色合いも出て、表現できる色は無限大。パソコンでここまでできるとは思わなかった」 続きを読む最新トップニュースこの記事の続きをお読みいただくには、会員登録が必要です。登録申し込みログインする(会員の方) 無料会員登録はこちら朝日新聞デジタ
小平 和良 日経ビジネス上海支局長 大学卒業後、通信社などでの勤務を経て2000年に日経BP社入社。自動車業界や金融業界を担当した後、2006年に日本経済新聞社消費産業部に出向。2009年に日経BP社に復帰。 この著者の記事を見る
横尾忠則全ポスター 作者:横尾 忠則国書刊行会Amazon 任期の切れた朝日新聞の書評委員だけれど、役得といえば本がたくさんもらえて読めることとお弁当に加えて、えらい委員たちの雑談が聞ける、というのがあった。 で、ある日、横尾忠則がたいへん憤っていた。仕掛かりのまま手放した作品があって、それがある美術館に展示されているんだけれど、そろそろそれを完成させたいと思ってその美術館に連絡したら、そんなことをされては困ると言われたんだって。美術館としては、その状態の作品としてお金を払って購入したんだし、それを改変するのはダメというわけ。 憤るといっても別に激怒ではなく、委員会席上のお笑い半分として横尾さんが披露した話しで、聞いていたぼくたちも、わっはっは、それは融通が利かないですねえ、と笑っておしまいだったんだが、いまやっている別の仕事でふとこの話を思い出したことですよ。 これは何なんだ、所有権の問
記事一覧 「政治色強い」と絵画作品撤去 アオッサ管理会社、県の注意応じ (2013年5月1日午前7時07分) 撤去を求められた作品。9枚の半紙に憲法の条文が記されている 福井市のアオッサで開かれている憲法をテーマにした展示会で、絵の具などで条文を書いた作品が「政治色が強く思想的だ」などとして、管理会社に一部撤去を求められ、主催者が応じていたことが30日分かった。 展示会は「ピースアート展 憲法と平和」で29日に始まった。福井市で創作に取り組む河合良信さん(31)ら、県内の7人が1階の共有スペース「アトリウム」に絵画や写真を並べている。 撤去を求められたのは河合さんの作品。9枚の半紙に戦争放棄をうたった9条や改正手続きを記した96条などを書き出し、絵画の周囲に配した。色や書体を変え、文字で円を描いたりイラストを添えるなどしていた。 河合さんによると展示初日の午後、管理会社の統括責任者が
1970年の大阪万博のシンボルで、美術家岡本太郎氏(1911~96年)の代表作「太陽の塔」(大阪府吹田市、高さ約70メートル)の内部が2014年度にも万博後初めて常時公開される。 塔内には同時に制作された、生命の進化を表現した「生命の樹」(同41メートル)がそびえ立つ。専門家は「太陽の塔と生命の樹は一体の作品。両方を見て初めて、太郎のメッセージを感じることができる」と歓迎している。 塔が立つ万博記念公園を運営する日本万国博覧会記念機構が「当時の雰囲気を味わえる貴重な財産。多くの人に見てほしい」と常時公開を決定。機構は14年3月に廃止され、公園を移管される大阪府が引き継ぐ。 塔内は巨大な空洞で、真っ赤な壁に囲まれ、赤、青、黄、緑に彩られた鋼管をつなぎ合わせた「生命の樹」には、根元から上に向かって単細胞生物や両生類、恐竜、人類に至る約300体(現存は85体)の模型がらせん状に並ぶ。
「曜変天目」をご存じですか。 現存するのは世界で3つだけ。 そのすべてが日本にあり、いずれも国宝に指定されているという極めて貴重な茶わんです。 漆黒の器の内側に星のような斑文が散らばり、その周囲が藍や青、そして角度によっては虹色に輝いているようにも見えます。 「器の中に宇宙が見える」とも評され、ルーツは謎に包まれた曜変天目のうちの1つが、今、中国での最新の調査成果とともに、東京・世田谷区の静嘉堂文庫美術館で公開されています。 「曜変天目」とは 曜変天目は、漆黒の釉薬や使われている土の特徴などから、中国の南宋時代(12世紀~13世紀ごろ)、今の福建省にあった「建窯(けんよう)」という窯で焼かれたと考えられています。 現存するのは世界で僅かに3つ。 いずれも日本にあり、東京・世田谷区の静嘉堂文庫美術館、大阪市の藤田美術館、そして京都市の大徳寺塔頭(たっちゅう)龍光院が所蔵しています。 中でも最
神の言葉である『コーラン』を美しく書くために1000年以上もの時間をかけて磨かれてきたアラビア書道。ピカソもその美を愛した、世界でも例のない文字芸術に挑んだ日本人がいる。本田孝一、イスラム世界でも認められた日本人書家はアラビア書道で何を伝えようとしているのか。 本田 孝一 HONDA Kōichi アラビア書道家。日本アラビア書道協会会長。大東文化大学国際関係学部教授。1946年神奈川県生まれ。東京外国語大学アラビア語学科卒業。1974年、パシフィック航業に入社。約5年間の中東滞在中に、現地のアラビア書道家により手ほどきを受ける。帰国後、アラビア書道を独習。国際アラビア書道コンテスト審査員奨励賞をはじめ、数々の賞を受ける。2000年、トルコのハッサン・チェレビー師より書道印可(イジャーザ)を授与される。主な著書に『パスポート初級アラビア語辞典』(共著、白水社)、『アラビア語の入門』(白水
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