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考え方と学問に関するtakahiro_kiharaのブックマーク (3)

  • 数学を勉強することの意味――「1+1」の思想 - on the ground

    勉強することの意味を尋ねられたらどう答えようかな、などとはよく考えることがあるけれども、今日は特に数学に限定して考えてみようか。先日、数学を勉強するのは論理的思考を養うためだという旨の説明を横耳で聞く機会があって、それも一つの説明だろうなとは思いながら、ただそれだと国語との差別化が難しくなるだろうと感じていた(実際、その人は数学≒国語だと結論したのである)。 他の説明(説得?)の仕方としては、数学は現に「必要」になるし「役に立つ」んだということを示す方法や*1、数学は意味など無くても単純に楽しいものなんだよと見せつけるアプローチなどがあるのだろう*2。ただ、これらは誰にでも当てはまるわけではないという意味で、論理的思考の訓練であるという説明に比して汎用性は低いように思う。そこで、一種のトレーニングのためであるという説明の方向性を維持しつつ、国語とは区別された数学の独自性を損なわない形で論を

    takahiro_kihara
    takahiro_kihara 2009/09/25
    うーん、でもそもそも「言語」の働きの一つは抽象化だとすると、やっぱり言語に対する差別化が出来てない気もする。物理屋的には、『自然は数学の言葉で書かれているから』、で良い気もするんだが。
  • 兄に教えてもらった、文系と理系のたったひとつの違い - 弁護士兼務取締役の独り言

    ある日、真ん中の兄*1と話していました。 俺「俺って結構理系っぽい思考パターンしてると思うんやけど」 兄「それはない。」 俺「何で?論理的な思考は結構得意な方やと思うで?」 兄「お前は自分が正しいと思うかどうかで物事を考えてるやろ。 それは典型的な文系型思考パターンや。」 この言葉で文系と理系の違いの質に気づかされ、目の前が晴れた気がしました。 すなわち、文系と理系の違いは 文系・・・考えるときの基準が、自分の内心(自分が正しいと思うかどうか) 理系・・・考えるときの基準が、自分以外の客観的な事実 なのです。 一般に自然科学は理系といわれますが、この分野では実験で得られたデータや観察によって得られた客観的な事象を基に考察します。 一方社会科学や人文科学といったいわゆる文系の分野では、基的に客観的なデータに基づいて考察することはせず*2、結論を出すに当たっては、客観的な事実と正しい論理を

    兄に教えてもらった、文系と理系のたったひとつの違い - 弁護士兼務取締役の独り言
    takahiro_kihara
    takahiro_kihara 2009/06/29
    一理はあると思う。ただも一つ違うのは、文学・理学系と経済・工学系の違い。(基礎学科と応用学科)
  • 学ぶことにインセンティブがある社会を作る必要性 - 松本徹三

    岡田克敏さんの「足利事件の一側面」を面白く読みました。ここでは、「科学的思考の出来ない人が、科学技術の知識を要する判断を平気でやっている」ことの問題点を指摘しておられます。論理的、科学的な思考の出来ない人は、たまたま誰かが申し立てた「科学技術の知識らしいもの」を無批判に信じてしまう傾向があります。こういう人達は、「自ら考えて論理的に納得すること」をはじめから放棄しているのと、「一部の例証だけから原理を導くことは出来ない」という「科学の世界では当たり前のこと」を理解していないからです。 これは、明らかに諸外国よりも日においてより多く見られる現象です。私は、その一因は、「文科系」と「理科系」を殊更に分けているかのような、現在の日教育制度にあるような気がします。また、会社などの組織体においても、お互いに「自分達の得意分野によそ者を入れたくない」といった「縄張り意識」が働いていることが多いの

    学ぶことにインセンティブがある社会を作る必要性 - 松本徹三
    takahiro_kihara
    takahiro_kihara 2009/06/20
    概ね同意。ただ日本は、歴史的にも、親の七光りが大きくものを言う社会で、単に欧米の猿まねをすれば良い、とは思えませんが。
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