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ブックマーク / tsukurimono.blog70.fc2.com (5)

  • ブログの世界は情報整理と交通整理の人ばかり ミリオンアーサー速報

    2008年も終わりなので、現在のブログの状況でも。2003年あたりにブログが普及した頃は、血気盛んな人が多かった。あるいはその前でも、個人サイトは、全身全霊を投入してやるものだった。 だが、いわゆる超人気サイトはファンとアンチが入り乱れて面倒な問題を抱えることもある。 そして2008年現在、当に熱烈な人気を博しているブログ(サイト)って無いと思う。 2008年になってみると、情報整理・交通整理の得意な人が生き残った。最近テレビ見ないので古い喩えで言えば、小堺一機のようなタイプばかりだ。 ブログは「個人」が「個性」を前面に出して書くツールと喧伝されていた気がするのだが、実際は、手際よく(あまり個性を出さずに)情報を切り回すスキルが重要だった。 これは過渡期なのかもしれない。現段階だと、「いかにマイナス票を少なくするか」ということになってしまう。 五年後とか十年後には全然状況が違うかもしれな

    kousyou
    kousyou 2008/12/18
  • 評論系ブログの衰退 ミリオンアーサー速報

    ブログが一般に普及してから五年くらい経つ。 最初の頃は、論客的なブログが目立っていた。 「ブログは自分の意見を書くツールである」という素朴な理念そのままの。 そしていろいろバトルが繰り広げられたり、あるいはそうでないところでも、論客系のところは粘着アンチが湧く確率100パーセントだった。端から見ていて、運営負担が重そうなのは容易に見て取れた。 2008年現在では、「ネット論客」とか「ネットのご意見番」みたいなブログは、やや勢力が弱まったという印象である。(ブログ以前から実名でメディアに出ていたような有名人は除く)。 今では出来るだけ自分の意見は書かないというのがノウハウになった。あるいは、情報ブログの方が優勢になったと言うべきか。「自分の意見」を押し出さず、情報だけ黙々とエントリーしていたところが、現段階では勝ち組。 そして、この場合の情報にしても、残念ながらコアな情報であることは少なく、

    kousyou
    kousyou 2008/11/28
  • 「日本人はサムライ」という物語と格差社会 ミリオンアーサー速報

    人間って「物語」を生きているわけですよ。でも物語って、損する構図だったりするから、他人に物語を要求する格好になるわけです。 他人が恋愛するとむかつくから、少年漫画の主人公は恋愛しないことになる。 他人が得するとむかつくから、損な性格の主人公が好まれるとか。 「共感」の正体はそういうことです。他人に損して欲しい。 サムライの物語も、そういう理由で好まれます。フィクションでもリアルでも。人間は物語的に生きており、そしてそれは(自分では実行する気もない)他者への要求だったりします。他人を非難する時だけ、もっともらしい物語を持ち出したり。 ところで。 我々日人はなぜサムライだということになってるんでしょうか? (私の先祖は百姓なんですが……)。 封建主義という言葉の定義は難しいですが、武家社会の封建主義が、村社会の封建主義にシフトして、日人はサムライという理屈になっているのかも。実際は地主と小

    kousyou
    kousyou 2008/07/24
    そうそう。サムライ的日本社会は恥を重んじるから傷つく傷つけることに敏感。その結果コミュニケーションが緊迫する。それが進展して今のサムライ型個人主義が蔓延した社会になったとおもう。
  • まぼろしのつくりもの フィクションの登場人物には鈍感力が足りない

  • 集団よりも個人が強いのがライトノベル ミリオンアーサー速報

    主人公やヒロインは、相手が五人とか十人でも、ちぎっては投げちぎっては投げ……ということでもいいのである。 あるいはラノベやアニメではなくとも、剣士が出てくる時代劇などでは、殺陣の場面で、数十人の相手を一人で次々と倒していくというのが見せ場として描かれる。現実なら、四方を取り囲んで一斉に斬るようにするはずだが、それはフィクションだとない。数十人が一人ずつ主人公に掛かってくるという効率の悪い攻め方をするわけだ。 あるいはロボットアニメでも、主人公の搭乗する機体が戦局を決定付ける。 まあこの場合は、雑魚として敵を全部倒すわけではなく、雑魚を倒す場面を挟みつつも、主人公機の勝敗が全体の勝敗を反映しているような錯覚で描いたりすることが多いかもしれない。 ともかく、どう描くにせよ、個人が集団より強いみたいなヒロイズムが根底にある。 一個人がスーパーパワーを持っていて、それが全体を左右する。 普通の小説

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