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ブックマーク / jtsutsui.hatenablog.com (19)

  • 社会学における「理論の実証」 - 社会学者の研究メモ

    (以下は二〜三カ月前に書いたメモですが、寝かせておいてもあまり意味がなさそうだし、稲葉先生もシノドスの論考を公開されたのでいいタイミングだと思うのもあり、ちょっと手を入れた上で公開します。) 社会学の問いの特徴 私は、学部のゼミでは(大学院でも基的にはそうだが)、いわゆる「標準的な研究プロセス」に従って個人研究をするように指導している。標準的な研究プロセスとは、問いを立て、それに対する理論仮説をデータ(質的・量的)で検証するという手続である。 その際、しばしば「社会学的な問いの立て方」というものを説明する必要が出てくることがある。学生は基的に社会学の授業をいくつか受けているので、そうしたほうが効率がよいからである。それに、意外に「社会学的な問いの立て方」を説明するのは簡単なのだ。 それは、「注目する現象/人間行動が、性別、年齢、学歴で違いを持つかどうかをまず考えてみたら?」というもので

    社会学における「理論の実証」 - 社会学者の研究メモ
  • 「排外主義」についての文献とデータ - 社会学者の研究メモ

    に帰国して約3週間、遅ればせながらシノドス・ジャーナル(および朝日web ronza)に掲載していただいた記事の文献情報を掲載する。 排外主義の規定要因についての研究にはそこそこの蓄積があるが、国際比較可能なデータを使用した経験的分析の論文のみごく一部紹介する。 Quillian (1995)はEurobarometerからヨーロッパ12ヶ国データを使って、移民は雇用に対する脅威だという考えが反移民的態度に結びつく傾向を指摘した。 Scheepers, Gijsberts, and Coenders (2002)は合法移民に市民権を与えることに対して、社会経済的に不利な立場にある人々が否定的である傾向を見いだした。 おそらく最も包括的な研究はSemyonov, Raijman, and Gorodzeisky (2006)によるもので、国別クロスセクションではなく国別パネルデータを利用

    「排外主義」についての文献とデータ - 社会学者の研究メモ
  • 低成長経済化における福祉国家戦略 - 社会学者の研究メモ

    以前取り上げた、 Esping-Andersen, Gosta, 1996, "After the Golden Age? Welfare State Dilemma in a Global Economy" in Gosta Esping-Andersen (ed.), Welfare States in Transition. Sage Publications. だが、かなり断片的なまとめになっていたので、ここでもう少しだけ詳しめの紹介をする。個人的な感想だが、この論文は記述が散漫で、意図を拾いにくいところがある。以下のまとめも、重要な論点を拾い損ねている部分があると思うので、その点割り引いてほしい。もちろん評価にあたってはもとの文献を読む必要がある。ここでの紹介は、あくまで参考程度に。(また、邦訳は手元にないので参考にしていない。) ※※※ 福祉国家はいま、かなり難しい局面にさしか

    低成長経済化における福祉国家戦略 - 社会学者の研究メモ
  • 社会階層と社会的ネットワークの多様性 - 社会学者の研究メモ

    (注意:論文内容に関する判断は、ぜひ実際の論文をお読みになった上でお願いします。) 大和礼子, 2000, "社会階層と社会的ネットワーク"再考, 『社会学評論』51(2), 235-250. 家族と社会的ネットワークに興味がある研究者なら読むべき重要な論文だと思った。(うかつにも見落としていたが、院生が教えてくれた。)「階層とネットワーク」といえば、最近はN.リンらのグループによるソーシャル・キャピタルの階層格差についての調査研究が盛んになされてきたが、この論文ではむしろ「階層が高い方が社会的ネットワークが多様である」という既存研究を出発点として、ジェンダーと社会的地位(主に学歴)の二つの階層の観点から個人の持つネットワークの違いを実証している。 データは以下のとおり。兵庫県内の1930〜59年生まれの有配偶女性(とその配偶者)の1534ケースを層化二段抽出、うち638ケースを回収(41

    社会階層と社会的ネットワークの多様性 - 社会学者の研究メモ
  • 社会学にとって理論とは何か - 社会学者の研究メモ

    「理論と実証」について考えるときに、しばしば忘れられてしまうのは、理論と実証以前に、その両者に意味を与えるもっと大事なことがある、ということです。それは「問題関心」です。そして多くの実証研究は、この問題関心から出発しています。階層研究であれは公平性、都市研究であればコミュニティの価値、などが一例になるでしょう。そういった(根的には日常の社会生活に根ざしている)問題関心があるからこそ、それに関わる問を立て、答えていくという研究活動が成立するわけです。ほとんどの実証研究はこの枠組みに沿って行われているはずです。(そうではないものはちょっと想像しにくい。) 要するに、研究は実証するために行うものではありません。理論を構築するために行うものでもありません。理論を実証するために行うものでもありません。特定の問題関心から発する問いに、説得力をもって答えるために行うものです。(だから、日常的なコミュニ

    社会学にとって理論とは何か - 社会学者の研究メモ
  • 構造と制度 - 社会学者の研究メモ

    教科書ネタです。 研究指導していると、たまに基用語を再確認する必要が出てくるときがあります。制度と(社会)構造という言葉は研究者によって微妙に使い方が異なるにも関わらず、社会科学系の研究ではしばしばクリティカルな位置を占めていることもあり、こういった用語を使用するときはそれなりに予め整理をしておくとその後の考察が進みやすくなると思います。 整理 社会科学の用語については厳密な定義をしようとしてもあまりいい方向には行かないので、抽象的概念については、一般向けの書籍や新聞などでの使われ方(できれば非専門家の人にもあまり違和感がないもの)を意識して整理をすればいいかと思います。 たとえば私たちは一国の第三次産業比率などをさして「産業構造」という言い方をよくしますが、対して「産業制度」という言い方は単独ではほとんどしません。後者は、例えば「水産業制度」というように、特定の産業界の中で通用している

    構造と制度 - 社会学者の研究メモ
  • 福祉国家のパラドックス - 社会学者の研究メモ

    以前書きましたとおり、αシノドスの文章で参照しつつも文献表示をしなかった論文について、この場を借りて文献紹介しようと思います。(全部で5個ほどを予定しています。) 今回とりあげるのは以下の論文です。(あくまで短い紹介なので、正確な理解のためには原著に当たる必要があることを申し添えておきます。) Mandel, H., & Semyonov, M., 2006, "A Welfare State Paradox: State Interventions and Women's Employment Opportunities in 22 Countries," American Journal of Sociology, 111(6):1910-1949. この論文については、当ブログでも二回ほど紹介しました(「謎解き型論文の例」および月曜(5.12)の院ゼミ)。また、太郎丸先生も紹介してお

    福祉国家のパラドックス - 社会学者の研究メモ
  • 少子化問題の整理 - 社会学者の研究メモ

    社会学ちょっと前に野田聖子議員が少子化問題についてぶっちゃけてました。自民党少子化を加速させた:自民党・野田聖子衆院議員インタビュー(日経ビジネス、2010.2.15)内容をまとめつつ、コメントをつけてみます。最初に言っておきますが、正確な知識は各自に文献をあたるなどしてください(検索すればいくらでも出てくる)。ここでは粗めの情報のみです。あと、「子どもが増えてだからどうなんの」という(controversialな)話もしてません。一言だけいっておくと、「日だけ他の先進国と違って少子化を放置する」というのは、社会主義ほどではないにせよ壮大な社会実験の域になりますから、ちょっとスリリングすぎるような気もします。(いや、今でも十分実験状態なんだけど。)問題の整理...とその前に、頭の整理をしておきましょう。いま極端な少子化で深刻に悩んでいる主な先進国はというと。まず、日もびっくりなペース

  • 家事分担研究の現在 - 社会学者の研究メモ

    社会学そのうちこちらでプレゼンをすることになりそう...なので頭の整理メモ。話自体は家族と仕事に関する日の研究アジェンダの変化についてを予定しているのですが、家事分担研究も重要なパートです。家事分担研究は、いくつかある家族社会学の流れの中でもかなり目立ったグループを形成しています。なかでも盛んなのは夫婦間の家事分担規定要因の研究(家事分担はどういった要因で決まるのか?)です。参考までに、日の夫婦の家事分担の現状を示すデータをご紹介しましょう。以下は、夫婦の家事時間の総量を100としたときのの分担割合(%)です*1。...というわけで、ごらんのとおりのありさまです。日の家事分担のへの偏りぶりは家族社会学界では周知の事実で、世界を見渡してみても、日の男はダントツで家事をしていません。このデータを見て、「そりゃ日の男はめちゃくちゃ働いているもん、無理もない」と思われるかもしれません

  • 政治の世界のトレードオフ - 社会学者の研究メモ

    日記・コラム民主党の小沢幹事長に関する話題は「検察の恣意的横暴」か「小沢型政治批判」かみたいな構図になっていて、普通の人は「一体どっちの味方したらいいの?」みたいな「判断他人任せ」状態じゃないでしょうか。不況や温暖化の場合もそうだけど、学者レベルで意見対立しているような場合、誠実な素人であれば判断保留せざるをえません。さて。「検察vs小沢」というこの対立点からちょこっと離れてみると、現在の国民の漠然とした雰囲気として、「民主党、お前もか」といった諦念の気持ちがあるように思えます。これをもうちょっと掘り下げると、民主党には以下の二点が期待されていたんじゃないでしょうか(「そもそも期待するのがアホ」みたいな意見とは独立に)。社民党のようなイデオロギー政治ではない(中道・現実路線である)自民党のような利益誘導政治ではない(カネから自由である)これって、日に限らずどの国でも国民が政治家に期待する

  • 政治の失敗の構造 - 社会学者の研究メモ

    社会学先日のエントリでとりとめもない終わり方をしたので、今回はフォローします。前回と違ってちょっとまじめに。 市場の失敗→政府の失敗→マスコミの失敗...高校の教科書までは、政府が存在するのは「国民の福祉のため」と書いてあると思います。これに対して、経済学的には国民の福祉を達成するのは基的には市場であり、政府が登場するのは市場がときどき失敗するから、ということになります。そして、経済学の一分野(公共選択論)では、この続きを主張します。つまり政府も失敗する。公共選択論の創始者のブキャナンによれば、民主制のもとでは財政における支出過剰への圧力が高まります(財政赤字へのバイアス)。では政府の失敗に対処するのは...?経済学の世界では、政府と市場のあいだを行ったり来たりします。政府が失敗するなら市場重視、市場が失敗するなら政府重視...というかんじです。ここではこの往復からちょっと抜け出してみま

  • 国民の望まない政策を実現する方法 - 社会学者の研究メモ

    日記・コラムまずは私の好きなブログから、引用です。東アジアに安定と調和のとれた社会を作ったり、少子高齢化による社会のダメージを補うためなど、これからは日では様々な場面で大きな転換が求められることになると思います。そのためには、選挙で選ばれたリーダーが市民が望んでない政策を実現していく必要があるんだろうと思います。(「市民が望んでないことを実現するリーダーが必要」)間接民主制のもどかしさにイライラした経験のある人なら一度はこれと同じような感情をいだいたことがあるでしょう。もうこうなったら「真のリーダー」がでてきて国民を引っ張るしかない、と。しかしこれは事の質を捕まえていません。だって、現在の日政治は「国民が望まないこと」をすでに実現してますからね。とはいえ、まずは現在の政治の構造を確認しておく必要があります。順を追って説明します。最初に。国民が望まないこととは何か? ひとつは政治家に

  • 既得権の社会学 - 社会学者の研究メモ

    再び教科書のための頭の整理のメモです。 最近は社会学でも「既得権」という考え方に反応する人が増えているような気がします。これも先日のエントリでちょっと触れた「社会学者の構造改革派バイアス」の表れにみえなくもないです。が、社会学を救うというわけじゃないのですが、今回はちょっと別の視点から論じてみます。 ここでは、レントについて、社会学的な概念を使うとどういうことが言えるのか、ということを検討します。(その他の面での既得権の話(機会不均等の話など)---こちらの方が流の社会学には親和的なんでしょうが---はしていません。) まずはおさらい。レントとは、簡単に言えば市場価格から乖離して上乗せされた価格の部分のことです。レントによって、その事業への新規参入が阻止されたり、あるいは逆に退出をコントロールしたりします(準レント)。で、レント・シーキングとは、レントを獲得するための政治的・社会的活動で

    既得権の社会学 - 社会学者の研究メモ
  • なぜ経済学には権力という概念がないか - 社会学者の研究メモ

    (今回の議論はたぶん、かなり穴があります。ご承知おきを。...ってブログの記事はそもそもそういうものか。) 経済学に権力という概念が全くないわけではないと思うのですが、社会学ほどは目立たない概念でしょう。なぜでしょうか。 このことは、権力の定義を考えると自ずと見えてくるのではないでしょうか。まず手始めにWikipediaをみてみましょう。 権力(けんりょく、ドイツ語 Macht、英語 power)は、何らかの物理的強制力の保有という裏づけをもって、他者をその意に反してでも服従させるという、支配のための力のことである。権力者とは、そうした権力を独占的に、あるいは他に優越して保有し、それを行使する可能性をもつ者を言う。(権力:Wikipedia) ウェーバー的な定義ですが、日常的定義(人々が権力という言葉でどういった状態を指しているか)としてはこんなもんで十分なんじゃないでしょうか(フーコーの

    なぜ経済学には権力という概念がないか - 社会学者の研究メモ
  • 論文の書き方:FAQ - 社会学者の研究メモ

    なんだかアクセスが多くてびっくりですが、それだけいろんな人が研究の方法に関心を持っているということでしょう。 昨日、こちらの大学院で研究している日出身の院生の方とお話をする機会がありました。課程留学された動機を伺ったところ、少なくとも当時の日ではなかなか学べなかった研究法の指導が充実しているから、といったことをおっしゃっていました。「最近は社会学でもちょっとずつ変わっているという感触はありますよ」と伝えましたが(あくまで感触)、なにしろ北米の大学の研究法関連の文献や授業の充実度はすごいですからね〜。 文化もあると思うんですよ。アメリカ、カナダでは、研究じゃなくても「自分の持っている情報を説得力を持って伝える(presentation)」能力に大きな価値を置きますからね。 ですから研究報告でも、難しい話をする人がいるとして、聞き手がちんぷんかんぷんだと、聞き手のレベルが低いと思われずに、

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  • (学生向け)面白い論文の書き方(その二) - 社会学者の研究メモ

    おかげさまで前回のエントリは好評でした(2100ほどアクセスがありました)。引き続き、「ひと味違う論文作成方法」を試みます。 データ収集 さて、検証の目的から確認しておきましょう。検証の目的は、データを集めることではありません。論文を読む人(や報告を聞く人)を納得させることです。「そんな相対的な基準でいいわけ?」と思う人もいるでしょう。いいんです。アカデミックな世界も基は同じ学者仲間からの評価が基準になっています(こういうシステムをピア・レビューといいます)。学生であれば、指導教官を納得させるのが目的になります。 納得させるための手段にはいろんなものがありますが、どういうときに人は納得すると思いますか? 2つあります。 データで納得させる。 実証ってやつです。数字は強力です。きちんとしたかたちで提示すれば、まず反論されません。 理屈で納得させる。 論証ってやつですね。 つまり、場合によっ

    (学生向け)面白い論文の書き方(その二) - 社会学者の研究メモ
  • 面白い論文の書き方(その一) - 社会学者の研究メモ

    今回も教科書ネタ。 学生の論文には、読んでいて面白いものと、苦痛なもの指導しがいのあるものがあります。後者のような論文を書く学生は、論文についてこう考えていることが多いです。 興味のあることを見つけて、それについて文献を読み、それをまとめて、最後に自分の意見を書く。 こういう指導をされている先生方は意外に多いのではないかと思います(自分も昔はそうでした)。指導がラクだし。しかしこれは論文を書くときの方針にはなりませんし、してはダメです。 論文とは「研究成果」のアウトプットの1つです。少なくとも社会学における研究とは、解かれていない謎や決着のついていない問いを自分で見つけ出し、データ等の証拠を使ってそれに答えることです。(それ以外の論文もありますが、まず基を抑えないとダメです。)上記のダメ方針は、研究と単なる勉強を取り違えているのです。 研究の手順は標準的に教えられているもので十分です。

    面白い論文の書き方(その一) - 社会学者の研究メモ
  • グラノベッターのウィリアムソン批判 - 社会学者の研究メモ

    Granovetter, Mark. 1985. Economic Action and Social Structure: The Problem of Embeddedness. AJS 91(3): 481-510. 09年のノーベル経済学賞を受賞したO.ウィリアムソンの組織論(市場/ヒエラルキーモデル)に対するM.グラノベッターの批判が展開された論文。ウィリアムソンはR.コース以来の取引費用論を受けついだ、新制度派の代表的経済学者です。グラノベッターは社会学者なら知らない人はいないでしょうが、有名な「弱い紐帯」論に代表される、いわゆる構造分析(structural analysis)の提唱者の一人です。(他にはバート、マースデン、ウェルマンがいる。)同論文は『転職』に日語訳もあります。ウィリアムソンのノーベル賞受賞を記念して(?)、実は珍しい社会学者からの経済学モデル批判のこの論

    グラノベッターのウィリアムソン批判 - 社会学者の研究メモ
  • リベラリズム、コミュニタリアニズムと社会学 - 社会学者の研究メモ

    先日ディスカッサントとして招かれた社会学史学会で、コミュニタリアニズムについて話をする機会があった。おさらいがてら読んでみたのが、菊池『日を甦らせる政治思想:現代コミュニタリアニズム入門 』だったのだが...。私も、著者自身が「日ではコミュニタリアニズムは誤解されている」と述べるとおりであると思うのだが、そうであればなお、批判者を説得できる書き方をした方がよかったのでは、と思う。私自身はどちらかといえばリベラリズムに共感しているが、残念なことにこのによってはあまり説得されなかった。自分が主張したい議論について書くのなら、その議論に真っ向から反対する論者を説得するつもりで行うのが理想である。たとえば市場原理を批判したいのなら、相手はミクロ経済学者である。 日を甦らせる政治思想~現代コミュニタリアニズム入門 (講談社現代新書) 作者: 菊池理夫出版社/メーカー: 講談社発売日: 200

    リベラリズム、コミュニタリアニズムと社会学 - 社会学者の研究メモ
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